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第12回翻訳ミステリー読者賞発表!! 『トゥルー・クライム・ストーリー』と 『頬に哀しみを刻め』をあらためてご紹介

2024年3月20日、YouTube日和だったこの日(嵐でした)、第12回翻訳ミステリー読者賞の発表会を開催いたしました。翻訳ミステリー読書会の世話人である私たちが、ランキング上位作を投票者のコメントともに紹介しました。

一位作品(二作受賞)については、それぞれの翻訳家と編集者にゲストとして登場していただき、翻訳に至るまでの経緯や作品の読みどころなどをじっくりと伺いました。こちらからアーカイヴを視聴することができますので、ぜひご覧ください。

結果を手もとに置いておきたい!!というかたは、X(Twitter)でも告知しましたが、以下のGooleドライブからランキング一覧、投票者コメントのすべてをダウンロードできます。
かっちょよくデザインされているので(もちろん私がしたわけではないが)、書店・図書館のみなさま、ぜひカラーで印刷して、POPなどの宣材としてご使用ください。

さて、上記のYouTubeで私が紹介した2作につき、時間の制限のため言い足りなかったことを追加したいと思います。

まずは第8位のジョセフ・ノックス『トゥルー・クライム・ストーリー』(池田真紀子訳)。翻訳ミステリー大賞の最終候補作にも選ばれている話題作。
YouTubeでは、投票者のコメントをひいて「もやもや度ダントツ一位」と紹介しましたが、まさにそのとおり、読んだあと「結局、トゥルー・クライムとはなんだったのか?」と考えこんでしまう作品です。

この小説の核となる謎は、イギリスのマンチェスター大学で女子大生ゾーイが行方不明になった事件。といっても、そのまま綴られているわけではなく、その事件を作家のイヴリンが取材し、イヴリンが作者であるジョセフ・ノックスに送った取材メモがこの小説の大半を占めるというメタ仕立てになっている。

イヴリンとジョセフ・ノックスのメールのやりとりも小説のなかに挟みこまれていて、そこからさらに新たな展開が起きるというまったく油断ならない小説で、ジョセフ・ノックスはいったい何者なんだ?! と思わずにいられない。著者紹介の欄に載っている顔写真が男前っぽいのもよけいに怪しく思える。いや、どうでもいいところに着目しているわけではなく、ジョセフ・ノックスの写真も物語の要素のひとつなのです。

ゾーイの友人たちの証言から浮かぶイギリスの大学生活にも興味をそそられる。将来に夢を抱いていたはずの若者がレイシストからのリンチにあってドラッグの売買に手を染めたり、ドラッグでハイになって虚無なパーティーで盛りあがったり、ネットにセックス動画が拡散されたり……といった一見いかにも現代的な意匠のなかに、挫折や失恋、嫉妬といったいつの時代も変わらない若者の苦しさが隠されている。

マンチェスターはニューヨークも同然です。だって、ジョイ・ディヴィジョン、ニュー・オーダー、ザ・スミスが結成された街でしょう。そうオアシスも!

というのは、ゾーイの双子の姉であるキムの証言だが、マンチェスターが舞台だけあって、UKロックのバンドの名前が次々に出てくるのも楽しい。パーティーを求めてクラブに行っても、そこでもやっぱりひとりぼっちで家に帰ってから死にたくなる……と、まさにザ・スミスの歌のような世界が描かれている。

もうひとつは第5位のS・A・コスビー『頬に哀しみを刻め』(加賀山卓朗訳)。2024年の海外版このミス一位に輝いた大注目作。

物語はゲイのカップルが殺されたところからはじまる。そしてふたりの父親、黒人のアイクと白人のバディ・リーが息子たちの仇をうつために犯人を探して動き出す。
YouTubeでも語ったように、この物語のポイントは、もともとはアイクとバディ・リーもゲイである息子を恥ずかしいと思っていたという点にある。けれども息子がヘイトクライムの犠牲になってはじめて、自分も息子を殺した側と大差ないと気づき、だからこそ涙がカミソリになって頬をえぐるほどの哀しみを味わう。

というと、いわゆる〝ポリコレ〟要素強めの小説かと思う人もいるかもしれないが、前科者であるアイクとバディ・リーがやたらめったら強くて、ばったばったと悪党どもをやっつけていくのがなにより痛快であり、一方で暴力の重量がずっしり胸にのしかかる。

先日発売された『週刊文春WOMAN』に、訳者の加賀山さんによるS・A・コスビーのインタビューが掲載されているが、そこでこう語っている。

暴力は〝痛みの告白〟でもあると思うんです。誰かに傷付けられた、何かをきっかけにして傷付いた人々が、その痛みを暴力というかたちで表現しているというふうに私は思っているんです。

だが、過激な暴力がひたすら続いているだけではなく、すぐ調子に乗って軽口を叩いてみせる、おちゃらけ白人おじさんでもある(異常に強いけど)バディ・リーのキャラクターも憎めない。ミステリーとしての伏線もちゃんと張られていて、意外な真相も用意されている。

ちなみに、先のインタビューで、S・A・コスビーは警備員、建設作業員、葬儀社のアシスタント(壇蜜みたいやな)など数多い仕事をしてきた経験が、小説の登場人物の「ストーリー」を活かす際に生きていると語っているが、たしかにアイクが経営する造園会社のささやかな描写も信憑性があり、現実感を備えている。

この2作以外にも、翻訳ミステリー読者賞のランキング上位作すべて紹介しているので、上記のYouTubeを視聴いただき、そのあとはランキング一覧もご覧ください。
言うまでもありませんが、翻訳ミステリー読者賞のランキングはあくまで投票数であり、作品の優劣やおもしろさの順位ではありません。一票作品にこそ、翻訳ミステリー読者賞の神髄がある!!ので、ぜひすべての作品名とコメントに目を通してください。

5月か6月には今年で最後となる翻訳ミステリー大賞も発表されるので、そちらもご期待ください。ただ、翻訳ミステリー大賞が終わっても、読者賞は続くので、引き続きよろしくお願いいたします。

(パーティーに行ってもひとりぼっちで泣きたくなるのはこの曲ですね)


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