小説=ソフトウェア仮説:エンジニアリングの視点から小説をとらえ直してみる試み

要旨

・昨今のエンタメ小説を取り巻く環境は、ソフトウェアのそれと類比してとらえてみると何となくわかりやすい
・上記の考察を更に一段階進めることで、小説とはソフトウェアの一種であり、また既存のソフトウェア開発の各種手法が、小説執筆にも何らかの形で適用可能であるという可能性が示唆される
・特に現状、書下ろし小説の執筆に関しては標準化されたプロセスが無い状態であるが、ここには伝統的なソフトウェア開発の手法であるウォーターフォール・モデルを適用できると推測される

背景と動機

筆者はDXとかデータ分析的なアレを一応生業にするサラリーマンなのですが、趣味の一つとして読書、特にエンタメ小説があります。昨今のコロナ不況の中、2020年7月~9月にかけて人生初の長編小説(大体17万字位)を一念発起して書くことになりました(一応、某公募に出しましたが、この度見返すとゲー吐きそうになりましたので、多分落ちてるやつです)

そのような中で筆者は「小説執筆とソフトウェア開発って似ているよな~」と強く思うようになりました。この辺り、絶対誰か先人が考察してると思ってそれなりにググったのですが、意外と情報が無いようで筆者の検索スキルでは包括的に触れたテキストが見つけられなかったので、一念発起して自分で書いてみることにしました。
(下記に、部分的に触れていらっしゃる記事を参考として貼っておきます)

エンジニアである中野裕さんの記事。仕様変更の難しさを理解して貰うために小説のメタファーが使えるよ!というお話(胃が痛い)

プロの小説家である朱野帰子さんの記事。その2では書下ろし小説はウォーターフォールに近いのではないか?と仰っており、これはズブの素人である私も全く同意見だったので、記事を見つけた時非常に嬉しかったです。

昨今のエンタメ小説を取り巻く環境:Web小説の台頭

さて、本論です。
この記事を読まれるような方は皆様恐らくご存じだと思うので、詳細までは立ち入りませんが、昨今のエンタメ小説(主にライトノベルまわり)には二つの大きなジャンル(?)があります。一つが出版社から販売されるトラディショナルな小説(書下ろし小説)であり、もう一つがWebのプラットフォームを利用して発表される小説(以下、Web小説)です。

このWeb小説はこの10年で一気に台頭してきた(*1)新しいジャンルで、今までのエンタメ小説とは異なるプロトコルや文化を持ち、いわゆる「なろう系」と言われてよくネットでの議論の対象ともなっていますが、その特徴はざっと以下のようにまとめられると思います。

【Web小説の特徴】 ※くまだ総研調べ(2020年12月現在)

① 専用の小説執筆プラットフォーム(カクヨム、小説家になろう等)を利用して小説が執筆され、無償公開される(*2)

② 結末まで一気に書き上げることはほぼなく、数日~1週間程度の短いサイクルで、シーケンス(*3)単位で継続的に物語を更新していく

③ 小説執筆者であり読者でもある各ユーザーからのフィードバックを積極的に取り入れ、プロダクトである物語に反映していく

④ (場合によるが)プラットフォームで公開された小説(キャラクター設定や世界観)は、ある種の共有資産であると捉えられ、コミュニティ内での各ユーザーによる改変・再利用に対する比較的寛容な風土がある  

さて、これらの①~④なのですが、こうして整理してみると改めて、昨今のWeb小説を取り巻く環境は、現代的なソフトウェア開発のシーンと驚くほど似ていると感じます。①や④はOSSの思想に対応すると言っていいと思いますし(つまりはカクヨムやなろうは、実質的にGithubだった…!?)②や③はいわゆるアジャイル開発そのものです。

こうした類比で見ると、昨今のWeb小説の台頭は一過性のブームと言うわけでは決して無く、ソフトウェア開発におけるアジャイル開発ムーブメントのような、エンタメ小説に訪れた、ある種の方法論的パラダイム・シフト(*4)の一つであると見てもいいのではないかと思います。

*1:Arcadiaにおける幼女戦記(2011年)、オーバーロード(2010年)辺りを意識していますが、もっと遡れるかもしれません(詳しい方はぜひ教えてください)

*2:この例からわかるように、ここでは古き良きインターネッツで公開されていたような個人サイトでの小説は定義に含んでいません(本Noteのキリ番を踏んだ方は管理人まで連絡してください。踏み逃げ禁止です)

*3:ここではシーンのまとまりをシーケンスと定義しています(小説だと「1」とか「2」とか章の中で番号が付くやつ)

*4:双方に通訳不可能性があるように見えるのも非常に面白いですよね
 (それ以上いけない)

SaaS仮説:小説はソフトウェアの一種である?

さて、上記のような類比で小説をとらえた時、思考を飛躍させて一つの仮説を立てることが出来ると思われます。

<小説=ソフトウェア仮説>
※以下、Shosetsu as a Software 仮説=SaaS仮説と呼びます (ぉ

・小説とは文章を利用して読者(ユーザー)に価値を与える、ソフトウェアの一種として捉えられる
・(上記の前提が真であるとき)既存のソフトウェア・エンジニアリングの各種手法を、小説の執筆に何らかの形で応用することが出来る

通常のソフトウェアは人工言語であるプログラミング言語で構成され、実際にユーザーに表示されるのはその結果としてのUIや画面ですが、小説の場合はこれがどちらも自然言語(つまりは文章)となります。

ユーザーである読者は、エンジニアである作者により事前に想定されたケース(ユースケース)に従い、シーケンシャルに並べられた文章(*5)を読んでいくことで、最終的な価値(多くの場合、カタルシス)を得ます。

この仮説はかなり突飛なものですが、実際に小説を執筆してみた結果、筆者はそれなりの説得力があると感じています。(論旨の先取りになりますが、事実、筆者は小説を執筆する際に、ソフトウェア開発手法におけるウォーターフォール・モデルを意識して執筆を進めていました)

*5:この点が小説のソフトウェアとの類似性を分かりにくくしていると思うのですが、例えばゲームブック(年がばれる)等を想定すると賛同できる方も多いのではないかと思います。また、「事前に想定した処理を行う」という意味では、小説はいわゆるEUC(RPAやVBAマクロ)やバッチファイルのようなものと捉えることもできるかもしれません

課題:書下ろし小説における標準的執筆手法の不在

さて、上述のようなWeb小説ムーヴメントとSaaS仮説(検索汚染で怒られそう)を背景にして考えた時、一つの重要な問題が浮かび上がります。
それは、アマチュアの私が知る限り、そもそも書下ろし小説にはまだ標準的な開発手法がない(*6)ということです。

そこで筆者が考えているのは、第一歩としてウォータフォール型の開発モデルを書下ろし小説に応用して定式化できないかということです。

上述したような自然言語/人工言語と言う特性の違いや、そもそもの製作スタイルの違い(ソフトウェア開発は工程ごとに複数人で行うのが常ですが、小説は基本的に全工程で作者一人)はある一方、全体工程(要件定義~設計~コーディング~単体/結合テスト~UAT)の考え方については、ある程度そのまま適用可能なんじゃないかという感触を筆者は持っています。

*6:例えば「Save The Cat の法則」のような創作技法はありますが、所謂ウォーターフォールに相当するような包括的な手法はないと言う理解です

SaaS仮説に基づくウォーターフォール型執筆モデル(スケッチ)

さて、上記で筆者が述べたようなアイディアを基に、執筆モデルをスケッチとして具体的に書き下してみた内容が以下となります。

<SaaS仮説に基づくウォーターフォール型執筆モデル>
・要件定義 ⇔ 企画・構想(世界観・ストーリー・キャラクター)
・基本設計 ⇔ 梗概レベルでのプロット作成 
・詳細設計 ⇔ シーケンスレベルでのプロット作成
・コーディング ⇔ 文章の執筆  
・単体テスト ⇔ シーケンスレベルでの整合性確認/推敲
・結合テスト ⇔ 章レベルでの整合性確認/推敲
・統合テスト ⇔ 小説全体レベルでの整合性確認/推敲
・受入テスト    ⇔    協力者(友人・編集者)等による下読みとFB

上記は筆者による雑な対応付けに過ぎませんが、何となくウォーターフォールモデルが利用出来そう…という雰囲気が少しでも伝われば幸いです。

個人的に筆者が重要だと考えているポイントとしては、設計を重視して手戻りを無くすと言うポイントです。プロットを作りきらず書き始めてしまい、最終的に収拾がつかなくなってしまうのは、小説初心者あるあるだと思いますが(筆者もそうでした)、仮にこの辺りをしっかりと定式化できれば、こうした悲劇も減らしていくことが出来るのかなと考えています。(*7)

※蛇足ですが、小説執筆においては設計書であるプロットだけでなく、整理のための追加図表を作る(例:人物相関図や時系列図)ことがあると思いますが、これにはUML(統一モデリング言語)の技法が適用可能ではないかと思っています。(特にクラス図、状態遷移図、シーケンス図あたり)

*7:この辺り、プロの作家さんではプロットを全く書かない人もいると聞いているので、熟達したエンジニアは設計書を書かない(こともある)と言うのと似ているなと感じます。

おわりに

上記の内容は現時点ではジャストアイディアであるのに加え、そもそも筆者の小説執筆の経験値が圧倒的に不足しているということもあります。
筆者自身も次の小説(3月末ターゲット)を執筆する中で色々と模索出来ればと思っていますので、進展などあればまた続きが書ければなと思います。

この記事が皆様の良い小説執筆ライフにつながることを祈っております。

参考文献等


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