第38回 第3逸話『プロテウス』 その8
岩に腰を下ろし、ワンコの死骸に「うえっ」なんて言ってると、今度は向こうから生きている犬が近づいてくる(ややこしい)。
怯えるスティーブン。武器になるトネリコのステッキを掴む。
その視線の先には、遠くにスティーブン曰く「二人のマリア」の姿も見える。これは先ほど登場した女性二人のことらしい。二人は浜辺で貝拾いをしている。
「二人のマリア」とは、聖母マリアと、キリストに救われたマグダラのマリアのこと。実はこの女性たちは、スティーブンの知り合いでもなんでもない。初めて会った人たち。当初言ってた、「特別区から逃げてきたフランシス・マッケイブの奥さん」も、全部出鱈目。たまたま目にした二人組の女性たちを、スティーブンがテキトーにこう呼んだだけ
(実はこの二人組は、物語後半、不意に再登場するらしい)。
(我々読者的には)嘘ばっかりついているスティーブン。まあしょうがない。だってこれはスティーブンの頭の中で考えた意識の流れ、独り言だもの。
その後、さっきまで一緒にいたマリガンのことを思い出す。”黄色いチョッキ”とはマリガンのこと。
またやつを”王位を狙うもの”って言ってる。
たまたま昨日まで住んでた住居なんかで、王位って、ちょっと大袈裟な気もするが、なんつたってスティーブ君は詩人で芸術家。物事の捉え方がちょっと高等なんです。
その後に出てくるトマス・フィツジェラルドやらランバート・シムネルやらの名前は全て、実際にアイルランドに実在した、王位簒奪を試みた人たちの名前だそうな。
”ここは今も昔も簒奪者の天国さ”
でもこのあとスティーブンはふと思う。マリガンは溺れた男を助けた(らしい)。でも俺はどうだ。犬に吠えられびびってる弱虫。
ここで1話で言及されていた、「9日前海で溺れた男」を思い出す。
「おれもできるだろうか? 溺れた男を救助。ここにはボートや救命ブイもある。俺だってやってみたい。ただし水が苦手じゃなかったら…」
スティーブンは、かつて学生時代に、水の中に頭を無理やり押し込まれたイジメ体験を思い出す。
「やはり無理だ、母すら助けられなかったこの俺が…」
突然、スティーブンは見知らぬ男女の姿を確認する。先ほどの犬は彼等の方へ掛けてゆき、きゃんきゃん戯れている。この男女も貝拾いをしてるらしい。犬はご主人らしき男の方に「あっち行ってろ」と蹴りを入れられる。犬は片足上げておしっこしたり岩の匂いを嗅いだり、砂をほじくったりしてる。
それを、遠くでぼんやり見ているスティーブン。やがて犬の姿から豹を連想するスティーブン。
すると昨夜の事件を思い出す。昨夜の事件とは、「ベッドに豹がいる!」と言って拳銃をぶっ放したヘインズのこと。その後ようやく眠りについたスティーブンはある夢を見た。それはかつて売春宿に行った時の思い出。
眼前の男女。彼等のことを”ならず者と安淫売”なんて失礼な連想をするスティーブン。
”今通り過ぎるぞ(男女が)。僕をチラリと見た(女の方が)。ここに座ったまま、いきなり(自分が)裸になったら…”
スティーブンは売春宿の思い出を夢で見たのを思い出し、それから眼前の男女の女の方を見て、なんだかムラムラしてきたみたい。
”彼女はトボトボ歩く。荷物を引っ張る、曳く、引きずる、牽引する。”
…と呟くスティーブン。これを作者ジェイムズ・ジョイスが記した原文に近づけると…、
”荷物をschlepps(シュレップス)し、trains(トレンズ)し、drags(ドラッグス)し、trascines(トラシンス)する。”
Yoメェ〜ン。
…となる(schleppsはドイツ語、trainsはフランス語、dragsは英語、trascinesはイタリア語、わざわざ4国語を使っている)。
お分かりでしょうか?
韻を踏んでるわけです!
ななななんとスティーブン・ディダラスはラッパーだったのです!
…いや、嘘です、詩人です。
韻文詩人です。
この小説が世に出た1922年時点でも別に新しくありません。こんな人は昔からいた、昔も昔、なんと古代の時代から。
この『ユリシーズ』の元ネタ『オデュッセウス』の作者ホメロスもそうだと言われています。詩人です。彼は今から約2800年前に前にいた人です。彼は韻文で詩を読み上げました。詩を読み上げる時、わざわざ耳心地の良い言葉を選んでいるのです。そして、彼は竪琴が奏でる音色に合わせ、詩を歌い上げたのです。
今で言うところのアコギ、ピアノ。ラップ的にはサンプラーやらリズムボックス、
つまり伴奏です。
そうです。みなさんご存知ラップミュージックとは、2000年の歴史がある韻文詩の、現在の形ということです(もちろんフォーク・ミュージックもありますが)。
…
話がずれちゃいましたが。
乗ってきたスティーブンはここで、創作欲が湧いたらしく試作を試みる(おおっ、かっこいい)。
…
続く。
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