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感じるものだけが全て 感じたことが全て

 令和4年11月8日、世間の話題と同じく皆既月食を眺めていた。ミラーレス一眼とこういう時にしか使わない部屋の置物になっている天体双眼鏡を持って。

 普段からミラーレスを持ち歩いて素材になりそうなもの撮ってはいるが、写真術を積極的に向上させようという気がないのと機材のスペックとして絞りだのシャッタースピードだのの数値を色々やって、これが限界。それよりも天体双眼鏡で眺めた方が綺麗だ。双眼鏡をカメラに覗き込ませて接写できないかやってみたが、まあできない。

 よく空の写真を撮る。たまに凄くいいなあと思う時の空がある。しかし上手く撮れない。

 写真を撮りはするがその時の感動の半分も写し出せていない気がする。もっと真面目に技術を身に着けたり高い機材を使えば再現できるのか。

 しかし、たまにふと思う。どれだけ目に見えたものを写真で正確に撮れたとして、それは本当に正確なのか? カメラ補正の入った画は本当に正しく美しいものなのか? それだけではなく双眼鏡なりコンタクトレンズを介して像を歪めているのに見ているものを自分はちゃんと捉えているのだろうか? たまに考える。

 絵を描く時、動物だとか既存のキャラクターの模写とかはある程度描けるが、似顔絵は個人的に難しい。どこからどこまで正確に描いてどこからどこまでデフォルメさせればいいかがわからない。
 人の描いた絵を見ると、上手い下手に関わらず、好意を抱いていたり心酔している対象は明らかに美化して描くし、その逆の対象は明らかに嫌らしく醜く描いたり、カリカチュアどころではない変顔にしたりする。
 風刺なんか顕著で世界大戦の頃からディズニーが作ったプロパガンダ用のドナルド・ダックのアニメに出てくるのはテクノカットにチョビ髭で不機嫌顔のドイツ人、丸眼鏡・細目・出っ歯で気味の悪い色の肌の日本人、でっぷりと太って青髭面のイタリア人と悪者はビジュアルの良し悪し的にも悪く描く。

(ジャック・キニー監督,『総統の顔(Der Fuehrer's Face)』,1943,RKOピクチャーズ)

 今だってネットに流れてくるようなスカッと系の漫画で気に食わない相手を下げて描くのは当たり前だ。
 絵描きは手先の技術だけでなく常に各々のフィルターを通して絵を描いている。良くも悪くも。それが芸術や表現の本質なのだろうが。

 クオリアの話で「自分が見ている赤は他人の見ている赤と同じなのか?」とはよく言うが、もしかしたら、現実に生きてものを見ている自分達は同じものを五感で受けた上で現実にありながら仮想を共有しているような気もする。美醜の感性とか生理的に無理な音や味や匂いがあるように主観的に捉えたものが主観的に正しくて、100%絵や写真で伝えることはできないんじゃないかと思う。凄く観念的だけど。

『ゴールデンカムイ』で贋作師の熊岸長庵のエピソードが好きなのである。


本物の作品を作りたかった 本物を作れたら贋作なんて… 作らなくてよかったのに…
観た者の人生を…… ガラッと変えてしまうような…… 本物の作品を……

(野田サトル,『ゴールデンカムイ 9巻』,2016,集英社)

 熊岸の描いた美しい顔と評する修道女・シスター宮沢の絵を"観た"白石由竹は想像力を掻き立てられて脱獄を繰り返して脱獄王と呼ばれるようになる。間接的に人生はガラッと変えられることになる。
 絵の才能はあるのに女の美醜の感性がおかしい、はっきり言えばブス専という作者お得意のキッチュなギャグと創作者ならば誰しもが心に抱くであろう思いと願いの台詞、そしてそれが自分の知らぬところで大きく物語を揺るがすことになるという因果。そういうエピソード。

 それに加えて、アニメ版では別のニュアンスが入ってくると思う。

 尺の都合でTVではなく当初コミックス特典DVD、後に配信になったOAD。原作と違って熊岸はアシリパ達と邂逅しないし、抗争に巻き込まれて死ぬこともない。作中の最後の台詞は監獄の面会の懺悔でシスター宮沢に向かって真摯に語っている。それは熊岸にとってシスター宮沢が心の内を真に打ち明けられる相手であって、絶世の美女に映ったとも取れる。単なるブス専じゃないのかもしれない。

 何かを表現する時、己自身というフィルター、ツールを通して外に発信する。だから表現の技術だけでなく審美眼感受性は常に磨かなければならない。


 ヘルプで舞台の照明オペを頼まれた。演劇要素の入ったコンテンポラリーダンス。照明に詳しい人があまりいない集団で、かと言って自分自身も照明自体は詳しくないしそんなにセンスはない。それでも自分なりに台本と舞台と演者を観ながら試行錯誤して感覚を頼りにやった。「生きた照明」だと評された。
 彼女達のダンスも「生きた舞台」だった。照明のフェーダーを上げ下げしながら、エンディングの曲を聴きながら、なんか涙が流れていた。

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