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「日本的なる」戦い方

日々海外ニュースを追っている中で感じるのが、『米中と正面から戦っても仕方ないよな』ということです。

アメリカならGAFA、中国ならアリババとテンセント。

彼らの動きはとてもスピーディーで、無人店舗やニューリテール、キャッシュレスなどちょっと目を離しただけで新しい技術や店舗が次々と生まれ、そのダイナミックなスピード感に、記事を読むたび驚かされます。

さらにそうしたプラットフォームを活用した新しいサービスやプロダクトも生まれており、巨大プラットフォームが新しい企業を買収することでさらに大きくなっていくという生態系も確立されています。

これまで日本はこうした世界の動きに対して『追いつき追い越せ』でやってきて、実際に『ジャパン・アズ・ナンバーワン』になった成功体験もあります。

しかし今は当時とは異なり、日本はもはや超・成熟社会。

よくも悪くも飢餓感は薄くなり、上昇することがすなわち幸福ではない、という価値観に移行しつつあるように思います。

私たちに必要なのは米中におけるテクノロジーの発展やチャレンジを追従するのではなく、その情報を横目で見つつ自分たちなりの戦い方を新しく作り出すことなのではないだろうか。

自分自身が海外ニュースを追う中で、より強くそう思うようになってきました。

以前「日本は、『スモールビジネス大国』を目指すべきなのかもしれない」という記事にも書いたのですが、日本の強みはソフトのコンテンツ力にこそあるんじゃないかと思うのです。

もちろんプラットフォームの覇権をとられるということはデータの問題もあり、生命線を握られることではあるので完全に諦めてしまうわけにもいかないのですが、全員が世界を目指した結果中途半端になるより、はじめから『スモールビジネスで勝とう』という戦略をとる人たちも必要なのではないかなと。

あえてスケールを追わず、そこにしかないユニークなコンテンツという価値が集積し、大きな物語を織り成していく。

この形式は言語化せずとも自然に調和をとり、オタク的でガラパゴスな発展を遂げる日本だからこそとれる戦略なのではないでしょうか。

ただ、そこでテクノロジーをまったく無視していいわけではなくて、テクノロジーは世界レベルにちゃんと付いていきつつ、テクノロジー以上にコンテンツが注目されるようなものを作ることが重要なのだと思います。

例えば以前ルイ・ヴィトンが美術館を模した展覧会イベントを開催していたのですが、一番に言及されていたのはそのコンセプトと見せ方の部分でした。

その上で、コンセプトをより多くの人に届けるためにWechatや旅系アプリとうまく連携していた、という話が出てくるのですが、この記事を読んでさすがヨーロッパの企業らしいやり方だなと感じました。

新しいテクノロジーはそれ自体を使うことがエンターテイメントになることもありますが、そこで戦おうとすると圧倒的資金力と人口のアドバンテージをもつ米中に対抗することは難しい。

それよりも、まず魅力的なコンセプトやストーリーを作り、それを楽しんでもらうために最適なテクノロジーは何かを選んでいく。それこそが『日本的な』戦い方なのではないかと思うのです。

一方で、先日柳瀬博一さんが『メディアはテクノロジーである』とおっしゃっていたように、テクノロジーという器があってこそ表現できる新しいコンテンツもたくさんあります。

だからこそ単に『私たちはアナログで戦うのでテクノロジーの情報は必要ありません』とシャットダウンしてしまうのではなく、自分たちのコンテンツを適切に届けるために最先端の動きもあわせて学び続ける必要があるのだと思います。

表面的にはスケールを追わず、アナログな温かみをもって『ここにしかない』価値を作る。
一方でその裏側ではテクノロジーを最適なかたちで取り入れることで、効率的・効果的に届ける仕組みを整える。

自分たちらしい戦い方について考えながら、『己を知り、敵を知れば百戦危うからず』という言葉の重みを改めて感じたここ最近でした。

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今日のおまけは、『焦りを減らすために必要なこと』について。

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