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不規則ではないドイツ語の不規則動詞

ツイッターに上げた「ドイツ語不規則動詞 タイプ別変化表」の補足解説記事です。まず当該ツイートはこちら。



そもそもこの表で何がしたいのか

ドイツ語には規則動詞と不規則動詞があります。ここでの「規則」とは、過去形・過去分詞形の作り方の基本ルールのことです。

例えば machen(作る)は過去形が machte で過去分詞形は gemacht です。
不定形(原形、辞書の見出しに載ってる形)の machen から、語末の -en を取って代わりに -te を付けると過去形 machte になります。
また語末の -en を取り、語頭には ge-を、語尾には -t を付けると過去分詞の gemacht を作ることができます。

このルールに従って過去形・過去分詞形を作ることができるのが「規則動詞」です。変化しない部分を xxxx と書けばxxxxen - xxxxte - gexxxxt 」というパターンで「不定形・過去形・過去分詞形」の3つが書けるものが規則動詞ということになっているわけです。

さて、ルールがあれば例外があるのが世の常で、この規則通りに変化しない動詞が200少々あります(派生語を含めればもっと増えます)。初級レベルで出会うものだけでも数十個はあるでしょう。規則動詞に比べればずっと少ないのですが、利用頻度の高い語が多くて、無視できない数です。

例えば singen(歌う)は、過去形が sang で過去分詞形は gesungen です。
過去形に -te は付かないし、過去分詞形の語末は -t ではなく -en になっています。そして何よりも、不定形の時は i だった母音が a や u に変化しているのが特徴です。

別の不規則動詞 trinken(飲む)の場合、過去形は trank で過去分詞形は getrunken です。母音が i-a-u と変化していて singen に似ていますよね。

他の不規則動詞の sprechen(話す)や helfen(助ける)では事情が違います。不定形・過去形・過去分詞形は、 sprechen - sprach - gesprochen や helfen - half - geholfen となり、ここでの母音は e-a-o という変化です。

もっと別の不規則動詞だと、geben - gab - gegeben(与える)や lesen - las - gelesen(読む)というのもあります。母音は e-a-e となっています。

不規則動詞にも何やらパターンがありそうな感じが見て取れるでしょうか。

ドイツ語の教科書や参考書の巻末には、たいてい不規則動詞変化表が付いています。しかし、この不規則変化表が曲者で、表を眺めていても変化のパターンは見えてきません。なぜかというと、表の並びが単純なアルファベット順だからです。

アルファベット順の表は検索には便利ですが、パターンを理解するには不適なのです。そこでこの「タイプ別変化表」の出番となるわけです。

さてここで、本稿の最も重要な結論を書きます。

「不規則動詞にも規則がある!」


です。以下は変化表の解説です。


強変化動詞と不規則動詞

ここで変化表を再掲します。

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表に挙げられた動詞の多くは、不定形・過去形・過去分詞形の間で母音が異なっています。ドイツ語学(あるいはもっと広くゲルマン語学)の世界では、このように母音が変わる動詞を「強変化動詞」と呼んでいます。

ここでの「強」とは「語尾だけでなく単語の本体の一部である母音も含めて変化する」というような意味だと理解すれば良いでしょう。
これに対して、規則動詞は「弱変化動詞」とも呼ばれます。「弱」とは、「語頭や語尾しか変化しない」という意味です。

ドイツ語の祖先にあたるゲルマン祖語の時代には、強変化動詞は大きく分けて7種類の変化タイプがあったことが知られています。その当時の強変化動詞の多くは、それぞれのタイプに応じて規則的に変化していました。
要するに強変化動詞という規則動詞があった、というわけです。

ゲルマン祖語から現在のドイツ語に至る2000年あまりの時間の中で、動詞の形態や変化パターンは徐々に変わっていきました。しかし基本的な変化タイプの痕跡は今のドイツ語にも残っています。

本稿で扱う「ドイツ度不規則動詞 タイプ別変化表」では、この7つの変化タイプに準じて表が構成されています。
以下ではそれを大雑把に見ていきましょう。


強変化動詞の各クラス

ひとまずこの表をご覧ください。

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(1)変化表の最左列上部には、「クラス1」と呼ばれる分類の強変化動詞から派生した動詞が並んでいます。
beißen - biss - gebissen(噛む)や bleiben - blieb - geblieben(留まる)のように、不定形で ei だった母音が、過去形と過去分詞形で揃って ie や i になるパターンです。
不定形の母音が ei である不規則動詞は、sein と heißen を除けば全てこのタイプにまとめることができます。やったね。

(2)クラス1の右には「クラス2」の強変化動詞を祖先に持つものが並んでいます。この動詞は過去形と過去分詞形の母音が両方とも o です。
不定形の母音が ie である不規則動詞は、liegen を除いて全てこのパターンに含まれています。やったね。

(3)クラス2の下には「クラス3a」というグループが存在します。
古い時代にはその右の列の「クラス3b」と同じグループだったのが、別に分かれて独立したクラスです。
i-a-u のものが最も多く、i-a-o や i-o-o のタイプも少数ながら存在します。
不定形の母音が i である不規則動詞は、 bitten と sitzen と wissen を除けば全部このクラスです。やったね。

(4)「クラス3b/4」は古い時代のクラス3の一部がクラス4と融合してできたグループです。過去形が a または o で、過去分詞形が o なのが特徴です。
(5)「クラス5」の動詞は、過去形が a で過去分詞形が e です。
不定形の母音が e である不規則動詞の大半はクラス3b/4かクラス5に属しています。つまり e-a-o か e-o-o か e-a-e のいずれか1つです。やったね。

現在形の du と er の活用で母音が e から i や ie に変わる動詞があります。ich spreche / du sprichst / er spricht や ich lese / du liest / er liest みたいな例です。このタイプの動詞は werden を除いて、全てクラス3b/4かクラス5の不規則動詞です。やったね。


残りの強変化動詞と不規則弱変化

続いてこの表をご覧ください。

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表右上の「クラス6」と「クラス7」は、不定形と過去分詞形の母音が同じです。不定形の母音が a である不規則動詞は、ほぼ全てがこのグループです。
特に、ich fahre / du fährst / er fährt のように、現在形の du と er で母音 a が ä になる動詞は全てこのタイプの不規則動詞です。

さて、クラス7の下には「不規則弱変化」と書かれたグループがあります。このタイプの動詞の語頭と語末は、brennen - brannte - gebrannt のように、弱変化動詞(=規則動詞)と同じ -en / -te  / ge--t の変化になっています。
しかしそれに加えて、過去形と過去分詞形の母音が不定形と違うというイレギュラーな特徴があります。そのために「不規則」と呼ばれています。

表の右下は話法の助動詞(および wissen)です。これらの動詞は、古い時代の別の動詞の過去形を現在形に転用したという経緯があり「過去現在動詞」とも呼ばれています。
上の「不規則弱変化」と似て、過去形・過去分詞形の語頭と語末は規則動詞と同じ -te や ge--t で、母音だけが不定形とは異なるというパターンです。 


真の強者

いよいよ大詰めです。この表をご覧ください。

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クラス1の下に挙げられた sein, werden, stehen, tun の各動詞こそが、似た仲間のいない真の不規則強変化動詞です。
規則性がなくて丸ごと暗記するしかないのはこの4つだけです。ここまで減ったのだから、あとは諦めて覚えましょう。

そして最後に、左下隅の動詞は「混合変化」と呼ばれるグループです。
backen - backte - gebacken のように、過去分詞の語尾が -t ではなく -en になってる以外は規則変化と同じです。弱変化のパターンに強変化の過去分詞語尾が混じり合ってる、ということです。

というわけで、表を端から順に見てきました。
ここまで読んでくださった方、お疲れ様です。
「不規則動詞にも規則性があるのじゃ!」
という、この補足解説記事の主張に納得いただけたに違いないはずです。

以下はもっと細かい内容の補足です。細かい話に興味のない方は、本記事の最後の「体で覚える不規則動詞」まで飛ばしてください。


補足の補足

ここからはまとまりのない雑多な補足を並べておきます。

一部の動詞は意味によって規則変化と不規則変化の使い分けがあります。
例えば hängen という動詞は、「掛かっている」という意味の自動詞の用法であれば hängen - hing - gehangen という不規則変化ですが、「掛ける・吊るす」という意味の他動詞の用法であれば hängen - hängte - gehängt と規則変化になります。
自動詞と他動詞の両方の意味がある場合、大まかな傾向として、自動詞形が不規則動詞で他動詞形が規則動詞となるパターンが多いようです。
自動詞が不規則変化で他動詞が規則変化というパターンは一般的で、
sitzen - saß - gesessen(座っている)setzen - setzte - gesetzt(座らせる)
liegen - lag - gelegen(横たわる)legen - legte - gelegt(横たえる)
のように自動詞と他動詞で不定形が異なる場合もあります。
一部の不規則動詞は意味によって規則変化に変わる場合があります。
例えば senden という動詞は、「送る」という本来の意味であれば、senden - sandt - gesandt という不規則弱変化ですが、「放送・送信する」という新しい意味では senden - sendete - gesendet という規則変化が用いられます。
また wiegen は、「揺らす・揺れる」という意味の用法では規則変化で、「量る・重さがある」という意味の用法では不規則変化です。
一部の動詞は不規則変化が廃れて規則変化になりました。
例えば backen(パンを焼く)という動詞は backen - buk- gebacken というクラス6の変化タイプでしたが、過去形の buk が廃れて backte という規則変化になりました。
weben - wob - gewoben も、徐々に規則変化の weben - webte - gewebt が用いられるようになってきているようです。
前綴りの付いた動詞は、前綴りのない動詞と同じ変化パターンになるのが標準的です。例えば非分離動詞の bekommen - bekam - bekommen (受け取る)や、分離動詞の ankommen - ankam - angekommen (到着する)は、 kommen - kam - gekommen (来る)の変化パターンを受け継いでいます。
一部の動詞は前綴りの有無で規則変化と不規則変化の違いがあります。
例えば empfehlen - empfahl - empfohlen(勧める)は不規則動詞ですが、前綴りのない fehlen - fehlte - gefehlt(欠ける)は規則動詞です。
逆パターンとして、tragen - trug - getragen(身に着ける)は不規則動詞ですが、beantragen -beantragte - beantragt(申請する)は規則動詞です。
表中の動詞には別のクラスから移動してきたものも少数あります。
例えば元々クラス6だった heben や schwören は、時代を経るにつれて過去形や過去分詞形のタイプが変わり、今のドイツ語ではクラス3b/4と同じ変化になりました。
haben は「不規則弱変化」のグループに入っていますが、これは母音が変わるからではなく、過去形で子音 b が消失するからです。
過去現在動詞 (preterite-present verb) のうち、厳密に言うと wollen は希求法 (oplativ) が起源なのですが、本題とは関係ないので説明略。
ドイツ語では規則動詞なのに英語では不規則動詞になっているケースがあります。例えばドイツ語の machen - machte -gemacht は規則変化ですが、対応する英語の make - made - made は不規則変化です。
これはゲルマン祖語からドイツ語と英語に分岐した後で、英語の側の動詞変化が不規則になったことに由来しています。
「不定形・過去形・過去分詞形」の組み合わせは「動詞の三要形」「動詞の三基本形」「動詞の三語幹」などと呼ばれます。
古い時代のドイツ語は「不定形・単数過去形・複数過去形・過去分詞形」という「四要形」でした。「同じ動詞の過去形が2種類なのは面倒なので,英語やドイツ語では類推によってどちらかに統一された」(清水2011)ということです。


参考資料


清水誠 (2011)『ゲルマン語の歴史と構造 (2) : ゲルマン祖語の特徴 (1)』
ドイツ語の不規則動詞の変化クラスに関する日本語の資料で、オープンアクセスかつ利便性が高そうなのはこの論文だと思います。
「不規則動詞は規則動詞だった」という主張もこの論文に基づいています。


ゲルマン語の動詞クラスについてもっと深く知りたい方は、下の Wikipedia 記事をどうぞ。これと上の日本語論文を読めば概要がつかめるはずです。


「ドイツ語不規則動詞 タイプ別変化表」に登場しない動詞もたくさんあります。もっと多くの語が見たい場合は、Wiktionary のこのページから、各変化クラスのリストに飛んでください。


体で覚える不規則動詞

最後になりましたが、ネイティブではない我々が不規則動詞の変化パターンを身につけるには、何回も繰り返して唱えるほかはありません。
この変化表を眺めながら、beißen - biss - gebissen …… bleiben - blieb - geblieben …… とグループごとに1000回くらい復唱しましょう。
そうすることで音のパターンが身に付けくはずです。

はい、これで解説は終了です。
ドイツ語の不規則動詞をいかにして体に叩き込むべきかという話でした。
それではみなさまの不規則な人生に規則的な幸福のあらんことを。チュース



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