見出し画像

大工仕事で食べられるようになった頃、俳優の仕事が舞い込んだ

<ショウファー6>

私は、リムジンのショウファー。

単に運転技術だけではなく、旅客機のキャビン・アテンダントや、弁護士のように相手の心理や気持ちに寄りそう「精神労働」をするのが、ショウファーだと心得ている。

乗客は、俳優のハリソン・フォード。

下調べをした(シリーズ最後と言われている)「インディ・ジョーンズ5」が
話題になっている(2023年6月公開予定)。

70年前のフォード少年は、人見知りする性格をなおすために、ボーイスカウトに入った。広告会社に勤める父親の強い勧めがあった。

テントの野営を通じて、自然との共生も覚え、爬虫類や昆虫とも友達になり、上から2番目の名誉あるライフスカウトになった。

ウイスコンシンのリポン・カレッジで哲学を専攻したが、卒業はできなかった。4年生のとき、人前でのあがり症をなおすために、演劇部に入った。これがきっかけで、演劇に興味を持った。

ラジオの声優だった母親のおかげで声質はよかった。声優を目指して、ハリウッドに向かった。あてはない。まあ、なんとかなるだろうと思っていた。

でも、なんとかならなかった。記録映像にナレーションをのせる仕事はそんなにはなかった。

「自分は遅咲きだ」と彼自身が言うように、声優や端役では食べていけず、妻と子供2人を養うために、ひとりで大工を学んだ。

「ゴッドファーザー」で当てたコッポラのスタジオの拡張工事を請け負うほど腕を上げたころに、ジョージ・ルーカス監督の「アメリカン・グラフィティ」の端役がついた。30才のデビューだった。

その後の「スター・ウォーズ」では、プロデューサーのルーカスから、出演オファーではなく、オーディション俳優の相手役をする声優のバイトをもらい、大工兼業でその日その日を乗り切っていた。

主役のハン・ソロを演じる役者は、トム・セレクと、ルーカスは初めから決めていた。

トム・セレク©︎wikiboi.us

監督のスピルバーグは、主役はフォードでいいじゃないかと言い続けていた。ルーカスは、それじゃあ、自分が関係する映画は、フォードばかりになって嫌だと言い続けていた。

しかし、グリーンバックで行うCG撮影を嫌ったセレクから、スケジュール都合で断られ、困ったことになった。

ルーカスが折れるしかなかった。

その後、フォードが折れたこともあった。

インディーの父親役に、年齢差12才のショーン・コネリーが提案されたとき、不自然だと拒否していたフォードは、テストフィルムで間違いに気づいて撤回。


フォードの映画界への最大の貢献は、ヒーローのイメージを変えたことだ。

60年代、ショーン・コネリー演じるジェームス・ボンド。70年代、クリント・イーストウッド演じるダーティ・ハリー。80年代、シルベスタ・スタローン演じるランボーなど、”絶対死なないヒーロー”だった。危機一髪でも、安心して観ていられた。

たまたま勇ましいことをした、痛みを感じる普通の人。フォードは、”ひょっとして死ぬかもしれないヒーロー”を演じていた。

宇宙ファンタジーの「スターウォーズ」でさえ、ハン・ソロには、弱い仲間へのいたわりがあり、インディ・ジョーンズには、ゴキブリの大群や、毒蛇からの一目散の逃げ足があった。

映画館の観客に共感してもらうのは、リアリティしかないと、フォードは信じていた。


谷間の吊り橋を前に、カメラを準備し終わったところで、スピルバーグ監督が待ったをかけた。

ロープの吊り橋の強度を、誰がチェックするか、どうチェックするかで、話し合いを始めた。

突然、フォードがすごい勢いで、吊り橋を駆けだした。カメラマンがとっさの反応で、焦点を合わせる、フィルムが回る、撮影終了。後続の出演者のための強度を、彼が実証した。

スピルバーグもびっくり「その瞬間、彼が本当のインディになってしまった」と語った。


もっとも苦労したのが、リドリー・スコット監督の「ブレードランナー」だった。

アメコミのような超人役を求められた。監督とは意見が合わない。「ロケ現場に行くのが、鉛の靴をはいているようだった」とフォードは語る。

無敵ではなかったフォードの身体は、悲鳴をあげていた。「スターウォーズ」では、全治2ヶ月の足首骨折。ボルトやビスを入れて現場復帰。「インディ・ジョーンズ」では、椎間板ヘルニアになった。脊椎の手術をして6週間後に、上半身だけの撮影で乗り切った。

また、大腸炎で立っていられない状態で、黒装束のアラブの剣豪との長い決闘シーンを決行する必要があった。男に長く剣舞をさせ、インディの拳銃一発で勝負をつけた。スピルバーグの苦肉の策が、フォードを救った。


フォードが骨を休めるのは、ハリウッドの喧騒から1,500キロ離れたワイオミング州の自宅。自然との共生を学んだライフスカウトの体験で、エンジョイしている。そして、考古学者のインディのように、環境保護に熱心だ。

フォードは、爬虫類の研究でも知られている。クモやアリを発見した2人の学者が、彼への好意と感謝を表すために、”ハリソンフォーディ”の学名をつけている。

少年の目を持った素晴らしい自然人を、今日も宿泊場所と荒野のロケ地を往復する。リムジンは、ブレードランナーのように強靭なarmored BMW X5 VIP

弾丸から守る装甲仕様。8速オートマチック、4,400cc、 V8 555馬力
追跡車を振り切る無敵の能力
後部キャビンから、ハンドフリー・インターコムで運転者と会話できる


<映画好きのためのトリビア>
●フォード自身が考える最高の出演作は、「モスキート・コースト」。究極のサバイバル映画として、自身も興奮したと言う。あわせて、アカデミー賞にノミネートされた「目撃者」も好みで、両作品は、監督ピーター・ウイヤー。もっとも理解しあった友人だという
●2023年は、ケビン・コスナー監督のTVシリーズ「イエローストーン」第2章「1923」にも出演する。共演は、名優ヘレン・メリル

©︎crumpe.com

●フォードの無名時代、フランス人の監督が彼を起用しようとしたら、コロンビア映画の役員が「彼に俳優としての将来はない。他の人選を」と否定した
●スタジオ増築をしてもらったお礼に、コッポラは、フォードにセリフのある端役を与えた。軍人役で役名を”G.ルーカス”とした。お遊びの役名を与えるくらいのエイクストラとしてしか、彼をみなしていなかった
●「目撃者」で、アーミッシュが共同作業で家を建てるシーンの、木造家屋の骨組みは、大工フォードが陣頭指揮にあたった
●軽飛行機とヘリコプターの免許を持ち、州の要請で遭難者を救助したこともある
●通学したウイスコンシン州のリポン・カレッジは、19世紀に民主党から分かれた共和党が最初の会議を開いた講堂を中心にキャンパスが広がっている
●「理想の大統領イメージは、国民のために戦うハリソン・フォードの『エアフォースワン』の大統領だ」とトランプ前大統領が答えたことを聞いて「映画だから、何でもできる」と、発言を蹴散らした。企業のためなら環境を破壊しかねない共和党は、環境保護者のフォードにとって天敵だ
●NYtimes「ワイオミングの牧場で静かに過ごしていてもおかしくないあなたが、これだけ映画に出演するのは、演技者としての”自分探し”を続けているからですか」との質問に「私は、ただ仕事をしたいだけだ」と答えた。80才の男にとって、年齢は単なる数字に過ぎない

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?