"多様性"というマジックワード
"ダイバーシティ"という言葉が一般的にも普及し、多様な価値観を受容することがいいこと、という風潮が当たり前になってきました。
ひとつのレールを絶対的に正しいと信じるのではなく、いろんなレールやときには獣道を通ってきた人たちが集まって事を成すというのはこれからの時代大切な考え方だと思います。
しかし、時に"多様性"は思考を停止させるマジックワードになってしまうこともあります。
ものごとには必ずいい面と悪い面があり、何かを取り入れればすべてが解決する、なんてことはありません。
それは多様性に関しても同様で、ただ「うちは多様性を大切にしているから」というだけの組織は脆いものです。
なぜならば、多様性とは裏返せば価値観の共有に多大なコストがかかるということだからです。
人の価値観やセンスはそれまで見聞きしてきたことの積み重ねによって形成されます。
違う国で生まれ育ったり、違う時代を生きていれば価値観が異なるのは当たり前。
同じ国で生まれ育った同世代同士でも、業種や業界が異なればそれぞれの常識は大きく異なり、それが摩擦を生むことも多々あります。
そうした違いはサイトデザインにおけるボタンの色ひとつとっても議論をうむし、倫理観が違えば顧客対応へのベストアンサーも異なります。
多様性を受け入れるとは、そうした異なる価値観をすべて受容した上でひとつの解をださなければならないということです。
そのためには丁寧なコミュニケーションとお互いへの信頼関係が必要不可欠。
多様性のある組織は強いけれど、同時にそれを維持するためには細やかなメンテナンスが必要なのです。
以前なにかで「スタートアップにおいて多様性は不要」という論説を読んだことがあるのですが、ある意味的を得た主張のようにも思います。
異なるバックグラウンド同士でビジネスをしようとするとき、まずはそれぞれの価値観のすり合わせからはじめなければなりません。
同じ業界同士なら
「これいいよね」
「いいね」
ですむ会話が、異業種同士になると
「これいいよね」
「えっどの辺が?そもそもお前にとっての『いい』ってなに?」
「えーっと…」
と多大なコミュニケーションコストがかかるものなのです。
もちろん聞く耳をもって言葉を尽くせばお互いにわかりあえるはずで、どこかのタイミングでこうした努力をしなければならない段階はきます。
ただお金も時間もないスタートアップにおいては、まずは言語化できない「いいよね」の感覚を共有できる相手と組む方が成功率が高いのかもしれません。
そもそも、言葉で説明して誰もが「いいね」というアイデアはすでに誰かが取り組んでいるか、大手資本がそのビジネスチャンスに気づいた瞬間に潰されます。
恋愛ドラマじゃないけれど「世界中のみんなが反対しても信じている」、そう思える相手こそが初期におけるベストパートナーと言えるのではないでしょうか。
そこに多様性なんてなくていい。とことん排他的でいい。
そうしてできあがったものにたくさんの人が集まってきれくれたとき、多様性を大事にするために丁寧にコミュニケーションをしていけばいい。
多様性というマジックワードに気をとられて、自分たちの信念が薄まっていないか。
初期フェーズにおいて恐れるべきなのは、「薄まる」ということなのかもしれません。
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(Photo by tomoko morishige)
私のnoteの表紙画像について書いた記事はこちら。
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