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YOUは何しに北朝鮮へ #8 Now We are in the history#1

 2000年6月15日。ぼくはソウルにいた。今でも信じられないことだが。

 南北頂上会談の開催は微妙。むしろ開催されない可能性が高い。それが前日までの情報だった。朝起きて開催が決まり驚く。学校は休むことにした。 

 授業よりも頂上会談。それを否定することばがあるなら教えてくれ。ぼくはひとり呟いていた。

 ぼくは一眼レフを入れたカメラバックと共にソウル駅へ向かった。地下鉄2号線新村駅前から50番のバスに乗って。

 夏の気配がソウルを包み込んでいた。
 
 バスの冷房は入っておらず、窓から涼しい風が注ぎ込んでいた。ソウルの移動手段は地下鉄が主だが、そのころぼくはだんだんとバスを乗りこなせるようになった。窓の外から吹き込む風に身をまかせてソウルの風景を見るのがぼくは好きだった。

 まだ専用レーンが出来ておらずバスの運転は総じて荒く飛ばしに飛ばした。作られたアリバイのように速度計は必ず壊れていた。1日何往復したかでバス運転手さんの給料が決まるという噂を聞いた。そのスピード感がまさにソウル。ソウルそのものだった。バスの中でも南北頂上会談のラジオ中継が流れていた。

 何かあるとソウル駅の街頭テレビに市民は集まる。

 予想通りソウル駅は騒然としていた。カメラクルーがうろうろしていた。BBCの記者にインタビューを求められる。マイクを向けられる前に「日本人です」と答えると「そうは見えなかったわ」と恰幅のいい女性記者は笑った。ぼくも何枚か写真を撮る。南北首脳が握手をする。平壌市内をパレードする。歓声があがる。熱気が駅構内を包み込んだ。  

 確かソウル駅前の広場に当時、大型のテレビがあったはずだ。まだ旧駅舎、1922年製の東京駅に似たレンガ製の駅舎だった。大型テレビは何だか見難かったけど十重二十重と人が取り囲んでいた。自分がまだ韓国語がしっかり出来なかったこともあって、覚えているのはため息と感嘆のことばだった。

「ああ」「おお」ということば。아아、어어 아이구, 어머.韓国語にしてみるとよりしっくりくる。 

売店の屋根の上に陣取りカメラを構えている新聞記者にカメラを預けた。快く何枚かの写真を撮ってくれた。当時、釜山に汽車で向かっていた友人は「ずっと車内放送で南北頂上会談の放送が流れていた」と後に語ってくれた。

 それから20年経って、40代になったぼくは古刹を訪ねて仏像などを見ることに抵抗が無くなってきた。むしろ好きになったといってもいい。すっかり色あせた木像を見て「実は昔はカラフルな色をしていたのですよ」と学芸員さんの話を聞くのもまたよい。

 多くの社寺ではこういった木像は撮影禁止で、何度も行きつ戻りつして目に焼き付けるように見る必要がある。

 歴史というものはそもそも、学校の授業や社会見学、修学旅行で見るものではないか。あるいは博物館に陳列されているもの。どれもじじむさく、特に若いころはその良さもわからないし、その距離も遠く他人事。あるいは司馬遼太郎を始めとする小説や、大河ドラマでフィクションとして楽しむものではないか。

 だが朝鮮半島に関わっていると歴史が動く瞬間を時に目にする。何度も。ぼくなら1997年冬のソウルで。2000年の夏のソウルで。歴史の渦の中心、歴史的瞬間に自分が立っていることを感じる瞬間がある。歴史とはみずみずしく現在進行形で、他人事ではなく自分もまたその登場人物であることを思い知るのだ。

 2000年6月15日。その日最高気温は30度を超えたはずだ。汗がとめどなく流れていた。のどがやけに乾いた。何本もジュースを飲んだ。

 あれから何度か首脳会談が開かれ、両国のトップも変わった。南北の統一は未だ遥かだ。

 なぜ北朝鮮・朝鮮民主主義人民共和国に関わるのですか。そう毎年母校での講義で学生たちから問われる。この問いへの答えは難しい。ただ、多感な10代20代のうちに「歴史とはみずみずしいもの」を知れたことは、ぼくの人生にとって大きな財産になっている。

 6月になった。ソウルで過ごしたあの日から20年が過ぎようとしている。思い出す。あの日が間違いなく夏の始まりだった。下宿の門を飛び出した時に、昨日までひんやりと足元を包み込んだ寒気はもうなくなっていた。

 夏が始まったその日。ぼくは下宿から駅前のバス停まで、坂道を駆けて行った。躊躇なく学校に向かう左の角ではなく新村地下鉄駅前に向かう右の角を曲がった。道はでこぼこで坂は思った以上に急だった。いつもお菓子を買う万屋の横を駆け抜け、小学校の横を通り過ぎた。今、この瞬間も歴史。歴史的瞬間の日、ぼくは立ち尽くし見送ることはしなかった。時間を惜しむ様にぼくは走った。時間の流れに負けないよう、精一杯のストライドで。

■ 北のHow to その31
 もしかするとコロナ渦の今も歴史の瞬間なのかも知れません。逆に北朝鮮の人と出会った時に、こう聞いてみるのも面白いのかも知れません。「2000年の北南(北朝鮮の立場を考えるならこの表現が正しいです)頂上会談の時、あなたは何をしていましたか」と。

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