世界一美しい立ちション
フランスの俳優ギャスパー・ウリエルが若くしてスキー事故で亡くなった。俳優個人に深く思い入れがあるわけではないのだが、代表作である『ロング・エンゲージメント』が好きな映画の一つなのだ。
ジャン=ピエール・ジュネ監督、オドレイ・トトゥ主演で『アメリ』と同じ。以下あらすじ。
ギャスパー・ウリエルが演じるマネクは殆どが回想の中の人物なので登場する頻度は多くはないのだが、純朴な美青年を好演している。気のいい調達屋が持って来てくれたハニートーストをココアに浸して食べるシーンや、目の前で仲間が砲弾の直撃を食らって塹壕の中で肉片まみれになり悶えるシーンがどれも印象的だ。
残虐描写もセックスシーンも濃密に含まれるが、それすらも作品として美しいと思わせる奇才の監督が描く戦争ものでもあり、ミステリーでもあり、ラブロマンスでもある映像美の傑作だ。
婚約者の消息を調べるために他の追放者の4人について描写される。追放になったのはマネクの他に明朗快活だが妻や親友との関係に思い悩み悔いていた家具職人バストーシュ、戦争や社会に問題意識を抱いていたが演説が下手で周りから笑われていた溶接工シ・スー、屈強で勇敢で正義感の強い農夫ブノワ・ノートルダム、人間性最悪で前科持ちのヒモ男アンジュ・バシニャーノ。
それぞれが周りとどのような関係だったのか、最終的にどうなったのか物語が進むのだが、私が心打ったのはドニ・ラヴァン演じる溶接工なのだ。
マネク含め他の4人は家族や恋人や友人とのドラマが掘り下げられるが、溶接工だけがそれがない。それどころか劇中の本筋にほぼほぼ関わってこない。ただそういう男がいたと説明されるだけである。
メタ的には映画の尺の都合上削られたとDVDのオーディオコメンタリーで説明されているが、それでもこの溶接工の描写は凄く意味があるように思える。
自傷した経緯は対峙した怯えるドイツ軍兵士が容赦なく殺されるのを目の当たりにした後、何か思いながら機関銃の砲身に手を当てて火傷したことによる。その後中間地帯に追放されて、最後は「男らしく死なせろ」と立ちションをしながら大声で歌い、気の立った上官に撃ち殺される。
このシーンがカメラワークと言い、俳優の演技と言い、とても美しく抒情的に映される。世界一美しい立ちションだ。
劇中の人物や世界に何の影響も与えないし、回想の中でそういうことがあったと言及されるだけで神の視点でしか溶接工の最後は描かれない。
現実にもそういう人は沢山いるんじゃないかなあとも思う。何か強い思いを抱いてはいるが周りにそれが伝わらない、伝えることができない。それを抱えたまま誰にも知られずいなくなる人。だからパッと見て意味のない役のようにも思える溶接工に対して心打たれるんじゃないかと思う。
そういうのを含めて『ロング・エンゲージメント』が好きで、久々にを観返したがやっぱり名作だなあと思う。
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