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御在所山と興国天皇御陵の神風串呂(串呂哲学研究ノート№61)

1、岩座神の七不思議「唐滝」と「塔の石」

千ヶ峰の麓に、兵庫県多可郡多可町加美区「岩座神」(いさりがみ)という国内唯一のユニークな地名があり、この地区に「岩座神の七不思議」と呼ばれる伝説があります。

七不思議のひとつである「唐滝」は、旱魃のとき、この滝でウナギを獲ると、必ず雨が降ると伝えられ、また、この滝には大蛇が棲み、一人で足を踏み入れた者は誰一人として無事に帰れないというのです。

この唐滝は、三浦芳聖が、昭和6年(1931年)2月中旬、霊感で発見し、快晴の日は、瀬戸内海と太平洋が見えるので、日月の滝と命名し、以来68回参篭禊祓いをした滝です。

七不思議のひとつである「塔の石」(とうのいわ)は、塔のようにそそり立っている高さ10mあまりの巨岩です。

昔、あまんじゃこ(天邪鬼)が「夜中に天に五つの岩を積んで見せる」といって神に挑み、四つまで積んだときに夜が明けたので、一つをここに捨て置いて逃げたといい、岩座神の名前もこの岩に由来するといわれています。

三浦芳聖は、この「塔の石」は、神話に出てくるヤマタノオロチ族の王のお墓であると述べています。(詳細後述)

今回は、何がおわしますかを鑑定する重要串呂起点である「御在所山」(三重県三重郡菰野町)から「興国天皇御陵」(愛知県岡崎市明見町田代、宮崎山伝正院裏山)を鑑定して頂く串呂です。

2、串呂哲学の理解を助ける予備知識

『ウィキペディア(Wikipedia)』三浦芳聖で後醍醐天皇以降の皇統についての基礎知識を頭に入れて置いて下さい。
【三浦皇統家 系図】
後醍醐天皇
-尊良天皇-興国天皇-小室門院¬
-宗良親王――――――小松天皇-松良天皇-大宝天皇-----三浦芳聖
-義良親王――――――寛成親王-綾子皇后-大宝天皇
-宗良親王――――――小松天皇-松良天皇-光良親王----睦仁親王

始めての方は、下記の記事を参照してください。
串呂哲学研究ノート・バックナンバー1(№1~ №50)
串呂哲学研究ノート・バックナンバー2(№51~
『ウィキペディア(Wikipedia)』北陸朝廷
『ウィキペディア(Wikipedia)』金崎宮
『ウィキペディア(Wikipedia)』尊良親王

三浦芳聖の天皇論「国体の真姿開顕こそ日本民族の道」

「北朝」は滅亡していた!! 南北朝秘史-其の壹

日本の真相(DVD鬼塚英昭)必聴情報。歴史観を変えなければいけない。
明治憲法に天皇不可侵を盛り込んだ伊藤博文の意図がわかる

昭和天皇はイルミナティ世界権力の道具だった!(太田龍)必聴情報。
(我が国に天皇は、いらっしゃるんでしょうか!)

3、御在所山と興国天皇御陵の神風串呂

三浦芳聖は何がおわしますかを鑑定する重要串呂起点である「御在所山」(三重県三重郡菰野町)と「興国天皇御陵」(愛知県岡崎市明見町田代、「宮崎山伝正院」裏山)とを串呂すると次の様になると述べています。

興国天皇御陵御在所山

「御在所山」と「興国天皇御陵」の神風串呂

高尾」(日野町)-「上野」(宍粟市)-「岩座神日月の滝」(多可町)-「🏔竜王山」(日野町)-「🏔御在所山」(菰野町)-「興国天皇御陵」(岡崎市)-「上野」(浜松市)-「一色」(西伊豆町)-「🏔三原山」(大島町)

(三浦芳聖著『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』140頁、住所は現在のものに改めた。住所の詳細は【地文の解釈】をご覧下さい。)

【地文のみ掲載】
「高尾」-「上野」-「岩座神・日月の滝」-「🏔竜王山」-「🏔御在所山」-「興国天皇御陵」-「上野」-「一色」-「🏔三原山」

【地文の解釈】(地文に地図がリンクしています。)

(1)高尾(たかお、島根県日野郡日野町)尾は子孫を表わす。
興国天皇(守永)が、尊良天皇の皇子であることを表わす。
日野町(竜王山)とで、日野町二串の確定立証の串呂を構成している。

(2)上野(うえの、兵庫県宍粟市波賀町)
上野太守・守永親王=興国天皇(守永)を表わす串呂哲学上の符号。
他の「上野」とで上野二串の確定立証の串呂を構成している。

(3)日月の滝(にちげつのたき、兵庫県多可郡多可町加美区岩座神

日月の滝は「岩座神」の中腹にあり、地元では「唐滝」と呼ばれている。近くに「神光寺」というお寺がある。「岩座神」の西に隣接する地名は「神崎郡神河町」である。

岩座神を串呂地文学的に解釈すると「岩に鎮まる神」=「墓石に鎮まる神」で、御陵墓を表わす。

日月の滝は、三浦芳聖が昭和6年2月に発見以来、68回にわたって参篭・禊祓いの水行を敢行した滝。三浦芳聖は、快晴の日は瀬戸内海と太平洋が見える場所にあるので「日月の滝」と命名したと述べている。

地元では「唐滝」と呼ばれている。岩座神の七不思議のひとつで、一人で行って帰った者はいないと恐れられ、人々が近づかない滝のようである。三浦芳聖は、高貴な霊性の人専用の滝で、普通の人は単独では入れない滝であると述べている。

千ヶ峰「岩座神七不思議コース」 『ウィキペディア』千ヶ峰

七不思議のひとつである「塔の石」(とうのいわ)は、塔のようにそそり立っている高さ10mあまりの巨岩です。

昔、あまんじゃこ(天邪鬼)が「夜中に天に五つの岩を積んで見せる」といって神に挑み、四つまで積んだときに夜が明けたので、一つをここに捨て置いて逃げたといい、岩座神の名前もこの岩に由来するといわれています。

三浦芳聖は、この「塔の石」は、神話に出てくる八岐大蛇(ヤマタノオロチ)の「オロチ族の王」の墓石であると述べています。

オロチの尾(王)から剣が出てきたという神話は、実は他部族との戦争で勝利し、叢雲の剣(むらくものつるぎ)と呼ばれる「宝剣」を奪い取った故事を神話にしたものだったのです。

岩座神(いさりがみ)は、文字通り「岩に座す神」だが、いさる→いざるで、「いざる」は、膝行(蛇のように進む)を表わし、大蛇(おろち)族の王様であることが、分かる人には分かるようになっているのではないかと思います。いさり神=いざり神=オロチ族の王。(新説・珍説・迷説)

この「塔の石」の下に、処刑されたオロチ族の王が眠っていることを霊感で察知した三浦芳聖は、神界伝法の秘法祭祀で浄化し「オロチ族の遠津御祖命(とおつみおやのみこと)」と贈名して祭祀をしていました。

三浦芳聖は、オロチ族の不浄化霊達が、剣(つるぎ)を返せと要求し、祭祀の妨害をするので、その妨害を防ぐために「オロチ族の遠津御祖命」を味方につけたのですが、オロチ族の不浄化霊達は、浄化しようとしても納得せず、祭祀を受けようとしないといっていました。オロチ族の剣=叢雲の剣です。勝利者ゆえのカルマでしょうか。霊界物語でした。

(4)竜王山(りゅうおうざん、滋賀県蒲生郡日野町

蒲生郡竜王山

「辰年の王」の意味もあるが、「龍顔・龍駕・龍車・龍徳」などの言葉が示すように、龍は天子(天皇)の権威すなわち王権の象徴ですので、「竜王=天皇」と解釈することも出来ます。

日野町(高尾)とで、日野町二串の確定立証の串呂を構成している。

(5)🏔御在所山(ございしょやま、三重県三重郡菰野町、1212m)
何がおわしますかを鑑定する重要串呂起点。御在所岳の別名。

全国各所にある🏔御在所山の中で、鈴鹿山脈にあるこの三重県三重郡と滋賀県東近江市に跨る🏔御在所山が、地誌からも地文の上からも標高からも最高の串呂起点。8大串呂起点のひとつ。詳細はこちらを参照ください。

(6)興国天皇御陵(愛知県岡崎市明見町田代、宮崎山伝正院裏山)
興国天皇御陵(こうこくてんのうごりょう)は、愛知県岡崎市明見町田代「宮崎山伝正院」裏山にあるという。

宮崎山伝正院は、尊良天皇の第二皇子「基良親王」(良玄法親王)が開基したお寺で、尊良天皇を陰祀せる「太子堂」が有名。

【参照】興国天皇 (守永・もりなが) (串呂哲学研究ノート№52)

(7)上野(かみの、静岡県浜松市天竜区)
上野太守・守永親王=興国天皇(守永)を表わす串呂哲学上の符号。
他の「上野」とで上野二串の確定立証の串呂を構成している。

(8)一色(いしき、静岡県賀茂郡西伊豆町)
「一色」は、串呂哲学では「彼と之とは同じ」の意味で、重要串呂線上に入る地文とされています。一色田(荘園において一種類の賦課のみを負担していた田地のことを称する)に由来する荘園地名です。

(9)三原山(みはらやま、東京都大島町)未解明。
名前の「三原」は、出産のように溶岩や土石流を噴出することから、子宮や体内を表わす「御腹(みはら)」から来ているとされる。

【中級編】三浦芳聖は、三原山は興国天皇(守永)の中宮「藤原茂子」を表わす地文であると述べています。その理由は口伝とします。

【参照】『ウィキペディア』三原山

4、この串呂の解釈と串呂哲学的考察

「高尾」(日野町)-「上野」-「岩座神・日月の滝」-「🏔竜王山」(日野町)-「🏔御在所山」-「興国天皇御陵」-「上野」-「一色」-「🏔三原山」

愛知県岡崎市明見町田代の「宮崎山伝正院」裏山は、尊良天皇の皇子、上野宮と尊称する辰年の興国天皇(守永)の終焉の地であり御陵墓である。

「日野町」二串、「上野」二串の確定立証の神風串呂です。

ほとんど手掛かりの無かった興国天皇の終焉の地の制定が、神風串呂の解明で出来たのです。これは、素晴らしいことだと思います。

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串呂主宰神は、なぜ、長期間かけて神風串呂を構築し、このように神皇正統の天皇を顕彰されるのか!この一点を徹底的に講究しますと、神風串呂の要諦が理解でき、今我々は、何を第一とすべきかが分かります。ここに日本民族の存亡が掛かっているのです。真実に目覚めましょう!

2千年以上の長年月を掛け神風串呂を構築された、串呂主宰神・天照大御神様のご苦心と、生涯を掛けて神風串呂を解明された三浦芳聖師のご努力が、日本国と日本国民の皆様の幸せの為に生かされますよう願ってやみません。

神風串呂は、神界から日本民族へのメッセージ(啓示)です。

神風串呂と神風串呂に昭示されている「神皇正統家」は日本民族の宝です!さらに研究を進めましょう!

一人でも多くの方に、神風串呂の存在をシェアして頂きますよう宜しくお願いします。


(出典は三浦芳聖著『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』を始め『神風串呂』『串呂哲学』『串呂哲学と地文学』『神風串呂の解明』等、通算181号(いずれも神風串呂講究所発行、1955年~1971年) を参考にして、研究成果を加味しました。)
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神皇正統家に極秘で伝承された神風串呂(串呂哲学)を紹介しながら、日本神界の神経綸(かみしくみ)を研究・考察して参ります。一人でも多くの方々に串呂哲学(神風串呂)の存在を知って頂ければ望外の幸せです。