恋人の前で「見せたい自分」と「ありのままの自分」の違いについて。人は変われるかのお話。

人間は「他人に見せる自分」と「自分で思う自分」の間に差があればあるほどストレスを感じると言う。

職場での自分と本来の自分、SNS上での自分と本来の自分など、違っているのは当然としてもあまりにもその差が大きいとストレスが強くなってしまう。

SNSで言うと、もちろんこれは実名アカウントの場合で、匿名アカウントは含まれない。

匿名で書き込みたいという心理は実名では言いにくいことがあるということなので、本来の自分と公の場で見せている自分に乖離がある人が多いということではないだろうか。そのストレスを匿名アカウントで吐き出す。

やはり、本来の自分と他人に見せる自分に違いが大きい人が多いのだろう。そこに息苦しさを感じている。

これはそのまま恋愛にも言える。恋人の前で見せている自分が本来の自分とかけ離れていると自分で自分にストレスを与えてしまい、余裕がなくなり、恋人関係は壊れてしまいやすいだろう。

恋人の前でありのままをさらけ出すのはとても大事なことなのだ。

しかし、人間にはどうしても「こう思われたい」という気持ちがある。そして「こう思われたくない」という気持ちもある。

オレはよく考えるんだけど、誤解に対して弁解したくなるのは何故なんだろうか。

テレビに出ている芸能人なんかが、一部だけを切り取ったネットニュースに対してSNSで事実はこうだと訂正をする。

これはまさに誤解をされたくないという心理からくるものだろう。

しかし、本来の自分なんていう確固たるものはないわけで、あくまでも「他人に見せている顔」ってだけだ。私はこういう人だって確固たる自分をよどみなく説明できる人なんていないだろう。

芸能人なんかはその顔のイメージを統一したいから必死に弁解をするのだと思う。イメージ商売の芸能人はそれが収入にダイレクトに影響するからね。

いじわるな言い方をすると「こう思われたい」ってよりも、自分っていうキャラを「こう思わせたい」ってのが正直なところだろう。

芸能人に限らず、みんな社会に向けて見せる顔というものを持っている。その顔を「こう見せたい」という心理は誰にでもあるものだ。

それが信頼となり、収入にも直結してくる。

しかし一方で、その見せている顔が本来の自分とかけ離れていても、その顔を見せ続ければ、それが本来のその人になってくるとも言える。

行動によって内面が引っ張られるのだ。自分を「こう見せたい」ということはそのように行動し続けるという決意でもあるから、本来の自分がその行動によって変わってくるのだ。

わかりやすくいうと、他人に立派だと思われるような行動を続けていれば、たとえクズだったしても自分は立派な人間だと思い込み始めるだろう(笑)

こう考えるとやはり、本来の自分っていうものにはあまり意味がないのかなと思う。本来の自分をどう思っているかよりも、「こう思わせたい」による行動で人間は変わっていく。

恋愛でもこれは言えるかなと思う。たとえ浮気願望がめちゃくちゃある男だとしても、恋人に対して「誠実な男」だと思われていたいと思い、そのような行動を続けていたら本当に誠実な男になってしまったなんてこともあるだろう。

めちゃくちゃだらしない女性が、恋人にはしっかりした女性だと思われていたいと思い、家事を勉強し、生活習慣を整えるような行動をしていたら、それが本来の自分になってしまったなんてこともあるはずだ。

無理をしすぎると自分を追い詰めることになるから良くないが、本来の自分に固執しすぎるのもまたやめたほうがいいと思う。

ありのままの自分をさらけ出すのも大事だし、「こう思われたい」を原動力に自分を変えていくのもまた自由だ。

本来の自分と他人に見せている自分に差が大きいとストレスを感じるのは事実だが、それを利用して自己変革に使うこともできるということだ。

コーチングの理論なんかはこれを応用していると思う。自分のイメージをコンフォートゾーンの外側に持っていって、その違和感で自分を変えていく。この辺の話は説明すると長くなってしまうので個々に勉強してみてくださいw

何が言いたいかよくわからなくなってしまったが、人間は周りの人の影響で意外と簡単に変われてしまうんではないかというお話だ。

その影響力が一番強いのは間違いなく恋人であり、夫婦のパートナーだろう。恋人の前でこうありたいという気持ちはとてもエネルギーになるからだ。

ありのままの自分をさらけ出しながら、恋人の前でこうありたいという自分も大事にする。

恋人の前で優しい自分でい続け、それが新たな本来の自分になっていく。

これを思いやりと呼ぶのではないだろうか。

オレはそう思っちゃうんだよね

恋愛マスターくじら

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