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ゆりの暴露 第7話 「484万円のお礼」


恵比寿のお店で働き出して1年ほど経った秋の頃、四十過ぎと思われるハゲでチビの弱々しい体格の男がやって来た。

 その男は魅力的なルックスとは到底言えないが、ディオールのスーツを着ていて、金は持っているように思えた。


「これお土産で買ってきたんだけど、よかったらどうぞ」


 男は銀座にある予約しないと買えない空也の最中を渡してきた。 


「わー、ありがとうございます」


 ゆりは高い声を出して、喜んでみせた。

 すると、彼はブサイクな笑顔を向けて


「よかった。和菓子好きだとTwitterに書いていたから、僕が知っている中で1番美味しい物をあげたかったんだ」


 と言った。

 よくコンビニのスイーツなどをお土産で渡してくるひとがいるが、そんなのは全然嬉しくない。

 店に言われて集客を兼ねて始めたTwitterでは、「お客さんからこんなものをもらいました♡」と本当の気持ちを偽って書いているが、そんなもので喜ぶと思われていると考えると、甚だ不愉快なだけだ。

 使った金をそのままチップでくれた方が何万倍も嬉しい。

 

 だから彼のくれた最中は、自分のために選んでくれたのが伝わり、純粋に嬉しかった。


 抜いてあげるわけではないが、普通の人よりかは張り切って施術しようと思った。




 施術中、彼とは会話が弾んだ。

 博識で、話していて面白くて、退屈しなかった。

 なにより、触られることも抜きを要求することもなかった。

 こんなにいい人だから、見た目がもう少しよかったらもっと楽しいのにと残念な気持ちでいっぱいだった。




 帰り際、「また来るね」と言われて、「お待ちしています」とよくある社交辞令をして別れた。

 ほとんどの客が「また来るね」と言ってくる。

 でも、本当にまた来てくれるのは2割くらいしかない。

 だけど、彼の場合は部屋を出てからすぐに店に電話をかけてくれたらしく、次の出勤日に会いに来てくれた。
 



 何回か会ったあと、ゆりは珍しく午後7時からではなく、少し早い夕方の4時から出勤することになった時に、全枠8時間のシフトを丸々予約し貸切にしてくれた。

 ゆりは今まで全枠買われた経験はなかった。

 他のセラピストの話で聞いたことがあったが、長時間何をすればいいか分からないし、大して客も沢山掴めていない自分には無縁だと思っていた。

 店に確認してみると、8時間で料金はオプションを入れてちょうど10万円と言う。

 今までゆりが出した事のない、最高の売り上げ高だった。

 


 彼は部屋にやって来るなり、


「外に行こう」


 と、言ってきた。

 店のルールで予約の時間内であれば、外出しても良い。


「はい、喜んで」


 ゆりは笑顔で答えると、彼は予め決めてあったように、


「ハリーウィンストンに行こう」


 と、銀座一丁目の店舗にタクシーで連れて行かれた。


(誰かのプレゼントを選ぶために、私を連れて来たのかな)


 そう思っていると、


「好きな時計を選んで」



彼はまたもやブサイクな笑顔を向けてゆりにそう言ってきた。


「えっ、ほんとですか?」


「もちろん」


「ほんとに、ほんとですか?」


 ゆりは驚きと嬉しさで舞い上がり過ぎてしまって、何度も彼に確かめた。


「もちろん、ゆりちゃんにプレゼントしたいんだ」



 ゆりはそれから一時間くらい真剣にどの時計がいいか悩んだ。

 そして、ミッドナイトオートマティック29mmというクラシックなデザインでダイアモンドが眩しい白い時計に決めた。

 484万円するものだ。


「これがいいです」


 ゆりは上ずった声で告げると、


「わかった」


 彼はあっさりと言って、店員にその旨を伝えた。


 その時ばかりは、彼もその時計のダイアモンドのように輝いて見えた。

 そして、スイスでサイズ調整して、日本に送り返されるらしいので、後日引き取りに行くことになった。



 その後、近くにあるレストランで軽く食事をしていると、


「ゆりちゃん、あの時計でよかったの?」


 彼はきいてきた。


「もちろんです。あんな高い時計、頂けるなんて」


 ゆりはうっとりした目で答える。


「500万以上するかなと思っていたけど。案外安かった」


 彼はまたもやあっさりと言った。

 そういえば、ゆりはこの男が何の仕事をしているのか聞いていなかった。

 何度かそれとなく探ったが、会社をいくつか経営しているとしか伝えられていない。


「でも、あんなに高い時計は私がどんなに頑張っても買えないものですよ。ほんとに、ありがとうございます」
 


 ゆりは心の底から感謝していた。


「そう……」
 


彼は意味ありげな目をして頷き、


「じゃあ、484万円分のお礼を兼ねてマッサージしてよ」



 と、言って来た。


「えっ、お礼?マッサージ?」


「感謝しているんでしょう」


「そうですけど……」
 


 急に心に重石を置かれたような不快感が襲ってきた。

 彼の言っているお礼のマッサージの意味って? お礼をするって言ったら、やっぱり……。


 ゆりが「どうすればいいですか?」と喉元まで出かけた時に、


 「ホテルに行こう」
 


 と、向こうから言って来た。
 

 相手は獲物を狙うような目をしている。

 あんな高価なものを買ってもらったあとで、ホテルには行けないなんて言えない。


「わかりました」


 ゆりは渋々答えると、銀座のビジネスホテルに連れて行かれた。

 すでに彼は部屋を用意していて、ルームキーを持っていた。

 ここに住んでいる、彼は言う。
 

 


 部屋に入ってみると、狭いシングルルームで大きな荷物はないし、住んでいるようには思えなかった。


「もっと大きなところに住んでいるかと思っていました」


 ゆりが口にすると、


「前まではリッツカールトンのスイートに住んでいたけど、寝に帰るだけだから、手狭なところに引っ越したんだ」
 


 彼は答える。

 



 それから、ベッドに倒され、好きでもないチビでハゲの男を受け入れた。
 

 一度目のセックスが終わると、彼は獣のように何度も求めてきて、ゆりは仕方なく応じた。

 


 そして、彼の性欲が収まると、連絡先を求めてきた。

 今まで店で出会った客には一切連絡先を教えていなかった。

 何かに悪用されると恐いし、やたら連絡が来ても返信するのが面倒だったからだ。
 


 しかし、ハリーウィンストンの時計のことが頭にあり、ゆりはラインIDを教えてしまった。


 

 そこからゆりの悪夢の様な日々が始まったのだった。

 続く.....


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