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読書感想:前職水商売、それでも就職できますか?

すごい本を読んでしまった。読んだ後夫から「何か悩みごとでもあるの?」と言われるくらい内省の世界に入ってしまった。
 
読んだ本はこれ。 

 
Kindle unlimitedでDLしたので気軽な気持ちで読み始めたが、途中から心が正座するような気持ちになった。その理由は後で説明する。
 
この本は18歳から12年間水商売をやっていた著者が、その体験を書いたものだ。
 

あらすじ

元々勉強もできて学級委員になるほど優秀な著者は、進学校に行っていたにもかかわらず両親に反発する形で4年生の大学ではなくFラン短大に進学する。短大生となった彼女は軽い気持ちでキャバクラのバイトを始めたが、次第にその沼から抜けられなくなり、地方のキャバクラからニューヨーク、六本木のクラブへと移り順調なキャリアを積んでいく。しかしある日、これからの人生を振り返って今までの軌道に疑問を持つようになる。

 
この本は水商売をテーマにしていながら、暴露本のようにセンセーショナルでもなく、悲惨な状況を被害者の立場から訴えかけるものでもなく、ましてや水商売から学んだ男性攻略法や成功する方法を教えるhow toものでもない。

水商売の世界が著者の冷静さとユーモアのある文章で描かれ、この本の世界に引き込まれて一気に最後まで読みたくなる。エンターテイメントとして最高の本である。

一方で自費出版ということで多少の荒さはあるが、日本の水商売についてのエスノグラフィーのようで、日本の男性優位社会や階級社会への批判というよりも冷静な観察記録ともなっている。
 
だから水商売の特殊な世界を垣間見せてもらえると同時に、男性社会に生きている私たち女性が「分かる、分かる」と共感もできるところもある。たとえばキャバクラ嬢という仕事について著者は次のように言っている。

客に圧倒的優位に立ってもらって「ウンウン」と頷き「すごい」と尊敬してあげることが仕事なのだ。


これは日本ではキャバクラでなくても若い女性だったら日常的に期待される役回りではないだろうか?私はこれがとても苦手だった。もしかするとこのせいで日本を出たのかもしれない。
 
そんなことを考えながら、面白く知的にも刺激的なこの本を途中まで楽しく読んでいた。

でもふとこんなに頭も良くて観察力もあり、人との関係もうまく作れる多才な彼女が、男性優位の世界で男性をヨイショしながらどんな気持ちで働いていたのだろうと想像したらやりきれない気持ちになった。そしてその世界から足を洗い、こうやって本まで出してその実像を伝えてくれていることに尊敬と感謝の念が湧いてきた。だから心が正座するような気持ちになったのである。

私が想像した彼女の気持ちは、共感というよりは自己投影だろう。彼女ほど頭も良くなく美しくもなく(彼女はそうは書いていないが美しい方だと思う)、気も利かないが、私には著者との共通点が多くて人ごとではないと思った。私もまあまあ勉強できて、学級員もやっていた。高校生の頃は両親との関係もあまり良くなく、真面目な頑張り屋なくせにミーハーだった。だから著者に親しみしみを感じ自分を重ねた。

もし私が著者のように地方に生まれ、就職氷河期を体験し、見た目がもっと良くて、親が勉強できることに固執していたら(私の母親は他のことに固執していた)、同じ道を選ぶ可能性はあったと思うのだ。私が12年、水商売の沼にハマっていたら・・・、相当苦しかっただろうと思う反面、その沼から出てくる勇気が持てたか自信がない。

多分、著者の意図は時々笑いながら楽しく読んでもらえる本を書くことだったと思うので、勝手に自己投影されても迷惑だろう。でもこの本を読むことで、私の生きなかったパラレルワールドを体験させてもらったようで、水商売をしている女性たちと私とは無関係ではないという感覚を持てるのは大きな収穫だ。そしてまだバブルの残り香のあった時代に学生時代を過ごした幸運を思った。
 
水商売の沼から抜けて会社に就職するのは相当の覚悟と努力がいったと思う。だから今、地に足をつけて生きている彼女にお節介ながら、心から「よしこさん、おめでとう、すごい!よく頑張った!」と伝えたい。

そしてかつて顧客へのメッセージを書くときに活かしていた文章力を、今この本を書くことに使ってくれたのは読者である私たちにとって幸運なことである。

楽しく読みたい人にも、私のように深読みしたい人にも是非おすすめしたい一冊だ。


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