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誇りと冷静と躊躇と油断#8 日朝首脳会談と昼食会

 2002年の日朝首脳会談は実に電撃的だった。とみに小泉純一郎元総理は「人生には3つの坂がある。上り坂。下り坂。そして、まさか」と話しているが、その”まさか”が現実になった。

 会談に際して北朝鮮・朝鮮民主主義人民共和国側は昼食会を準備していたという。その誘いを断り、日本政府側は日本から持参した料理、おにぎりなどを食べたという。

 これはひとつの転換点だったとぼくは思う。この昼食会に際して、北朝鮮は並々ならぬ準備をして待っていたのではないかと推察する。料理はもちろん接待も贅を尽くしたものを準備し、サプライズな演出で日本側を驚かし会談の主導権を握る。しかも場所はホーム。午前中の緊張した空気と打って変わって弛緩を入れる。そのまま午後は北側のペースで虚心坦懐、ざっくばらんに話し合う流れに会談を導こうとしたのではないか。

 しかし、日本はその誘いに乗らなかった。午後になり北朝鮮側は拉致を認め、金正日総書記自らの謝罪のことばをも引き出したわけだが、北朝鮮側としては肩透かしを食らった、目論見が崩れたと言っていいだろう。

 日本側が食べなかった昼食会の料理は、スタッフがあとで美味しくいただきました、となったのだろうけれど。

 北朝鮮で出された飯など食わぬ。我々は交渉に来たのだ。拉致問題について問い質しに来たのだということを示す意味では、昼食会に参加しないという毅然とした態度は評価したい。実際に成果も得た。だが、交渉の持続性という意味では疑問だ。

 昼食会が開かれていたなら日本の野暮なマスコミは、待ってましたと微に入り細に入りその模様を書いただろう。料理を食べ美味しそうな顔を見せたり、笑顔で乾杯したり、北側の思わぬ演出に驚く顔が”抜かれ”たら明らかに取り込まれたという印象を持たれてしまう。そのマイナスは計り知れない。

 だが、出来れば昼食会には出席したかった。首脳は毅然とした態度を崩さず、料理に箸を伸ばさず、乾杯はせずとも、汚れ役を用意しておけば別の展開が期待できた。

 予め汚れ役に選んでおいた若手の官僚や随行員に食べるのと飲むのを任せてしまうのがその作戦だ。彼らが北側の饗応にがつがつと飲み食いし応えるのだ。午後から彼らが使い物にならなくなるのを織り込み済みとし、そのための人材を用意する。

 今ならアベノマスクを主導したとされる佐伯耕三首相秘書官が適任だ。失礼を承知で言うなら、あの小太りで禿げあがった頭と表情。コミカルな一面が垣間見え、ビジュアル的に最高である。佐伯氏が先頭に立ちがつがつと貪るように食べる。さらに大柄な、あるいはラガーマンのような映える随行員が数名ネクタイを少し緩めがつがつと飲み、食べる。北側は「美味しいですか」「いかがですか」と聞いてくるだろう。若干の皮肉を込め、けれど満足げに。もしかすると金総書記自ら聞いたかもしれない。

 そこで小泉総理はユーモアを込めこう返すのだ。
「立場上私は遠慮するが、彼らの食べっぷりを見れば自ずとわかるでしょう。結構な昼食会を開いていただいたことに彼らに代わって感謝します。ところで総書記。次回は東京で会談をしましょう。その時は今日以上の贅を尽くした料理を準備させますよ。余りの美味しさに平壌から30人で日本に来たのに、帰りは20人になってしまうほどのね」

 磊落と楽観が過ぎるか。ここでふたりはがっはっはと笑い、次回、次々回と会談は続いたと期待する。小泉元総理への評価は難しいが、同じことをたぶん安倍総理は言えない。だが”変人”なら言える。

 くり返すが一回限りの会談での勝負という意味では、昼食会の拒否は意味があった。だが、彼らの誘いに乗っても面白かった。

 同じ釜の飯を食う仲という意味はまだ北でも南でも日本より濃い。たかが食事ではない。そこに彼らは国としての並々ならぬ威信と誇りとそして情をかける。
 その席での立ち居振る舞いから冷静に相手の力量を計る。その目論見通りに、昼食会というホームゲームに日本が参加したことで北側は油断する。情と美味しいものと意外な演出に釘付けになるだろうと。その油断する相手に向かって躊躇せずギリギリのユーモアを放つ。そうすれば120点の成果が返って来た気がするのだ。

 あれから18年の時間が経ったが日朝交渉は進まない。横田滋さんも亡くなってしまった。時間だけが過ぎて行く。

■ 北のHow to その55
 宴会と文字にすると騒がしく、下卑な、いわば無礼講的なイメージがありますが、北朝鮮ではそうではありません。特に代表団の歓迎宴、答礼宴は硬い空気で始まります。その空気をどう破るか日本側は躊躇し、結果北側が終始主導権、場の空気を握る展開が多いのです。日本側の面子を守りつつ主導権を握りたいのであれば、団長副団長辺りは硬めの態度に終始しつつも、若手の汚れ役を用意することが一番です。がつがつと食べ、大声で話し、快活に笑う役回り。そんな空気を攪拌するような存在をひとり配すことで、全然展開は違ってきます。

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