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『小さいおうち』読書感想文#2

『小さいおうち』(中島京子)を読んだ。昭和初期から戦後にかけての話で、恋愛物に分類されるのだろうか。直木賞受賞作で、山田洋次監督により映画化されている。


以下、Amazonの説明ページから 

昭和6年、若く美しい時子奥様との出会いが長年の奉公のなかでも特に忘れがたい日々の始まりだった。女中という職業に誇りをもち、思い出をノートに綴る老女、タキ。モダンな風物や戦争に向かう世相をよそに続く穏やかな家庭生活、そこに秘められた奥様の切ない恋。そして物語は意外な形で現代へと継がれ……。最終章で浮かび上がるタキの秘密の想いに胸を熱くせずにおれない、上質の恋愛小説。第143回直木賞受賞作。山田洋次監督で映画化。
内容(「BOOK」データベースより)

昭和初期、女中奉公にでた少女タキは赤い屋根のモダンな家と若く美しい奥様を心から慕う。だが平穏な日々にやがて密かに“恋愛事件”の気配が漂いだす一方、戦争の影もまた刻々と迫りきて―。晩年のタキが記憶を綴ったノートが意外な形で現代へと継がれてゆく最終章が深い余韻を残す傑作。





・以下、ネタバレあり感想
(未読の方は注意)


主人公であり、物語の語り手でもある「タキ」が過去を振り返りながら、汚い字で女中奉公をしていたときのことをノートに書き残していく。それを覗き見る甥の孫(だったかな?)である健史にいちいちツッコまれながら、物語が進行する。

序盤は、タキの穏やかで幸せな日常という感じで、タキが奥様に言われて何処で何を買ってきただとか、女中として何の仕事をしたとか、誰某が訪ねてきて奥様とどんな話をしただとか、誰某の家を訪ねていっただとか、そういう話が半分ぐらいは続いていたと思う。

女中の日常という感じなので、個人的には中盤まで退屈さを感じていたのは否めなかった(前回読んだのがホラー小説だったので余計に……。穏やかで幸せだが、どこか退屈な日記を読んでいた気分)。

あと、タキの話というより、タキの目を通して見た時子奥様の話という感じがした。タキがカメラだとしたら、時子奥様は主人公だろう。

口を開けば「時子奥様」なので、タキにとって時子奥様(平井家)は心底大切な存在だったんだなと少し羨ましく感じる。

大切な人のために働けて、さらにはお給金が貰えるってとても素晴らしいことだ。働きがいがありそうだし、実際、タキも誇りを持って働いていた。

タキにとって、時子奥様は、友人であり、姉妹であり、恋人でもあったということだろう。同性愛を仄めかすシーンもあり、タキが時子奥様のことをそう思う瞬間が少しも無かったとは、私は思えない。

時子奥様はそれほどまでに魅力的な人で、実際、時子奥様の友人であるキャリアウーマン・睦子も時子奥様に気がある(気があった)らしかった。

モテモテの時子奥様は、夫の会社に勤めている青年・板倉と秘密の恋をしてしまうが、板倉は徴兵されていく。また、平井夫妻も東京大空襲で命を落とす。戦後、のちに漫画家になった板倉の絵には、謎の二人の女性が描かれていて、健史が「これってばあちゃんの日記に書かれてたやつやん。ばあちゃんと時子奥様やん」と気付き──。まあ、ざっくりとこんな結末だ。

ただ、出来事としては、時子奥様とその恋を遠くから眺めるカメラマン・タキの話なので、ハラハラ、ドキドキ、ワクワクするようなものはほぼない。

作品では、昭和初期における当時の東京のモダンな雰囲気が随所で伝わってくる。戦争なんか起こりっこないという雰囲気で、好景気、株価も右肩上がり、といった様相を呈していて、人々が希望を持って生きている。

「当時の東京での市民生活はこうだった」というような、何気ない生活風景が瑞々しく書かれていて、良い。

そして、実際に戦争が始まり、徐々にその平和な雰囲気が侵食されていく過程も、前半と比較すると読んでいて息苦しかった。真綿で首を絞められるように、少しずつ庶民の生活が侵されていく過程。

戦争に行かない女達も、お国のためにという言葉で、国のために装身具を差し出したり、あるいは工場で働いたりと、生活の変化を強いられる。以前と同じ水準の生活が営めなくなる。

現代社会で言うところの、コロナウイルス感染症による生活への影響だろうか。私も今の生活と比較して、読んでいて少し暗い気分になった。

面白いと思ったのが、タキと健史が歴史を語る上で意見が衝突すること。

当時を生きたタキが昔を振り返る中で、「何何の時はお祭り気分だった」とか「恭一ぼっちゃんが南の国の人々に大歓待される夢を見た」とか、まあ、そういう「当時の考え方」を書く。

すると、戦後教育で育った健史がそれを読んで「信じられない」「嘘だ」と批判し、「悪夢だ」「当時の日本が何をしていたのか知らないのか」と、なんかこんな感じのことを言ってキレる。

ただ、何というか健史も、当時を知る身近な人の考え方として受け止められないのだろうか。当時を生きたタキに、当時にまだ生まれておらず、誰かの借り物の知識で「思想がどうのこうの」と詰め寄ったって、どうしようもないと思うぞ、健史。

こういう歴史に対する考え方の対比が所々で見られるのは面白かったと思う。


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