テクノロジーは発展するが教育の場では 自然に触れることが見直される
(つづきあすか)福岡県生まれ。都築学園グループ副総長。学校法人都築育英学園理事長。2000年インキュベーションセンター“Hatchery”創設。2007年より日本経済大学学長。2016年リンデンホール中高(国際バカロレア認定校)校長に就任。一般財団法人都築国際育英財団理事長。日本文明研究所評議員。Asia 21 Young Leaderメンバー。RKB毎日放送番組審議委員。
授業のなかで伝承していく
地域のコミュニティで培われてきた日本の食文化
――先日は大変お世話になりました(東京ヴィーガン餃子がリンデンホールスクールの小学部で餃子づくりを指導)。ありがとうございました。
都築 こちらこそ。児童たちもとても喜んでいました。自分たちで餡をつくって、包んで、焼いて。餃子をモリモリ食べてましたよね。
――餡の野菜もそうでしたが、リンデンホールスクール小学部・中高学部の学校給食は100%有機野菜・味噌醤油を取り入れるなど、食教育にとても力を入れていらっしゃいます。経験上、組織のトップが食いしん坊だと食に関わることがうまく回ると思っているんですが(笑)。
都築 食いしん坊であることは間違いないですね(笑)。
――まずは具体的な取り組みから教えていただけますか?
都築 先ほど給食のことに触れていただきましたが、学校給食は基本的には和食で、野菜と米はほぼすべて地元にある有機農法、完全無農薬栽培を行う農園で採れたものです。卵は地元の養鶏場の朝採れですし、肉や魚は国産のものを使用しています。毎朝届けられる採れたての野菜を使用しカフェテリア内の厨房で調理しています。味噌と醤油、お酢も有機です。 油は遺伝子組み替え無しの菜種を一番搾りした油ですし、甘味はみりんのほか、きび糖を八女や久留米など地元の製造元から直接取り寄せて使用しています。環境やアレルギーを考慮して、牛乳の替わりに豆乳を使用しており乳製品類は使用していません。週3日程はリンデンホール自家製の甘酒を提供しており、ぬか漬けも手作りです。さらに、給食で出た野菜や果物の皮などは、生徒が校内で堆肥にし、それを使って校内の田んぼの隣にある「リンデンフォーム」という畑で野菜を育てる取り組みを行っています。
――給食を通してフードロスや循環を学べるということですね。数々のとても魅力的な取り組みをなされていますが、そもそもなぜ和食を中心にしているのですか?
都築 日本での教育の場ですからね。伝統的な食文化を伝えることが大事だと思っています。個人的にも私は和食が好きなんですが、和食はとてもていねいな作りをしていると感じます。だしをきっちりとれば、塩をほとんど加えなくてもおいしく仕上がる。うま味を調理できるという技術は日本ならではのものです。また、和食に使う味噌や醤油、酢は日本の風土ならではの発酵食品です。ユネスコ無形文化遺産にも登録されている、だしや発酵のうま味が活きた、日本の食のすばらしさを伝えることが食育の大事な部分だと思っています。
――だから米を育てていらっしゃるんですね。
都築 はい。小学部の道徳の時間に「茶道」や「弓道」の授業も取り入れていますが、それと同じ並びで日本の食文化の授業の一環で児童たちは校庭にある田んぼで「稲作」を体験します。
――HPで拝見しましたが、学校は山間のとてもいい環境ですよね。
都築 校庭の中に原生林の地形を生かした森があって、児童たちは「トトロの森」と呼んでいます。森のなかには虫や野鳥がいて、子供たちがそれを捕まえたり追いかけたりしています。グラススキーやアスレチック、ビオトープなどもあり、泥だらけになって遊んでいます。
――親御さんは嫌がりませんか?
都築 本学の教育方針でもある「自然との共生」を理解して頂いた上での入学ですから、どうぞどうぞ、と(笑)。福岡は都会的なところもあるのだけど、環境そのものが自然に恵まれているというだけではなく、田舎のいい雰囲気や風習がまだ残っている都市なんです。最近まで、地域の祭りやイベント等には人が集まって準備をしたり、皆で食事を作ったりするなど一緒に食する風習が残っていましたから。私が子供の頃は、月に1回、祖母の家に親戚問わず近所の方々が集まって食事をして、神(自然の恵み)に感謝することも皆で行っていました。そこでは大人たちから「いただきます」の意味を教えてもらったり、食事の作り方や食作法などを教えてもらったりしていました。人間関係を学ぶ場でもありましたね。地域のコミュニティを通して、生きるための食、それに伴う人の繋がりや作法の大切さを学んできて、それが私の今に生きています。
――地域のコミュニティはどんどんなくなっていますよね。一つの核家族が一つの単位として動くようになってしまって、そこにきてコロナですから。
都築 はい。でも、だからこそ教育の場でコミュニティが求められていると思っているんです。これまで、地域が担っていた食教育の大切な部分を、授業や学校行事、課外授業という形で伝えていきたいと思っています。
英語力はあくまでもツール。
国際舞台で活躍するには文化教養力が大切
――リンデンホールは英語イマージョン(日常生活で英語に浸る生活)教育を実践されていて、将来、グローバルに戦える人材を育成する印象があるので、失礼ながら日本の食にそんなに重点を置いているイメージがありませんでした。ナプキンのたたみ方とか、ナイフとフォークの使い方のようなテーブルマナーを教えているのかな、と。
都築 (笑)それも大切ですけどね。西洋式マナーは月1回程度教えていますが、本学はインターナショナルスクールではなく、あくまでも文科省から認可を得ている日本の学校です。「和魂英才」の教育方針を掲げていて、魂は和であるけれども、最先端の知識やツール、スキルは世界中から受け入れたものを自分たちのものとして身につけていきましょうという方針です。ですから、英語はあくまでツールであって、国際舞台で活躍するためには自分のアイデンティティの背骨となる自国の文化教養のほうが大切と考えています。日本人なのだから、日本の伝統行事も大切にして欲しいです。例えば海外に出た時に「自国の風土や文化について英語で紹介をしてください」「ユネスコの無形文化遺産である和食について説明してください」と言われた時に淀みなく英語で答えられるグローバル人材、つまり日本を代表して語れる人物を育成するのが私たちリンデンホールの役割だと考えています。
――海外生活が長い都築さんだからこそ実感のあるお言葉ですね。
都築 コロナ前は本学の小中高生が海外へ行き、海外生活を経験する中で、日本文化伝統について英語で説明したり、茶道や日本舞踊を披露する機会も設けていました。稲作文化については、毎年1月に自分達で育てた餅米で稲刈りをして、餅をついて、つきたての餅にお醤油をつけて食べていたんですよ。脱穀したあとの藁は、12月に子供たちがしめ縄作りをして、ご家庭でお正月に飾ってもらえるようにし、授業では「お正月」「しめ縄」「歳神さま」などの意味も教えています。
――しめ縄を自分たちで!? それはすごい。藁を編むなんてとても貴重な経験になりますね。それと、田んぼにもち米を植えていらっしゃるのもおもしろいです。
都築 餅米は加工が広がりますからね。ついた餅は近所の施設に配ってもいたんですよ。今はコロナで餅米はおこわにして給食で出していますが、コロナが落ち着いたらまた餅つきはしたいですね。昔は年末になると近所で餅つきをしていましたが、最近はめっきり減りましたよね。だからせめて学校で取り入れたいと思って。餅をつく作業を通して、米には炊くものと蒸すものがあること、それをつくと粘りが出ること、丸めると手にくっつくこと、きれいに丸めるには力の加減がいることなど、たくさんのことを学びます。つきたての餅はとってもやわらかくておいしいねって、子供たちは喜んで食べてました。餅ひとつでもいろいろ教えてくれます。
――東京ではパック入りの餅が圧倒的に多いですね。餅が固くなるって知らない子もいるんじゃないですかね。
都築 我が家の餅はパックのものとそうではないものの両方あります。パックではないものは当然、ヒビが入ってカチカチになります。私には上は高校生から下は小学生の3人子供がいるのですが、お正月に鏡餅を金槌で叩いて割って、お金ではなく、これが本当の「お年玉(歳魂)なんだよ」と言って渡したら、なんとも言えない表情をしていました(笑)。
――お供えの餅に歳神様が宿る、という教育ですね(笑)。
土を触り、農作業を通して得られる学びは
テクノロジーを考えるうえでの核にもなる
都築 最近の子供たちは腐ったものに触れる経験がないから、腐るということがどんなことかがわからない、と聞いたことがあります。腐ったもの、カビが生えたものを見たことがない。だから、腐ったものを口にしてもわからないというんですね。それはとても危険なことだと思います。お餅にしても、少しくらいのカビだったら表面を削って食べるじゃないですか。でもそれをしないで、ちょっとカビが生えただけで、その仕組みを理解しようとしないでボンと捨ててしまう。でも実際に児童たちが自分たちで米を育てて餅まで作っているから、思い入れもあってそんなに簡単には捨てないですよ。「もったいない」の気持ちも芽生える。体験するということは学習の基本中の基本だと思いますね。
――でも、そのあたりの教育はむずかしくないですか? 最近はコロナで、病的に触ることや異物を拒否する傾向にあると思うのですが。
都築 本学の児童に対してはあまりないと感じています。体験することによって、触ることを極端に恐れないし、自分たちの考えでいいもの、ダメなものを判断できる力がついているようです。おにぎりにしても、型で抜いたり市販で大量に売られたりしているおにぎりより、自分たちが握ったおにぎりのほうが、ふわふわしておいしいって直感的に感じて言っていますからね。実際に「触る」「匂う」「味わう」などの五感で学ぶ教育はとても大事だな、と思います。
――農作業ではまず土に触りますね。
都築 はい。土に触るつまりアーシングすることはすごく大切なんですよね。本学と提携している「オーガニックパパ」農園は自然栽培で、雑草と共存させながら野菜を育てられるんです。実際に農園へ足を運んでみると、雑草だらけでどこに野菜があるか分からない、という具合です(笑) そちらの農園からノウハウを教えていただいて、本学でも同じように自然栽培の環境にやさしい野菜や食事の作り方を児童たち知ってもらいたいと考えています。自然に作られた土はとてもフワフワしていて、ミミズがいて、微生物もたくさんいる。だから野菜が元気になる。そういう基本的なところから全部教えていきたいなと思ってますね。なぜ自然に作ることがいいのか? 世の中にある「なぜ?」の部分を、自分の言葉でちゃんと話ができるようになって欲しいです。今はSNSの普及などで知識がどんどん先にいってしまっているから、それに立ち止まらせる意味でも、人間も生き物だということ、食べることで生きていること、その食べ物の意味ということから立ち返って教育をしていきたいんです。将来的にはもっと畑を大きくして子供たちが土に触る機会を増やしていきたいですね。
――今は畑に何を植えているんですか?
都築 リンデンファームにはさつまいも、にんじん、きゅうり、トマト、ナス等があり、他にはブルーベリーやみかん、ですね。果樹類はただ自然に生えている、って状況ですが(笑)。提携先の「オーガニックパパ」農園は車で10分くらいのところにあって、学園に来て教えてはいただけますが、コロナが落ち着いたら児童たちもそちらの農園にも行かせていただく機会を設けたいです。自然栽培の農家さんの作業を見たり話を聞いたりしていると「昔の日本はこうだったんだな」っていう学びが多いんですよ。たとえば野菜にも相性があるから、オクラとシソを一緒に植えると相性がいいけど、オクラとナスは一緒に植えない等というお話もとても興味深いですよね。そういうことって、人間にも置き換えられるじゃないですか。お互いが切磋琢磨してどんどん大きくなっていくチームと、ダメになるチームがあって、それはなぜかな? ということも、自然の中から学んでいけます。
――自然の学びはとても大事だと思うんですが、将来を考えたとき、30年後には人口爆発96億人という数字が目の前に突き付けられて、やはり、テクノロジーの力も借りないとやっぱ駄目だよね、みたいな話もあるじゃないですか。その点はどう教育されていきますか?
都築 ご指摘の通りで、来るべき人口爆発に備えてというのはわからないわけではないんですが、私たちが今学校で、特に小学校や中学校で教えるべきことというのは、食のテクノロジー化の部分ではないと思っているんです。テクノロジーを作った食材を育て、食べるというのは、ある程度成長し、自分たちで選択した大学や社会で体験するべきものだと考えています。小中学校では原体験、原風景としての農業を教えることのほうが大切だと思っていて、それは30年後にますます大切なことになると思います。
――というと?
都築 30年後にはきっと、今みたいな自然栽培は気候変動や自然環境の変化の影響を受けて、残念ながら希少価値になるからです。だからこそ、子供たちに教育の場で土を触らせたい。水耕栽培でできたレタスやトマト、キュウリは安全ですよ、綺麗ですよ、と言われるのはわかるのですが、子ども達にはそれらを食べたときの感想をしっかりと「自分の言葉で」言えるようになって欲しいです。子供の頃に学校で、自分たちが土で育てて食べたトマトと違う味や食感なのかどうか。違う味ならそれはなぜなのか。同じ味なら、それはそれですごいことで、さらに改良すべきことは何か。そういうところまで考えられる大人になるには、やはり、子供の頃に「土」に触ることだと思っています。
――人として考える基準を「土」から見るということですね。
多様性という時代のなかで、自分の幸せを
自分の力で選択できる力を
都築 理想ですが、学園グループが運営する大学でも近年中にキャンパス内に農園を作って農作業をできたらと考えています。「身土不二」という言葉があるように、人間と土は切っても切れない関係ですし、いい土に触ると精神的にも安定する、と言われていますので、実践していきたいですね。引きこもりだった方が農作業をしたことによって社会復帰した話もあります。農作業は土に触れ、太陽の光を浴びて、新鮮な野菜を食べられるので、心と体にいい影響があるのだろうと思います。実は我が家には母から受け継がれる「未病」という考えが浸透しているんです。日本に伝統的に根付く思想ですが、医食同源の考えをしっかり持っていれば病気にならないということを小さい頃から日々言われて育ちました。薬に頼るのではなくて、免疫力を上げるため冷たいものを口にしないだったり、発酵食品を摂る腸活の食生活だったり、よく歩くよく動くというような日常的な運動が大切で、常日頃から気をつけていることが一番大事なんだと教えられてきました。それが当たり前のことだと思っていたんですが、高校時代にアメリカに留学したとき、まったく違っていて驚きました。アメリカはどちらかというと、病気になれば薬を飲めばいいし、栄養が足りなければサプリメントで補充すればいいし、運動不足だと思ったらスポーツジムに行けばいい、という考え方。学校のカフェテリアで巨大なピザやマカロニチーズ、ホイップクリームたっぷりのケーキがドーンと出てきたりして留学当初は驚きました。未病の考え方というよりは対処療法的なんですよね。その考え方は、どうも、日本の教育の場ではそぐわない気がしていました。
――都築学園グループでは「未病」の考え方でいたいと。
都築 そうです。給食にオーガニックの野菜を取り入れるのも、その考え方がベースにあります。オーガニックであるということは、旬の食材を生かすということでもあります。旬の素材は一番おいしくて栄養があり、夏野菜には体を冷やす効果、冬野菜には体を温める効果があります。現在は、多くの学校給食では先に献立が立てられて、それに合わせて流通している食材を使っていると思いますが、本学はその逆です。農家さんと本学の料理長、栄養士、調理師が毎月集まって相談しながら、その季節ごと時期ごとに収穫される野菜に合わせて献立を考えていきます。例えば、旬の野菜なので、冬には大根や人参などのメニューが増えるなんていう時期もあります。また、下処理も一からするので時間も手間もかかりますが、子供の成長、健康のためという理念に賛同してくれて、調理のスタッフはがんばってくれています。
――ちょっと下世話な話ですが、最近、オーガニック素材の価格がどんどん上がっていて、お金持ちしかオーガニックが食べられない、って時代が来るようで恐れているんですが。
都築 おっしゃるとおり、二極化はしていくとは思います。人間の手で作られる食べ物と、テクノロジー的で作られる食べ物とはっきり分かれてくるでしょう。でもそれは、お金のあるなしの話で片付けるものではないと思うんですよね。最近は個人がいろいろなライフスタイルの選択ができるようになっています。週末農業をする人や、大学を出て安定した給料がもらえる会社勤めをしたけれど、それを辞めて地方に戻って就農する人たちも増えてきています。農林水産省の「みどりの食料システム戦略」はそれを後押しする政策であるとも思います。つまり、お金のある、なしではなく、選択の問題ではないでしょうか。
――選択の問題、ですか。
都築 はい。お金があっても、コンビニエンスストアでの食で満足している人もいるし、お金がそれ程なくても先ほど述べたような方法でオーガニックな食材を手に入れるなど、生活をする方法はあると思います。何を大切に思うのかは、それぞれの幸せの価値観だと思います。人生のベースとなる幸せの価値観を築くことも教育の役割のひとつなので、私は、子ども達の食に関していえば、良質な食材を見極められ、選択できる人になってもらいたいです。また、農家さんや調理する人、自然の恵みや神への感謝する気持ちを育んでもらいたいですね。先ほどの人口爆発の問題があって、30年後は工場で生産した野菜が安くて、安心安全という謳い文句でスーパーに並ぶっていう現実はあるかもしれません。でも、そんななかでも、自分たちで選択して、自分で就農するのもよし、家庭農園するのもよし、購入するのもよしで、自分の力で食と健康に対して責任を持ち、感謝の気持ちを忘れない大人になって欲しいと願っています。
インタビュー:吉川欣也(Republi9代表)、土田美登世(構成含)
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