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科学史に学ぶ科学探求の方法論

はじめに

 研究(特に実験)を行っていると、短期間かつ少ない試行回数で予想通りの結果が得られることは極めて稀で、大抵は予想外の現象を観測した際に、実験操作のミスや誤差要因の特定・補正に解決策を見出してしまうかと思います。それでも成果に結びつかない試行錯誤の期間が長く続くと、「自分には研究のセンスがない」と負の烙印を押してしまうなんてこともあります。

しかし、科学哲学や科学史にまつわる著書を読んでみると、これまでに科学探求の方法論として確立されてきた基礎概念が存在することを知りました。私を含め、研究を始めたばかりの多くの方々がついつい見落としてしまっている内容も多分に含んでいたように思いました。
 この記事では、科学探求の方法論として過去数世紀にわたり議論されてきた論証である「演繹法」「帰納法」「仮説演繹法」そして「アブダクション」について簡単にご紹介できたらと思います。ぜひご自身の研究を当てはめてみるなどして、言語化してみてください。

※以降の内容は、以下の書籍の内容を参考にしました。
■『科学哲学への招待』(野家 啓一 著)
■『科学革命の構造』(トーマス・クーン 著)

1. 演繹法について

演繹法(deduction)とは、"普遍的命題(前提となる公理)から個別的命題(結論となる個々の定理)を論理的に導き出す論証"です。特徴は、正しい前提に端を発していた場合には、最終的に到達する帰結も例外なく正しくなるということです。しかし、これはいわば、「前提のうちに暗示的に含まれていた要素を明示的に取り出してくる作業」に他なりませんので、知識の拡張には用いることはできません。あくまで前提の事実を自身が扱う命題まで落とし込む個別化のプロセスだといえます。たとえば、以下のような場合が考えられます。

例:(普遍的命題)「金属は電気を通す」→ (個別的命題)「銀は電気を通す」
-そもそも"電気を通す"という命題は金属であるための必要条件ですので、金属に分類される材料の一つである銀も当然電気を通します。この過程に新しい発見はあり得ません。

2. 帰納法について

対して帰納法(induction)とは、"個別的命題(結論となる個々の定理)から普遍的命題(前提となる公理)を論理的に導き出す論証"です。特徴は、知識の拡張を行える反面、前提と結論との関係性はあくまで蓋然的(確率的)な範疇にとどまるということです。たとえば、以下のような場合が考えられます。

例:(個別的命題)「カラスAは黒い」「カラスBは黒い」「カラスCは黒い」…→ (普遍的命題)「カラスは黒い」
-個別の観測行為は有限個のカラスを対象とするのに対し、導こうとしている普遍的な事実は過去・現在・未来にわたって無限個のカラスを対象としています。この推論の過程には帰納的な飛躍が含まれていますので、この論証は「白いカラス」の存在が観測された瞬間に破綻してしまいます。主張はあくまで蓋然的な効力しか持ち得ませんので、過去に報告された研究の結果であってもそのまま鵜呑みにしてはいけないことがわかります。

3. 仮説演繹法について

仮説演繹法とは、いわば「演繹法と帰納法の双方を交互に繰り返し適用することで命題をテストし、命題に含まれる不確実性や欠陥を補正する方法」です。
実際には以下のようなステップを踏むのが良いらしいです。

  1. 観察に基づいた問題の発見

  2. 問題を解決する仮説の提起

  3. 仮説からのテスト命題(予測)の演繹

  4. テスト命題の実験的検証および反証

  5. テストの結果に基づく仮説の需要、修正または放棄

お気づきの方もいらっしゃるかと思いますが、製品開発のプロセスにおける「PDCAサイクル」と似たような見た目をしていますね。しかし、科学探求においては区切る箇所が違うだけでなく、「発見」というステップが最初に含まれています。なので、第一段階である「問題の発見」をどう攻略するかが、その後の研究全体の成り行きを大きく左右するともいえそうですね。

4. アブダクションについて

仮説演繹法の第二段階である「いかなる仮説を発見すればよいか」を考えるうえで役立つ方法としてアブダクション(abduction)が考案されました。これまでに定式化され、以下の3つのステップで成り立っているとされています。

  1. ある予測していなかった現象Pが観測される。

  2. もし仮説Hを真とするならば、その帰結が現象Pとして観測される。

  3. ゆえに、仮説Hを真としてみる理由がある。

2つ目のステップでは、現象Pを満たすような都合の良い仮説(推測モデル, assumption model)をいったん立てることが目的です。対照実験用のコントロールなども準備しながら、仮説が真であるときに帰結として得られる何らかの諸現象を仮説演繹法を用いて論証すればよいわけですね。

おまけ セレンディピティについて

観測によって予測していなかった現象を発見したことが、思わぬ着想を生みノーベル賞などの偉大な成果につながったという事例はたまに耳にします。この、偶然的に科学的真理を発見する能力をセレンディピティ(serendipity)といいます。科学史的には、アナロジー(類似性)やメタファー(隠喩)の重要性が指摘されてきたらしいです。学識のある方や研究を長く続けてこられた方、知的好奇心が強い方が幸運にも恵まれることが条件な気もしますが、人のイマジネーションやクリエイティヴィティ、面白いことへの感度(/嗅覚)が有効に機能し得るという研究に特有な興味深い性質ともいえます。なので、たとえ研究が思うように進まなくても、思考力や空想力、大胆な発想力はぜひとも大切にしていきたいですね。

まとめ

本記事の内容を要約すると、以下の三点です。

  • 科学探求の方法論としては、仮説演繹法が確立されている。

  • よい研究はよい仮説から生まれる。

  • たとえ研究がうまくいかなくても好奇心を持ち続けることが大事。


最後まで読んでくださりありがとうございました。




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