マガジンのカバー画像

安道久一郎の短編小説ヨセアツメ

10
安道久一郎です。短編をまとめてます。ご一読願います。
運営しているクリエイター

2024年9月の記事一覧

(ショートショート) お久しぶり、UP&DOWN

(ショートショート) お久しぶり、UP&DOWN

夏が終わろうとしているこの時期の夕暮れを、俺は最近になってようやく好きになり始めていた。

我が赴任先の最寄り駅の駐輪スペースに愛車のトライアンフSPEEDを停める。ヘルメットを脱ぐと真夏に比べていくらか汗の出は優しいものになっていることを実感する。メット内の嫌な蒸し加減や白シャツを濡らす汗も多少は引いており、運転中に袖口から吹き込んでくる風が毛穴を引き締めてくるように冷たくなっている。

この駅

もっとみる
(短編) ノーマル

(短編) ノーマル

真夏のそれよりもいくらか優しくなった太陽光を浴びて今日もラジオ体操に汗を流す。近所の公園にて毎朝六時より開かれるこの催しに参加し出してどのくらいになるだろうかと、ふと考える。結婚を機に脱サラをして念願だった喫茶店の経営を始めて少しした頃からだから、もうすぐ十年ほどになるだろうか。

この年になると小学生の時分ではへのかっぱだったこの体操にもヒーヒー言いながら取り組むことになる。特に屈伸の運動では顔

もっとみる
(短編) 浮遊する煙

(短編) 浮遊する煙

『まもなく、十九時三十分出航の、フェリー、Reimei、ご乗船開始時刻となります。ご乗船のお客様は、二階の乗船口へ、お集まりください』

僕は地元のフェリー乗り場の喫煙所にてメンソール片手にアナウンスをぼんやりときいていた。三畳ほどしかない狭い喫煙所には出張へ向かうと思しきサラリーマンがひとり、スマホをものすごい力でもって操作している。

何か文字を打っているのだろう、フリック入力の指さばきだ。デ

もっとみる
(短編) 弾けて飛びそうだ

(短編) 弾けて飛びそうだ

俺はあまりの気分の悪さにたまらず目を覚ました。久しぶりのこの感覚だった。

明らかな二日酔いだ。真っ暗な視界がグラグラと揺れるのがわかる。

そして咄嗟に後悔する。この状況ではほの暗いことしか思いつかない。なんでこんなことを繰り返してしまうのだろうか。どこまで俺は愚か者なのだろうか。

そんな自分を卑下する類の日本語しか思い浮かばず、語彙の圧倒的な低下に我ながら辟易する。

表情筋の全部を思い切り

もっとみる
(短編) きっと明日は

(短編) きっと明日は

彼のことを考えるだけでこんなに苦しい思いをしてしまうのなら、私は本人を目の前にしたら倒れてしまうのではないかと、いつも思う。

今日もそうだ。

こんなひどい雨の中、彼のもとへ気がつくと向かっていた。胸を締め付けられながら少しずつ彼に近づこうとしている。

半年間、毎週のように通うこの道。引き返す頃にはこの気持ちは限りなく薄れているのも慣れっこ。

右の小脇に潜ませたエコバックからは具材たちが息苦

もっとみる