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北朝鮮と真夏の怪談#2 右も左も地雷

 久しぶりに知合いの法事で出会った警察関係者の知人がいた。慌ただしく法事の合間に連絡先を交換して、日を改めて食事を共にした。

 渋谷に三漁洞という小料理屋がある。ぶり大根とあさりの酒蒸しが絶品。この店はクレージーキャッツのメンバー、故石橋エータロー氏の未亡人が女将として店に立つ。店内に飾られている写真にはハナ肇も植木等も谷啓も、都知事になる前の青島幸男もいる。昭和の懐かしさに浸ることの出来る店である。

 外国人を連れて行くと実に評判がよい。お勧めの店である。

 シャボン玉ホリデーが放送されていたのはぼくの生まれる前のこと。植木等さんが亡くなった時はお別れの会出席のために会社を休んだ。上司に直談判した。「オレの昭和に決着をつけて来るんです」という意味不明な主張を上司は呆れながら認めてくれた。

 ぼくのクレージーキャッツ愛はさておき、ぼくと知人は三漁洞で再会を祝し乾杯した。知人は人づてにぼくが訪朝していることも、角川書店で本を書いていることも知っていて「作家先生さんよ。そう硬くなるなよ。あの内容なら全く問題ないし。そもそも北朝鮮はオレの部署の管轄じゃないしな。君なんて小物過ぎて全然マーク対象にはならないよ」とからからと笑った。

 ようやく空気がほぐれて来た。法事で出会った共通の知人の話。お互いの近況と家族の話、話は尽きない。下戸のぼくはお酒を飲まないが、友人は杯を重ねた。

 酔いがある程度回ったころ、知人の表情がふと真剣な顔つきになった。「ひとつだけ、気をつけて欲しいことがあるんだ。これは忠告。ちゃんと聞いてくれよ」。ぼくは身をただした。「率直に聞くけど、平壌でよど号メンバーに会った?」ぼくは首を横にふった。「ならいいんだ。大丈夫」。知人はにこやかな顔に戻り、ビールをぐいとあおった。

「忘れてはいけないのは、今も彼らは指名手配犯だってこと。指名手配犯と会っていた。となれば警察の心証は全然違ってくる。そういう人物は協力者とみなす。徹底的にマークするよ、俺たち警察は」

 よど号メンバーはかつて日本から観光客が訪朝すると、偶然を装いホテルに現れオルグ活動に精を出していたという。メンバーとのやり取りや彼らの主張は関川夏央氏の「退屈な迷宮」(新潮文庫)に詳しい。ぼくも覚悟を決めて行ったのだが2004年の初訪朝では会わなかった。その時お世話になった観光会社の社長さん曰く、日本人観光客からの度重なる強い抗議があったことが理由のようだ。2010年も会わなかった。

 2013年の訪朝では訪朝団の同行者によど号メンバーと親しい人がいて「会いませんか」と誘われたが頑として断った。同行者の何名かは会ったらしい。ホテルをバスで出る時にちらりとメンバーの顔を見た気がするが、ぼくはぷいっと横を向いて目も合わさなかった。

 今も一部のよど号メンバーは平壌にいる。日本人村と呼ばれる場所に。ホームページやTwitterで情報発信もしている。リンクは貼らない。

 民族派、いわゆる右翼関係者を前に講演した時にある方から「あなたはよど号メンバーについてどう思うか」と問われた。ぼくの率直な意見を聞くとその右翼関係者はにやりと笑い「実は私もよど号メンバーの紹介で北朝鮮行ったことがあるんだよね」というのだ。

 はっと固まっていると「はっはっは。気にしないでいいですよ。それにしても先生はお若い。まっすぐで元気でよろしいですな」と言われた。

 ぞくっとした瞬間である。また胸がキュンキュンと鳴った。北朝鮮に関わると本当に右と左という単純化、色分けが出来ない。南北の軍事境界線と同じで、混沌としていて地雷が埋まった場所がいっぱいある。

 よど号メンバーはかつて平壌で中古車販売などを営んでいた時期もあるという。北朝鮮でのビジネスという点では面白い視点を持っていると思うが、前述の理由から決して近づくべきではない。避けるべき存在である。

■ 北のHow to その58
 今年でちょうどよど号ハイジャック事件から50年。半世紀がたちました。北朝鮮というと警察の影がちらつきますが、警察が何を気にしているか。その一面をうかがい知ることが出来ました。本当に繊細で難しい部分です。

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