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平壌で覚醒、暴走する快感と愚かさ

「この人は平壌行ったらすごいんや」。中野のスナックでそういわれた。スナックの女の子は、ちょっと反応に困った顔をしている。このスナックに連れて行ってくれた人は得意げだ。当時、最大級の賛辞として恐縮しながら受け取ったけど、よくよく考えれば日本にいる時のぼくは昼行燈と言われているみたいなもので、ちょっと複雑な思いもする。

 否定はしない。日本にいる間、どれだけぼんやりとぼくは時間を浪費し過ごしているか。自分でも時々ぞっとする。

 確かに平壌に入った途端、脳内麻薬がだらだらと流れ出すのがわかる。五感が冴え渡るのだ。誤解を解くために言うが、ぼくはいわゆる大麻やヘロイン、覚せい剤の常用者でないのはもちろん使用経験はない。

 だが明らかに脳が覚醒するのがわかる。

 光復商業中心という施設がある。中国資本で作られた北朝鮮のスーパーである。商品が豊富に並ぶ、5階建ての商業施設。

 1階が食料品。雑貨に洋服、パソコン関連の商品も売っている。フードコートもある。北朝鮮らしからぬ施設である。

 店内は撮影禁止なので、五感をフルに開いて見る。聞く。観察する。脳がぎゅんぎゅんと音をたて情報を処理しているのがわかる。

 見学後、案内員がにやにやと笑いながら近づいてきた。

「どうでしょう。この店はいわゆる幹部御用達のお店に見えますか」。

「見えないですね」。ぼくは即応した。回答は正しい。厳密にいうと望ましい。満足げな表情の案内員にその理由を問われた。

「駐車場の有無がその理由です。このスーパーを訪れる人の姿を見ると多くは徒歩。自転車の利用者も少ない。共和国のエネルギー事情を鑑みれば、日本人に比べ長い距離を歩くことは想像に難くなく、この店の商圏は日本に比べれば圧倒的に広いと考えることが出来るでしょう。しかし幹部専用の店というのなら、車やタクシーを乗り付け荷物を載せ、帰る人の姿があってもおかしくないはずです。しかしそういった人の姿が全く見られません。店もいわゆる車寄せ、車を止めて荷物を載せるような設備、白線や交通標識を用意していません。車での利用を想定していないことは明らかです。加えて自転車駐輪場がほとんどないことも特徴ですね。現状、徒歩での利用しか考えられて設計されていない。徒歩圏内にいわゆる幹部の方が多く住んでいるというのなら話は別ですが、むしろこの点いかがなのでしょうか」。

「中野学校や」

 日本人の同行者が呆れたように呟いた。案内員の笑顔は歪んでいた。

 こういうことをやると、スパイと疑われることになるのです。

 だが弁解するなら、これは脳内麻薬が言わせているのである。

 そして誤解を呼ぶ言い方をするなら、この暴走、疾走する瞬間はとても気持ちいい。120%の能力で自分が動いていることがわかる。それはカ・イ・カ・ンなのだ。セーラー服の女子高生が機関銃をぶっ放すほどの。

 だが帰国後にどっとそのツケを払うことになる。平壌で撮られた写真のぼくの顔は実に生き生きとしていて、肌も表情もつやつや。目も輝いている。帰国後鏡を覗き込むと、めっきり老け込んだ、何か良くない薬をたくさん飲んだような、澱んだ眼をしていた男がため息を吐いていて、ぞっとする。

■ 北のHow to その90
 バカになれ!とはアントニオ猪木氏のことばですが、北朝鮮ではバカであれ!と思います。鋭すぎても、冴えすぎてもいけない。気づいたことを100%言わない。言いたいことを腹に溜めることも大事です。

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サポートいただけたら、また現地に行って面白い小ネタを拾ってこようと思います。よろしくお願いいたします。