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オーナー今井の暴露 後編 「地雷客」

 セラピストのココが、掲示板の爆サイに悪口を書き込みされていると、最近今井に相談してきた。






『ココは地雷。入ったら後悔する』


 という旨の内容が、日に何度も何度も書き込みされているというのだ。


 ありふれた内容だが、彼女を傷つけるには十分だった。



 書き込みをしたのはおそらくひとりだけ。

「匿名で書き込みできるのをいいことに、複数人に成りすましてるに違いありません」

 と、ココは言う。



 というのも思い当たる客がいるのだという。

 群馬に住んでいて、ココに2回入ったことがある客だ。

 陰気な見た目の30代だった。

 メンズエステが大好きで、群馬に住んでいるが東京にわざわざメンズエステを受けにやって来る。

 お金を節約するためなのか、上京してくる時はネットカフェに泊まっているそうだ。

 そしてセラピストのTwitterを常時チェックしており、セラピストがツイートしていた写真に載っているお菓子などをお土産として持ってくる。

 ココはTwitterをやっていなかったので、初回でどんなお菓子が好きなのかを聞かれ、適当にコンビニで売っているようなものを答えたのだそうだ。

 この客は今井の店がオープンして間もない頃から来ている客の1人で、新人が入店すると必ず入る、ある意味新人にとって登竜門のような男であった。

 だが、セラピストからの評判はすべて悪く、話題をふっても答えず無言で鏡越しにこっちを見てきて気持ち悪い、発言したかと思うと常に上からで頭にくるそうだ。触られるなどの被害はないが、そろそろどうするか決めなければいけないと今井が思っていた客でもあった。

 初めてこの客に指名された時、仲の良いセラピストが「気をつけるように」とココに伝えていたようだが、ココは始め変わった雰囲気の客だとは感じたが、変な事を言われなかったし、喋りかければ話してくれたので、聞いていたほど悪い人ではないかもと思っていたそうだ。



 日にちを開けずに、その客は再びやって来た。

 その時に、この間答えたお菓子を渡された。


「ありがとうございます」


 ココは飛び切りの笑顔を作って言うと、


「こんな風に君の好みのものを持ってきてあげる良い客なんて僕くらいでしょ? 感謝してよね」


 客はぼそっと呟いた。

 自分で買えるようなものでそんなことを言われても……。

 まあ、他の客も安いお菓子でセラピストが喜ぶと思ってプレゼントするのはいくらでもいる。


「そうですね。ありがとうございます」


 ココはまたもや作り笑顔で答えた。





 客はシャワーを浴び終えて、部屋に戻ってくると、


「ここに座って」


 と、ココを膝の上に座らせようとした。


「いえ……」


「どうして、座ってよ」


 さらに強い口調で言って来た。


「それは…、ちょっと出来ません……」


 ココが断ると、客はぶすっとした顔をしてそれからずっと無言で一度も顔を合わせる事なく施術を受けた。


 ココも何も喋りかけずに、とてつもなく長い90分の施術が終わった。






 しかし、それからというものの、爆サイでココは地雷だという書き込みが毎日のようにされはじめた。

 タイミングからしても、あの客である事は間違いない。


 そこで今井に相談した。


 客は金を払えば、多少のわがままを言っても許されると勘違いしている。

 嫌な客であってもセラピストが、笑顔を作って、失礼のないようにするひとつには、掲示板に変な書き込みをされないためでもある。

 この仕事は人気商売だ。

 たとえトイレの落書きと評されるような掲示板でも、ブスや下手などと書き込みがされれば確実に新規の客足は減ってしまうのだから。


 実際、しばらくの間、ココは新規の客がフリーでしか入らなくなってしまった。


「オーナー、このまま放置しておくしかないんでしょうか」


 ココはかなりダメージを受けている様子であったが今井は心を鬼にしてこう言った。


「ココさん、まずは爆サイ見るのをやめましょう。掲示板のコメントを見て一喜一憂するなんて時間の無駄ですよ。それに、あんなサイトを見て来店する客なんてどうでもいいじゃないですか。あんな糞みたいな内容を鵜呑みにしてる人たちなんて、こっちからお断りじゃないですか。ココさんは十分素敵なセラピストなんですから、自信を持って頑張ってください」



「…、そうですよね。私、もうあのサイト見るのやめます!」


 ココは少しだけ晴れやかな顔付きになった。







 それから少しして、店に警察がやって来た。

 何でも、ココが店で風俗行為をしているとの垂れ込みがあったからだと言った。

 垂れ込みの相手を警察は言わなかったが、今井はすぐにココが言っていたあの客なのではと思った。

 しかし、何もしていない事には変わりないので、警察は特に目を付けることなくすんまりと帰っていった。


 後日、そのことをココに伝えると、


「やっぱり来ましたか」


 と言った。


「やっぱりって?何かその後あったの?」


「はい、実は私まだあいつの事が頭から離れなくて、前一緒のお店で働いてた女の子に話をしたんです。そしたら特徴的に多分同じ人がその子の店にも来てたらしくて。その店ではもう出禁にしてるみたいですけど。で、その店の別のセラピストに入って、体を触ろうとしたんです。その子はやめるように諭したら、『セラピストの分際で何様だ』って言って怒っちゃったらしくて。そしたら少しして警察が来たらしいんです。タレコミがあったからって言っていたらしいんですけど、これ、全く一緒じゃないですか?だからもしかしてって思ったんですけど……」


 ご迷惑かけちゃってすみません、とココはしょんぼりと言った。







 今井はメンズエステのオーナーをこのまま続けていってもいいのかと思う時がある。

 しかし、店はまあまあ稼げるし、別れた妻子への養育費もちゃんと払ってあげられる。

 頭に来るセラピストや客は多いが、店が順調な限りオーナーを続けるつもりだ。


 気合を入れて、今井は今日も店を回している。

 オーナー今井の暴露 〜完〜

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