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ぷるぷるパンク - 第7話❷

●2036 /06 /09 /09:22 /藤沢(芦原(あわら)邸)
 
 ぱんぱんぱん。と手が打ち鳴らさる。荒鹿と双子はそれぞれ口をつぐみ、もう一度ソファに深く座り直した。
 
「一斉に喋らないでー。はーい、喋らない。一回整理するよー。」芦原(あわら)は抑揚のない少し掠れたような声で言いながら、自分もソファに沈み込んだ。
 
「ここにいる三人はみんなアートマンになれる。そうね?」三人が一斉に頷く。
「双子はサマージ所属。RTA経由でアートマンの技術提供を受け、現在は、というか昨日の夜から逃亡中。運が良ければ公安のアートマンに返り討ちにされたことになっている、と。」肯定を言葉にしたくてたまらないサウスは、強く頷くことでそれを我慢している。
 
「九頭竜君はニート。」三人が無言で頷く。
「え?」荒鹿は双子を睨む。そのくだりに二人は同意しなくてよくない? だって、言ってないじゃん、学校に行ってないこと。ああ、きっと姉ちゃんだ。
「サマージと関係なくタコを手に入れた。」芦原さんが付け足すと、無表情の双子は興味なさそうに目を瞑って無言で頷く。
 
「でも、アートマンの技術を持っているのはATMA(エーティーエムエー)っていう会社だけ。」荒鹿は驚きの目を芦原に向ける。
「え? ATMAって、あのATMA?」。ゆっくり頷くと、芦原は思わせぶりに立ち上がった。
 
「そう。ATMA。RTAの表の姿だね」
「そうなの??」
 ATMAと言えば、現代の経済システムの礎と言われるかつてGAAAFと呼ばれた企業群の一角 - Google, Apple, Amazon, Atma, Facebook。
 
 ぱっと思い浮かべるのはSNSのXと、PUNK燃料の自動車だ。2030年代の車のデザインは、だいたいATMAが23年に正式販売を開始したサイバートラックがベースになっているといっても過言ではない。
 あとは、民間企業での宇宙開発のはしりだったり、その延長の地球環軌道上での太陽エネルギー発電とマイクロウェーブ送信システムの実用化とか、災害や戦争が起こると突然現れて使わせてもらえる衛星ネットワークシステムのスターリンクとか。
 あ、あと、学校のウェアラブルヴィジョンゴーグルとかは、だいたいATMA。みんな子どもの頃から知っているあのピザの一切れみたいなロゴ。誰でも知ってるメジャーなテクノロジー・コングロマリットだ
 イーライなんとかという十字(プラス)中毒って噂の超経営者が「僕が考える最強の〇〇」を実現し続けながら築き上げた企業体だ。人工知能チャットGPTのテクノロジーでシンギュラリティの到来を早めたと言われているオープンAI社とか、脳チップで実現する医療的人体機能拡張のニューラリンク社とか、テクノロジーベンチャーに出資しまくったって話はネットで見て知ってるけど、アートマンの話は初めてだ。
 
「そういうわけだから、九頭竜君。あとでアートマンをチェックしよう。年式を確認したい。できれば出どころも。」双子が頷く。
「え? 二人のロボット・・・、アートマンと、ぼくのアートマン? は何か違うの?」荒鹿が双子に問うと、双子は揃って口を開いた。
「弱い。」正論の暴力にダメージを受けてへこたれる荒鹿。
 
「さて、サマージ時代、嶺姉妹は二人で力を合わせると金色の閃光を出せた。」双子が頷く。
「しかし、サウスちゃんが九頭竜君と反応してその金色を出した。」ノースが頷く。
「そして、その光からセーラー服の女子が現れた。」三人の頷きが少し小さくなる。サウスが唾を飲み込む音が皆にも聞こえた。
 
「セーラー服はサウスちゃんの技業(わざ)をすぐに取り入れた。」サウスが強く頷いた。
「あれは、さっちゃんの・・・」
「はい、喋らない」すぐに芦原に遮られる。
 
「そして、ついに、サウスちゃんは必殺技を出した!」サウスが大きく頷く。ほとんど、ぶんぶんという音がしそうなくらいだった。
 
「禅の理(ことわり)・成劫(じょうこう)。」サウスも芦原に合わせてつぶやく。
「ポーズは?」
「こう」サウスが両手を胸の前に平行に合わせる。サウスのその真剣で不器用な仕草と表情が、あまりに可愛らしかったから、芦原は止まらないにやけ顔を我慢しなければならなかった。
 
「なんで、その名前にしたの?」
「勝手に。勝手に、口から出た。」サウスは困ったような表情でぶつぶつと呟く。
「さっちゃんは、殴らなきゃ、殴らなきゃって、思ってたんだけど体が勝手に止まって、勝手に喋ったの。」
「なんて?」
 サウスはもう一度真剣な表情と仕草で、必殺技を見せる。
「ゼンのコトワリ・ジョウコウ。」サウス以外の三人は笑いを堪えることができずに吹き出してしまった。三人の意外な反応に驚くサウス。さあ、気を取り直して。
 
「誰もその女子と面識はないが、サウスちゃんと九頭竜君はアートマン解除後の幻覚(マーヤー)状態で会話をしている。」マーヤーという言葉は初耳だったが、二人はとりあえず頷いた。
 
「彼女が現実に現れたのは、九頭竜君がいるとき。そして彼女は九頭竜君の味方。」サウスの表情が不機嫌になり、不機嫌な唇を突き出す。荒鹿は腕を組んだまま黙っている。
「彼女はゼン?」三人が首を傾げる。
 
 芦原は手元にあった紙に、蛸の絵を描いた。
「このタコはプラークリットっていう、言ってみれば変身装置だね。」三人はその絵から目を上げると、黙ったままそれぞれの目を見合わせた。
「私が研究してたタコがこれ。アートマンはぷるぷるパンクの擬似調和状態を応用した兵器で、どちらかというと主にエネルギー変換による反物質の物体化と、脳波スキャンによる人体機能拡張の組み合わせだね。」当たり前のように話す芦原に、ノースが恐怖の表情で芦原に目を向けたが、彼女はお構いなしに先を続ける。
「そして、セーラー服に至ってはアートマンですらない。PUNKとの関係性も不明瞭。」ため息をつく芦原。
「意味がわかんないわね。」首を横にふる芦原。わからないのは芦原以外も同じだった。
「アワラ。」ノースが挙手する。
「はい、ノース。」ノースに指を向ける芦原。
「どういうこと? ぷるぷるパンクの応用って、アートマンは安全じゃないってこと? 放射能とか?」全員がなんていうか、言葉を失ってしまった。ぷるぷるパンク。放射能? やばい?
「そう、怖いよね。でも、冷蔵庫とかお家で使う電気は怖くないでしょ? それと一緒。PUNKは私たちの暮らしのためにエネルギーを生み出すための、エネルギー。」
 ノースは分かったような分からないような表情で芦原を見る。
 
「私はね、昔、ATMAに所属していたアートマン技術者だったんだ。」突然ソファに沈み込んだ芦原が、ゆっくりと語り始めた。


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