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痔除伝 第六章 Interlude

裏ナプキン密売人のもえさんと袂を分かち、私はつかの間の平和な日常を満喫していた。

アヌスが痛くない日常とは、それだけで光が溢れている。花の色は鮮やかさを増し、食事では繊細な風味や香りに気付き、ブスにも優しく振る舞えるようになった。

不自由を減らす事で気付ける喜びがある。そのことに気づき、健康、体調にこれまでよりも気を使うようになり、特にお腹の不調には気を配るようになる。お酒も多少量を減らし、飲む頻度もわずかだが減らすようにした。

調べてみると、肛門周囲膿瘍を繰り返す人は頻繁にお腹を下しており、それによって「ろう管」と呼ばれる管が雑菌により掘り進められるという。医者からも、近いうちに再発しなければ今後は大丈夫でしょう、と言われていた。

お酒を控える生活はしていたが、健康面の見直しなどから、ダイエットも併せて始めることにした。趣味で始めた筋トレに託けて、筋肉と同時に脂肪もかなり増えてきていたからだ。

私はいくつかのダイエットを組みあわせて行うことにした。同じ食生活を続けていくと、身体の恒常性ホルモンが働き、ダイエット効果が落ちていくことがあるらしい。

そのため、まずは脂質の摂取を抑え、一日の総摂取カロリーをほぼ基礎代謝ぴったりに合わせる「ローファットダイエット」を1ヶ月程度行い、停滞してきた後、逆に一日の総摂取カロリーの殆どを脂質に頼るという「ケトジェニックダイエット」を行おうと決めた。

ケトジェニックダイエットの効果が薄れてきたら、またローファットダイエットに切替える、という方針だ。

ダイエットを始めたのは2020年の2月頃。1月から事前準備期間として、禁酒を始めた。ローファットダイエットは、1ヶ月で大体3キロ程度落とせた。その後、ケトジェニックダイエットに切替える。

ケトジェニックダイエットとは、前述の通り摂取カロリーの殆どを脂質に頼るダイエットだ。それと同時に、炭水化物の摂取量はほぼ0にする。例えばどういう食生活になるかと言うと、

朝:マヨネーズたっぷりのベーコンエッグ
MCTオイルを入れたコーヒー

昼:ステーキor脂がたっぷり乗ったアトランティックサーモンのホイル焼き

夜:ステーキor 脂がたっぷり乗ったアトランティックサーモンのホイル焼き

夜食:ナッツ

といった具合になる。もちろん、各食にライスやパンはつかない。野菜も、糖分が含まれているものは食べない。

こんな食生活を送ると、どうなるか。簡単に言うと、体に糖分が入らないので、体脂肪がつかなくなり、代わりに脂質がケトン体という物質に変換され、身体のエネルギー源となる=痩せる、という理屈になるらしい。

確かに、ケトジェニックダイエットは、痩せた。しかし、ケトジェニックダイエットを始めるにあたり、注意すべき点のひとつとして、「導入時、特にMCTオイルの使い始めにお腹を下すことがある」と、ほとんどのサイトで紹介されていた。そして、私はそれを甘く考えていた。

MCTオイルとは、簡単に言うと吸収率がよく、すぐエネルギーなりやすい油、と考えればわかりやすい。ケトジェニックダイエットには必須と言える油である。

ケトジェニックダイエット2日目、朝から、どうにも腹の調子が悪い。トイレに行こうと体を動かした時の、腸の雰囲気で、「ああ、下痢だな」と、察するくらいには、ハードめな下痢だった。トイレで便座に座り、軽く力を入れただけで、蛇口を捻ったかのように水分が出てくる。

(終わったな。また、アヌス地獄が始まる……)

下痢=必ず肛門周囲膿瘍になる、ということはなく、これまでもお腹を壊すことは度々あったのだが、何故かその時は確信を得たような気持ちになった。ダイエットによって、免疫力も落ちていたのか、なんとなく体調も優れなかった時だった。

数日後、覚えのある違和感が肛門を強襲。じわじわと、あの「重み」がやってくる。やめとけば良いのに、ダイエットを続行していた私は、着実に脂肪と同時に免疫力を落としていたようで、あっという間に耐えがたい痛みにまで達した。

これは、ダメだ。座っていられない。出勤はしたものの、昼頃には限界を迎え、早退を申し出た。

地元の駅につくまでの間、必死で考える。前回オペをして、事情を知っている北のクリニックに行くか。それとも南にするか。北のクリニックを思い浮かべたとき、あの排膿時の、鋭く耐えがたい痛みが頭をよぎった。軽く、尿も漏らした。

恐らく、今回も排膿になるのだろう。前回の痛みは、医者の腕によるものかもしれない。きっと、そうだろう。だとすれば、行くべきは南だ。Go South。


南のクリニックに到着。受付を済ませて、診察室に入る。医者は、相変わらずパワータイプの肛門好きといった見た目をしている。前回のカルテを見て、「たいした事ないのにアヌスに軟膏を塗りたくってアヌスを荒らした、アナル遊び人」とでも書いてあったのか、ろくに話も聞かず、ダルそうに診察台に上がるよう促される。

また指で乱暴にされても困るので、ピッチャーのフォームを取る前に、一年ほど前、北のクリニックで肛門周囲膿瘍と診断され、排膿してもらったことを慌てて告げる。パワーは、考えを改める様子を見せ、慎重に、触診する。

相変わらず痛いが、患部の位置と状況が分かっているからか、前回よりは多少の優しさがある手付きだ。以前よりは早いが、それでも3分くらい時間をかけてよく観察され、「あー、なるほど(肛門だけに?)。確かに膿が出てますね」と、勝手に1人で納得したあと、パワーは告げた。

「状況はわかりました。とりあえず、2つ選択肢があります。今すぐ楽になるか、今後苦しまなくて済むようにするか」

え!なにそれ!怖い!どっちを選択しても、

「良かろう。ならば死ね!」

って言われて戦闘に入る選択肢のようにしか聞こえない!っていうか、勿体ぶらずに早く詳細を言えよ!

私は心の中でツッコミを入れた。

つづく

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