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教員時代のもやもやを整理してみた

ご覧いただきありがとうございます。
京都が好きすぎて、教員を辞めて移住してきたmikanです。
移住ついでに公立教員から一般企業に転職する話、京都での暮らしなどを書いていきます。


教員を辞めて、2ヶ月が経った。
改めて、自分の小学校入学からこれまで、人生のほとんどを「学校」という場所で過ごしていたことに驚く。

今までの私にとって「春」は、新しい環境でストレスがあったり、目が回るほど忙しかったりと、ずっと苦手な季節だった。
でも仕事を辞めたことで、初めてこんなにのんびりと春を過ごした。
新緑の美しさ、草花や鳥の可愛らしさ。日差しの柔らかさ。
この歳になって、「春って気持ちのいい季節なんだな」と改めて知ることができた。

でも、やっぱり人生の大半を過ごした「学校」から離れた寂しさも感じる。「先生先生〜」と寄ってきてくれた可愛い子供たちに未練もある。支えてくださった同僚の先生方に感謝もある。
けして教員が嫌で嫌で仕方がなく辞めたわけではないから。

ただ、10年間ずっと「このままでいいのか?」というモヤモヤを抱えてきた。


もやもやしていたこと

1 仕事量の多さ

 初任のときに一番驚いたのが、「授業や担任業以外の仕事の多さ」
生徒会、部活動(しかも未経験)、学校行事の企画、校外学習や修学旅行の準備、給食やミルクの管理、会計、就学援助、情報などなど…

そしてその担当が、人事の都合で毎年変わるからパニック。

特に給食費や就学援助のお金の管理などは、これ先生の仕事なの?と思いながらやっていた。
あと最近は、生徒のタブレットの管理が大変!壊れたら修理を依頼したり、担任するクラス全員分のアップデートをやったり。

子どもたちには本当に申し訳ないけれど、自分のペースでできる「授業準備」の優先順位は一番最後になってしまっていた。

自分に余裕がなくなると、自分と他の先生の業務量を比べて妬んだりして。

もちろん個人情報の管理上や予算などいろいろな問題があるのだろうけれど、もっと外部に任せるものを増やしてほしいと常々思う。


2 人間関係のストレスの多さ

毎年4月になると、同じ学校・学年の先生、担当する生徒・保護者が変わる。
これは良い面悪い面両方あるけれども、「自分で選べない人間関係」の量が、教員は特に多いんじゃないかと思う。

また、自分が異動になったときは、学校が違うと子どもの雰囲気も生徒指導の仕方も違うことが多くて、慣れるのに時間がかかった。

これは、たとえ年数を重ねたベテランの先生でも苦労することがあるのかなぁと。


3 複雑化する生徒指導

この10年の間でも、生徒指導の内容がどんどん複雑になっていっていると感じた。
目立つケンカや非行よりも、不登校、SNSトラブル、DV、オーバードーズ、自傷行為など、見えない問題が多い。

そのため何か問題が起きた時は、「指導」よりも「教育相談」
「子どもに寄り添う」のは確かに大切だけれど、集団生活の中でどこまでできるのか難しい。

たとえば
「顔を見られたくないからご飯は教室で食べられない」という生徒には、教員が一人ついて別室でご飯を食べさせていたし、
「化粧をしないと怖くて学校に行けない」という生徒には、これ以上指導してはいけないと上から言われ、不満を言う他の生徒を納得させるしかなかった。

一人一人を理解して寄り添いたい気持ちと、全部に対応していたらこの先どうなっちゃうの?という不安。

4  時間外労働が当たり前

朝の挨拶運動、部活動、委員会活動、懇談会、生徒指導、保護者対応など、当たり前のように勤務時間外に仕事がある

生徒に何かトラブルがあったとき、その日のうちに保護者へ連絡を取る必要があったり、場合によっては家庭訪問したり来校してもらったりする。
それは当然、「保護者の仕事後の時間」になるわけなので、こちらは19時、20時まで待つことになる。

保護者対応はもちろん丁寧なことに越したことはないんだけれども、
どんどん「サービス」が過剰になっている感じがする。電話で21時まで話を聞く、とか。
保護者の方が来校できなければ、夜遅くに家庭訪問したりとか。

あとは朝も、
「骨折した生徒を保護者の方が朝7:00に送っていきたい」と言われたら、教室をその時間に開けなきゃいけないとか。(勤務時間は8:15から)

役所のようにきっぱり時間で開け閉めするのは難しいのも分かるけれど、教員の働き方を守るためにはもっと厳しい線引きが必要だと思う。


5 周りの先生と比べてしまう自分

これは完全に私自身の問題だが、どうしても「他の先生と比べる」癖が抜けなかった。
特に担任としての学級経営。

例えば、校内の合唱コンクールで生徒のやる気をアップさせるために、他のクラスの担任の先生たちがいろんなことをしていた。
手作りのお守りをクラス全員にあげたり、黒板アートを描いたり。

「○○先生のクラスはいいなぁ」って子どもに言われるのが怖くて、「自分も何かやらなきゃ」と焦っていた。

こういうことは学級活動や教科指導など、日常でもたくさんある。その都度「mikan先生でよかった」って言ってほしくて、無理してでも頑張ってしまう。
もちろん生徒が喜んでくれたら嬉しいけれど、それも今思えば、「生徒のため」いうよりも「自分のため」だったのかも。

まとめ

一番もやもやしていたのは、理不尽な仕事や対応も「教員だからやって当たり前」っていう雰囲気が現場にあったことかもしれない。
じゃあ、その教員のケアは誰がするの?っていう。

ただ、教員だけじゃなくてどんな仕事も大変なところはあると思うので、
これから新しい仕事にチャレンジして視野を広げたい。

そうすれば、また「学校」の見方が変わるかもしれない。



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