男には溜まり場が必要だ
<ムービージュークボックス15>
’90年代ごろ、気のおけない仲間と昼下がりを過ごしていた古びた喫茶店を、
明るい西海岸のスターバックスが、根こそぎ廃業に追い込んだ。
そんな中、NYのダウンタウンの煙草屋は、どこ吹く風で、しぶとく生きていた。そこに、たむろする男たちの人生模様が、映画「SMOKE(1995)」だ。
「クリスマスのいい話を探している」小説家(ウイリアム・ハート)が、煙草屋の店主(ハーヴェイ・カイテル)に、肺から煙草の煙をふっと吐き出すように言った。NYタイムズに、コラムを依頼されていた。
「いいのが、ある」煙草屋が、話し始めた。
俺の店から本を万引きした黒人の男が、財布を落として逃げていった。
運転免許が入っていたので住所が分かり、クリスマスの日に届けて、
喜ばせてやろうと思った。夕方、郊外の貧しい集合住宅にたどりついた。
盲目の黒人の老婆が、ゆっくり扉を開けてくれた。息子の名前を言うはずが
「今日はクリスマスだから一緒に夕食、食べよう」と、とっさに言ってしまった。
老婆は、俺を、思いのほか強く抱きしめてくれた。
20代の息子と、60代の俺を抱きしめた感じは違うはずだ。
盲目の人は、家の中のいろんなものを触りながら歩いている。手の触覚も鋭い。
わからないそぶりをしている。
この歳になると、知らない方が幸せだと思うことを知っている。
ひとりでクリスマスの夜を過ごしてきた。
自分のごまかし方は、老婆と同じくらいわかっている。
スーパーで買ったチキンをオーブンに入れて、一緒に食べた。
切れない包丁しかなかったので、素手でチキンの肉を引き裂いて与えた。
ふたりで、ワインを1本開けて、老婆は気持ちよく眠ってしまった。
男も満たされていい気持ちになった。
「これが、俺のクリスマスのいい話だ」
「いい話だ。しかし、うまく出来すぎている」と、小説家がつぶやいた。
「作り話ではない。盛ってもいない。これには続きがある」
俺が、トイレに入ったら、箱に入ったままの35mmカメラが、棚に置いてあった。
息子が万引きしたものだろう。彼の財布をテーブルの上に置いて、カメラを手土産に外へ出た。
そのカメラを使って、いまでは、路上の定点撮影をしている。
4,000枚、1枚も同じものはない。夏があり、冬があり、日差しの違いがあり、
風が映り、人の表情が違う。いまでは、俺の趣味になっている。
万引きからカメラを盗んだ。いい話が微妙になった。温かいスープが、冷たくなったような。小説家は、どこでペンを止めるかを考えた。
店主のところに「黙っていたけど、あなたには娘がいるんだよ」と元の女友達が
現れたり、家出した父親を探す息子がいたり、さまざまな悲喜こもごもの人生が描かれている。
スターバックスより昔、男の溜まり場は、紫煙と話で満たされていた。
<映画好きのためのトリビア>
⭐️煙草屋店の店主は実在した、Augustus Wren。彼のAugie's Jazz Barは、1998年閉店。その後、買い取ったオーナーは、店名を変更。しかし、この映画の後、
店名を戻した
⭐️製作費は、700万ドル、興行収入は、3,800万ドル
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