満足できる線引き
冬休み最後の週末とあって、遠出とまでは行かないまでも近所ではない街まで出掛けることにしたある日。
昼時になり、子供に何が食べたいかと訊ねると「パンが食べたい」という。
そこで車での移動中だったので、位置情報から検索すると沢山のパン屋さんがヒットした。
こういうときの店の決め手となるのは、目的地までの道程を考えてロスにならない位置にあることであり、加えて到着時間、駐車場などを考慮する。
さらには、わかりやすい指標としては、数字で示される評価も判断材料の要素として少なくない効力を発揮する。
とはいえ、この数値がどれだけの信頼性があるかも不明であるし、そもそも味覚や嗜好などは個々人で異なるので数値で表すことをあてにしてはならないと思うのだが、そうは言ってもそこを考察している暇もないので優柔不断な者にとっては尚更便利な指標となってしまうことが悲しい現実でもある。
ところで個人的な実感として、パン屋さんはお正月休暇を長めにとると感じている。少なくとも私の活動範囲にあるパン屋さんはその傾向が強い。
話はパン屋探しに戻ると、今回検索しヒットした店のなかで最も惹かれた店は、まだ休業中だという。
それでは「次なるお店を」と探すと、『種類が多くて迷います』という口コミがあり、かつ、評価を示す数値が相対的に高い店が見つかった。
念のため開いているかを電話で確認すると、お年を召された印象のご婦人が愛想よく丁寧に応じてくれた。
よって本日営業中であることがわかった。
さらに駐車場の有無を訊ねると、「無いのだが短時間なら店の前の道路にみなさん駐車してます」とそれを勧めるわけでは無いながらも事実を教えてくれた。
店先に着くと、多くのお客さんで賑わっているようだ。ひっきりなしに人の出入りが見られる。どうやら地元の方に愛されているようだ。
私が車内に待つことですぐに移動可能な状況を保ちつつ、子供と家人に買いに行ってもらうことにした。
店の中は昔ながらの装いで、口コミにあったように商品の種類が多かったそうだ。その種類数に大きく貢献していたのは、コッペパンや食パンなどベースのパンは同じで中に挟んだ具が異なるサンドウィッチタイプであったらしい。
似たようなラインナップのお店は、近所にもある。
そこは棚に所狭しとギューっと多数の種類のパンが並ぶ人気店だ。
パンを購入し、目的地へ着いたのだが、まずは腹拵えをすることにした。
飲食可能なスペースで、その買って来てもらったパンを食べた。
何故だろう?無類のパン好きの子供が、とくに好物のピザパンを持っているが、なかなか減らない。先ほどから丸い原型がほとんど保たれたままなのである。
どうしたのか?と問うもよくわからないようだ。
パンを食べながら、なんらかの違和感を感じていることは間違いない。
本人も言語化に苦しんでいるのかもしれない。
私はコーンビーフが挟まれたサンドウィッチを食べてみた。コーンビーフがギュッとつまった食べ応えあるものだった。少々塩が効いていると感じたが。
私は次にハニーマスタードパンを食べた。
ピリっとマスタードが入るパンのチョイスはなかなか。お、イイ感じのマスタードだね、食べてみる?いや、辛いのは他の家族はダメなのだ。
というわけで、食べ進める。
ん?パンがなかなか無くならない。
噛んでいてもなかなか口で崩壊しない。
口どけ感が徹底して、無い。
他のパンを食べている家人も同じ反応だ。
そう、幼き頃によく利用していた、車で移動販売していたパン屋さんのパンはこんなだった。
そう、昭和の時代の残り香が漂う懐かしきパン、そう、かつてのパンとはこういうものだったよなぁ、そう思い出させるパン。
図らずもそんなノスタルジックなパンに出逢うことが出来た。
これはオトナの感想。
ハニーマスタードのソースというのだろうか、マヨネーズのようなトロッとした部分だけを先ほどから食べている気がする。
お椀型に中央部が凹んでいるすり鉢状のパンがハニーマスタードを取り囲んでいる。
そのハニーマスタードの液状の存在感がハンパない。
さぁて子供のピザパンは、どうなってる?
ん?まだ残ってる。なんとか3分の1ほどにはなったであろうか。
傍にはチョコを全身に纏ったクロワッサンが鎮座している。ピザパンとは充分格闘した様子だ。
仕方ない。子供にはピザパンを食べるのをやめてよいと伝え、お待ちかねのチョコクロワッサンを食べ始めた。こちらはかなり順調に食べられている。何も障害もなく完食ペロリ、あっという間に。
そうか、そんなに食べられないパンがあるものかしら。
と、残ったピザパンを食べることにした。
「あぁ!」
パンが噛んだサイズのまま口に居座る。
弾力、グニョニョ感がさっきのハニーマスタードパンと同じだ。
チーズやキノコの載ったあたりはまぁピザパンかな、という感じ。
しかしパン自体が塩分強めだな。
こういうパンだよね、と我々は処理できるし、過去の経験と照らし合わせて、これは懐かしいパン屋さんのパンだね。
と好意的解釈が出来る。
これは今だと普段食べているパン屋やスーパー、コンビニではなかなかお目にかかれない食感であり、完全にチューニングし直して、別チャンネルで食べている、それはあくまでオトナはね。
ただし子供にとっては、食べたパンをデータベースと照合出来ない。
これを「不味い」といっていいのか、その判断すらできないけど、とにかく今まで食べたことがないパンであるということはわかったらしい。
満足出来る文脈はそれぞれ異なる。
それを実感した。
さまざまな理由から、子供にただ闇雲に食べるよう促すことはしない。
困っているようなら、その当事者の視点になってみる。
パンを食べずにいるならちょっと食べてみる。
でもこの不況のなか、昔を思い出すような昭和テイストのパン屋さんが元気なことに、驚きでした。
幼少の記憶が図らずもフラッシュバックしました。
おしまい
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