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虹をかけるよ🌼🌈

05.11

一面にお花が広がるこの場所には、大きな木が一つあるだけである。その深緑に夕日がかかる瞬間が1日のうちで1番最高だ。僕を包んだ生温い風が、そっとオレンジ色に溶けていった。この美しい場所で今夜も一人、夜の境目を迎える。

「つむぎ、君……??」

「えっ……なんでここに「すごい!!すごいねつむぎ君!素敵な翼だああぁぁぁ」」

どうして、彼女がここに…。いや、そんなことを考えている場合ではない。不覚にも、泣きそうになった。僕の翼、誰にも知られずに生きてきたはずの正体が、ついに明かされてしまったのだ。ここは僕の場所で、彼女の学校からは相当遠い場所にある。だから彼女は絶対に来れないはずだ、なのになぜ…。

「わあぁぁぁ、どうやって手に入れたの?生まれて初めて見た…。すごい、時々虹色に光ってる!ってつむぎ君?!」

「……。」

とにかくここから逃げなければならない。そう悟った僕は、無我夢中で走り出した。

「待って、つむぎ君!」

僕は走り続ける。

「…っっ」

僕はついに、彼女に捕まってしまった。

「離して」

「やだ…」

「いいから離してくれ…‼︎」

彼女をまた、突き放してしまった。戸惑った彼女に弁解するかのように、言葉を続ける。

「僕は化け物だ。近づかないでくれ」

そう、僕は恐ろしい生き物だ。人間の親から生まれたはずなのに、背中には真っ白い翼をつけている。

「私、知ってるよ。化け物ってすごい力を持った人のことなんでしょ?だから怖いかどうかは、」

彼女は驚くほど純粋だ。だからこんなにも訳の分からない状況を、すんなりと受け入れている。

「僕は………僕はぼくが怖くて堪らない」

だからお願いだ、そんな涙目で僕を見つめないでくれ……。醜い僕をこれ以上嫌いになりたくないんだ。

「……ごめんね。つむぎ君」

「…なんで謝るんだよ」

なんで、いつもそうやって謝るんだ。

「だってつむぎ君、今まで1人で苦しんでたでしょう」

そうして僕は1つ、雫を落とした。いや、正確には彼女の手が僕の涙を捉えた。紺色の空を真っ直ぐ見つめる横顔があまりにも美しくて、それからしばらく涙が止まらなかった。しばらくして、これまでのことを彼女に静かに話していった。僕が初めて、自分の心の内を誰かに明かした瞬間だった。



05.20

「つむぎ君!プリン食べない?」

「僕は甘いものが好きじゃないんだ…ってこれ何回目だよ」

「あぁー、ほんっとにごめん!」

今日はつむぎ君が私の家に泊まりに来た。久しぶりだからか気持ちがウキウキで、時折変な声が出る。

「前言ってた男友達君にあげな」

「ううん、これはつむぎ君のために買ったものだから」

「いや、ほんとにごめん。じゃあ僕が食べる」

「だから、私が食べる」

「ふふ、なにそれ」

彼が声を出して笑ったのを、初めて見た。空を突き抜けるような、つぶらな瞳だった。彼の翼について知って以来、また一つ"彼の初めて"を目にした気がする。

「私ね、1つ気づいたことがあるの」

「なになに?」

「この世でつむぎ君が1番大切だってこと」

今日どうしても伝えたかったこと。私を豊かにしてくれる最高の人、つむぎ君は輝いてるんだって。

ー私って変なのかな?

彼が初めて泣いたあの日、こう聞くと彼は、

ーそこが、お姉ちゃんの魅力なんじゃないの。だからもう、頑張らなくていいんだよ。

すみれのままで、私のままでいいんだ。そう思えた瞬間だった。だから私はあの日から自分のことを泉実さんと呼ぶことをやめた。私も彼みたいに素敵な翼を持っているって気がついたから。




泊まりに行った夜、彼女は僕のことが1番大切だと言ってくれた。そうしてまた僕の目から涙が零れ落ちたのを、彼女は優しく撫でた。

ーあ、あともう1つ気づいたのは、胸のドクンドクンって音は緊張だったってこと。つむぎ君が言ってた通りだった!私いつも緊張してたんだよね、みんなに変だって思われないかなって。

-実はあの時僕はね、嘘をついたんだよ。彼が君に恋をしてるんだって知られたくなかったんだ-

この話はまたもう少し経ってから、僕が勇気を持てた時に話そう。だけど彼女が心の奥底にある気持ちを伝えてくれたから、この話の代わりに僕も彼女に伝えたい言葉がある。

ーお姉ちゃんにはさ、

人の心に虹をかける力があるんだよ。



06.03


彼女と僕は、ついにお花畑に降り立った。
今日の風は生暖かくて、少しくすぐったかった。僕の前に一本咲く花が、僕を見て笑っているのが手にとるようにわかった。

「っつむぎ君、ねぇつむぎ君ってば!」

「あ、ごめん。なに?」

「えへへ。私の新しいお友達のムカデさん!どうもお久しぶりです」

いつものことのはずなのに、なかなか慣れない。彼女はお花畑に住む友達を沢山作っては、その度に僕に紹介してくる。

「えっ…僕、虫は苦手なんだけど」

「何でそんなひどいこと言うの」

彼女は眉をへの字にして、怒ったような仕草をした。

「あ…。ごめんごめん」

だけど虫の友達は、初めてだ。そして彼女は、僕には到底表現出来ない、沢山の表情をしてみせる。

「君、花冠作るの下手くそだね」

彼女と共に花冠を作り始めると、新しい友がそう言った。

「うるさいな、ムカデのくせに。悪趣味だよほんとに」

「こっちのセリフだよ、人間のくせに優しさの欠片もない」

「ふんっ!」

「なんだよ!」

そして僕は、彼女以外との人との関わり方をよく知らない。

「ねぇ、見て見て二人とも!」

彼女の周りにちょうどふわふわとした風が吹いて、スカート部分を揺らす。さっきからの苛立ちなど、吹っ飛んでしまった。黄色とピンク色のお花だけを集めて作った花冠は彼女の存在そのものを表しているようだった。

「あ、そうだつむぎ君っ。今日私の家に泊まるの?」

「んー、今日はやめておくよ。明日泊りに行く」

「やった!楽しみにしてる」

彼女は、可愛い。花冠などつけていなくても、とてつもなく。

「明日は晴れるかな」

彼女は雨を好まない。僕と、空を飛べないから。僕が翼を持っていると知ってから、そして僕が背中に乗ってもいいと言ってから、彼女は毎日のようにお花畑にいる僕に会いに来ては、空を飛ぼうと言う。

「明日は雨だよ」

嘘をついた。明日も晴れだと言ったら僕の所へ来ると言って聞かないから。

「そっか、じゃあまた明日ここに来るね!」

彼女はまったく、変な人だ。

fin.


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