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ぷるぷるパンク - 第10話❷

●2036 /06 /18 /11:08/新東名高速道路・静岡付近

 振動が心地よい。
 目が覚めると、まず、思いっきり体を伸ばした。天井についているファンの隙間からわずかに光が入り込んでいる。夢も見ずに、これだけぐっすり眠ったのはいつ以来だろう。
 コンテナの中が少し蒸し始めていたから、ぼくはスウェットのセットアップを脱いだ。かなりの汗をかいていたみたいで、汗を吸って乾いたPFCスースが少しだけひんやりして気持ちいい。

 ぼくと双子は武器の詰まった硬いヘルメットバッグを枕に、川の字になって入り口付近に固まって寝ていた。双子はまだ幸せそうな顔で眠っている。
 ああ、可愛い子等。何度も再生した動画のあのサマージのスケートの女の子が、隣でこんな幸せそうな顔をして寝ているなんて、なんていうか、とても妙な気分だ。これが出世というやつだろうか。

 辺りを見回すと、暗がりの中の唯一の光源である天井のファンは止まっているようだった。ぼくはカーボンボックスを固定するしっかりと張られたベルトを足がかりにボックスをよじ登り、手を伸ばしてファンの隙間に指を入れ、力を入れて体を引き上げた。
 ファン覗き込んでスイッチを探したり、指を突っ込んでみたりしてどうにかプロペラを回そうとしてみたけれど、どうにも動かし方がわからない。
 ぼくはあきらめて、力ずくでプロペラをもぎ取って積み重なったボックスの上に置いた。赤黒い血管のよう太陽を透けさせるFRP樹脂のカバーを下から押し上げると、突然の強い日差しと強い風が轟音とともにコンテナの中に流れ込み、ぼくはよろけて、足がかりのベルトから落ちそうになってしまった。
 咄嗟に両手をコンテナの外に出しふちを掴んで体を支える。強い風が指先に当たって気持ちいい。体を引き上げコンテナの外側に頭を出すと、突然の強風に煽られながらもどうにか目を開けた。遠くに光る海が見える。
 メガネの隙間から入り込んだ強風が渦になり、コンタクトで乾いた目に痛い。夏至に近い真上からの日差しが、水平線から立ち上がる地球環と海面とを、まるで繋げているかのようにきらきらと輝かせていたから、ぼくはトラックが山間に入り見えなくなってしまうまでそれを見つめていた。

 これまでのこと、これからのこと、全部がトラックの後ろに猛スピードで過ぎ去る蜃気楼のようだ。過去も未来も、そして現在も何もかも風の中に過ぎ去って、ぼくはどこへ行くのだろう。足手纏いにならないよう、ちゃんと双子に付いていけるだろうか。

 恥を忍んで打ち明けると、ぼくは双子に遅れをとりたくない、と思っている。どこにだって置いていかれたくない。双子が自分たちの未来を自分たちの手で切り開こうとしているように、ぼくだって、自分の切り開くべき未来を見つけたいのだ。
 それは、大野琴との再開かもしれないし、サウスが言うまさかの「世界を救う」ことなのかもしれない。
 でも、それは自分に対する言い訳なだけであって、そんなことは自分でも分かっている。だから尚更自己嫌悪が止まらない。
 ぼくはただ、何も考えずにここまで来てしまった。世界を救いたいとか、自由になりたいとか、信念みたいなものが何もない。正義の味方ぶって双子を救いたいと言った。でもそれは、アートマンになって調子に乗っていただけ、自分の信念や未来があってのことではない。
 ぼくは(ちゃんと生きたい)と思った。双子みたいに、小舟みたいに、ちゃんと生きたい。

 海が見えなくなると天井のファンのカバーを開けっぱなしにしたまま、枕にしていたヘルメットバッグに戻った。ぼくはヘルメットバッグをコンテナの逆のサイドに置き直し、双子とは頭を逆に向けてもう一度横になった。
 ファンのあった通気口から、床の一点に向けて丸い光が差し込んで、光の柱のようになっている。きらきらと光を反射する光の粒がその中で、静かに、しかし楽しげに、秘密を隠して笑う妖精の群れように舞っている。ぼくは小舟を想った。そして大野琴を想う。金木犀の香りや唇の温度やその柔らかさを思い出す。
 小舟側の世界にいる小舟。小舟じゃない側の世界にいる双子。大野琴は、どちらの世界にいるのだろう・・・。

 彼女は、実際、どこから来て、どこに行くのだろう。
 トラックのタイヤから伝わる路面の細かい振動が、ぼくを再び眠りに落とす。


●2036 /06 /18 /18:16 /福井北ターミナル

 ぺしぺしと頬を叩かれる感覚。腹のあたりが重い。
「姉ちゃん〜」ぼくは目を開けた瞬間に忘れるような軽い夢に引きずられながら目を覚ます。暗がりの中で、シルエット状のサウスがぼくの腹の上に座り込んでいた。
「ははーん。ナルカじゃないよ、アラシカ。」何故か勝ち誇ったようなサウスの声。腹の上の重みを、夢の中で喧嘩をしていた幼い頃の姉ちゃんだと思っていた。腹が重くて苦しい。目は覚めたが、まだ頭が覚めきらない。姉ちゃん? サウスのシルエットがぼくの頬をぺしぺしと叩き続ける。
「痛いよ。」頭の周辺から探し当てた眼鏡をかけるが、闇は変わらなかった。「よいしょ」と勢いをつけて立ち上がるサウスのお尻からの衝撃で一瞬息が止まる。「うへっ。」
「祭りだよ。」サウスの声には少しの興奮が入り混じっている。
「祭り?」ぼくはコンテナの中を見回してみるが、暗がりに祭りの要素は見当たらない。
 金属がこすれる重い音がして、コンテナの扉が開け放たれる。四角く切り取られた知らない夏を背景に、ノースの後ろ姿が厳かに佇んでいた。夏の夕方特有の、胸が切なくなるような湿った匂いがして、実際、その匂いに絡むように遠くの方から微かに祭囃子(まつりばやし)が聞こえるような気がした。しかし、それはすぐに途切れることのない蝉の声にかき消された。

 打ち捨てられて乾いた田園風景の上、低い山々の稜線から空一面に広がる鱗雲(うろこぐも)が、西陽を浴びてピンクの綿菓子を散らしたみたいに浮かんでいる。夕暮れの低い空に浮かぶ塊の雲は、後ろから差す西陽で絵画のように見える縁取りを光らせている。

 夏はいつか終わってしまうから好きになれない。そして陰謀論さながら、多くの人は夏の間、夏が終わることに気が付かないシステムになっている。夏の間ずうっと夏が続くような錯覚に陥るのだ。
 夏は、終わりを意識してしまった瞬間に文字通り終わる。そして、人は終わってしまった夏の間、ずっと終わったはずの夏の終わりに怯え続けることになるのだ。
 ぼくは夏の終わりから逃げるように、ただぼんやり、毅然としたノースの後ろ姿、PFCスーツ越しにも分かるまっすぐな背骨を見つめていた。

「ついたよ。」
 彼女は夏のどこか一点を見つめながら、振り返らずに言った。ぼくらは福井北ターミナルに到着した。

「夏の匂いがする。空気の情報量がすごい。これが、地方か。」独り言のように呟いて、ノースは辺りを見回し始めた。コンテナの先に四角く切り取られた空は、ピンクから紫へと、ゆっくりと移り変わっている途中だった。
「さっちゃんには、ノースの匂いがする」と言いながらサウスは後ろからノースに抱きついた。時折抜けていく温(ぬる)い風が、双子のピアスを揺らして、その石がきらきらと光った。

「あ、あー。」ごほん、ごほん。ぼくは咳払いをして、しっとりしがちな双子を牽制する。
「どうしよっか、これから。」

 これから向かうAG-0があるこの奥越地域は2024年の地殻変動による大震災をきっかけに、日本政府が自然保護の名目で国立公園化、直接管理区域として立ち入りを制限した地域だ。そこに平泉寺さんの姿を確認した芦原さんは、この地域にZENの採掘地が必ずあると言っていた。

 この管理区域を地図で見ると、福井と岐阜の県境を源流に、蛇行しながら日本海を目指す恐竜川流域とそれに沿って位置する奥越盆地を囲む東西60キロほどの細長い範囲になっていて、そのほとんどを占める山岳地帯の全体がフェンスと有刺鉄線で囲まれている。その西端にあるのがここ「福井北ターミナルだった」だった。

 ぼくらはここでトラックに別れを告げ、ゲートのある旧えちぜん鉄道勝山永平寺線の観音町駅周辺にあるはずの「観音ゲート」を目指す。そこで夜中を待ち、ゲートの警備の交代の隙をついて管理区域に潜入する計画だ。
 アートマンになれば有刺鉄線を越えることなどわけないのに、いざという時以外できるだけ変身をしないように芦原さんに言われている。ここは敵地なのだ。幸い、ゲートの警備は薄いという彼女の見立てだ。

 コンテナからヘルメットバッグを地面に落とすと、どさっと大きな音がして、土埃が上がる。
「ノース。荷物運ぶのタコ使いたくない?」ぼくはダメ元で聞いてみた。ノースはちょうど手のひらからタコをだしている最中だった。
「うん。そのつもり」ふうっと安堵のため息が出る。よかった。早く言ってよー。
「ただし、人とすれ違う時は、タコに気が付かれないようにね。」
 ノースの手のひらから出たタコは、バッグの持ち手に脚を絡みつかせて、ふらふらと揺れながらそれを持ち上げた。タコに表情があるわけではないのに、「重い重い」と言っている声が聞こえるようだった。
(がんばれ、タコ。がんばれ、荒鹿。)心の中でついでに自分のことも励ます。

●2036 /06 /18 /18:40 /管理区域西部・緩衝地帯

 乾いた田んぼの脇に輸送トラックが列になって止まっている。その先の視界に周辺のマップとゲートまでの道順が表示された。ぼくらは、地平線にまるで恐竜の群れみたいに横たわる低い山々の稜線が連なる北東の方角を目指して歩き始めた。山々は稜線を越えて奥に行くほど色や存在感が淡くなり、いつか見た中国の水墨画の世界のようだった。
「このコンタクト、みんな同じものが見えてるの?」前を歩くノースの背中に声をかける。
 太陽を失って急にひんやりとし出した夕暮れの空気がそうさせるのか、ノースはぼくの質問を無視して歩き続けた。
「見えるよ。」二人の周りを楽しそうに歩き回りながら進むサウスが代わりにぼくの質問に答えた。
「さっちゃんは優しい。」とぼくが呟くと「そうだよ!」と言って駆け寄ったサウスが急にぼくに抱きついた。
 何度経験しても全く慣れることのない優しくて柔らかいおっぱいの感触。お母さんのような匂いが昨日の夜よりも少し強くなっていて、気持ちが妙に落ち着いてしまった。

 サウスはノース以外に「さっちゃん」と呼ばれると、異常に喜ぶ傾向があることが分かってきた。
「三つ子の魂ひゃくまでだよ。アラシカ。」そして、ぼくは柔らかいサウスに抱かれたまま、三つ子として嶺ファミリーに迎え入れられた。ことわざの意味としては間違っているんだけどね。

「ゲート周辺は多分人がいっぱいいるから、静かにしてね。」
 強めの口調のノースが、ぼくにあることを思い出させる。
 そうそう、これこれ。この感じがいつものノース。正直、調子が戻る。このノースの方がやりやすい。最近の彼女は随分と優しすぎた。芦原さんもそうだったけど、みんな最近、なんだか不安定だったのだ。

 地殻変動の影響か、アスファルトの舗装がところどころで剥がれている細い農道には、大小の穴がそこら中に空いていて水溜りになっていた。ぼくらはそれを避けないといけなかったから、ふらふらと歩いて、ゆっくりと進んでいた。
 紫色の空は緩やかに滑るように群青色に近づいていく。穴を避けてバランスを取りながらふらふらと歩き続けるぼくらの後を、ふらふらと浮かんで追い続けるヘルメットバッグの群。はたから見ると、どんな集団に見えているのだろう。行く先に見える低い山の稜線の上空に、濃い橙色がふわりと浮かんでいるのが見えた。ゲートの灯りが低い雲に写っているのだろうか。

 乾いた田んぼに並んで停まっているとばかり思っていたトラックの列は、銃痕や閃光痕が残る残骸で、まるでバリケードのように隙間なく並んでいた。錆びのように見えていたのは乾いてドス黒くなった血痕で、肉や内臓の破片もこびりついているようだった。

 それに気がついたぼくは歩くのをやめ、自分でも聞こえるような音を立てごくりと唾を飲み込んだ。サウスが左の腿に手をやってグロックを探している。気がついてすぐに何もない腿から手を離したけれど、彼女の中でも警戒レベルが上がったのだろう。
 先頭を歩くノースが振り返ってぼくを見た。暗くて表情はよく見えなかったけれど、何かを確かめた彼女は黙って頷くと、再び前を向いて歩き出した。

 知らない土地は、まるで、知らない国の戦場のようだった。芦原さんの戦争の話が思い出される。大船とはまるで違う、この土地の見慣れない風景だけど、ここもまた、日本なのだ。日本はぼくが思っているよりも、広い。

 しばらく歩き続けると、すっかり日が暮れてゆるやかな黒い塊となった稜線の連なりの合間から不気味なほどに大きく見える赤い三日月が顔を出した。僕たちの後方では、ちぎれちぎれの雲の合間に地球環がぼんやりと光っている。
 気のせいだと思っていた祭りの賑やかな音量がだんだんと増している。田園地帯を抜け大通りとぶつかるはずの交差点にはマップに表示されていない大きな鉄塔が倒れて道を塞いでいた。
 ふいに足元で何か小石のようなものが弾けるような音がして、遅れて風を切る音が聞こえたから、それが銃撃だということがわかる。ノースが咄嗟に叫んだ。
「プラークリット!」ヘルメットバッグがどさっどさっと立て続けに地面に落ちる。左手を上げるとぼくらの手のひらには猛スピードでそれぞれのタコが飛び込んできた。
 ぼくは咄嗟に眼鏡を足元に投げ捨て、タコを強く握り潰す。手のひらが熱くなり、ぼくらは三人とも白く光るアーマーを身に纏うアートマンに変身した。
 
 ぼくの背中を双子が守り、ぼくは二人の背中を守る。どこからかかってきていただいても大丈夫。その前に、ちょっと眼鏡だけ拾わせて下さい。
 そして芦原さん、ぼくらはあなたに恥じない戦いを見せます! と心の中で誓った瞬間トラックの残骸の列のどこかから閃光が放たれ、ぼくの正面に向かって加速する。体の前で腕をクロスさせて、閃光のダメージを周囲に散らす。

「クズリュウ。誓わないで。縁起悪い」冷めた口調でいうノース。
「え? だから、やっぱり、思考読んでるでしょ」ぼくはノースを振り返る。
「ばか。わかるから。」ノースはそう言うと大きくジャンプをしてちぎれた雲が月光を写す夜の帷に舞い上がった。

N[思考モードの共有がオンになってるよ]ノースからのチャットメッセージ。
S[自信満々じゃん]サウスからのチャットメッセージ。

 ノースを目で追いながら視界のメッセージを読んでいると、バリケードの後ろから、1、2、3、4、5、合わせて5体のアートマンが飛び出し、トラックの残骸の上に並び立った。橙色の月明かりを受けて出たつ彼らは、マーベルのヒーローたちのようにかっこよく見えた。

 瞬間、ぼくは右端のアートマンに狙いを定めて高速移動のジャンプ。風を切ってそいつの目の前に着地すると、そのままみぞおちを思い切り殴りつけた。硬い。殴られたアートマンは、ぼくの打撃に足の裏を地面から離すこともなく踏みとどまった。

 全くダメージになっていない。
 ノースが上空からマシンガンのように閃光の弾を撒き散らす。トラックの上のアートマンたち、はそれぞれ腕をクロスさせてダメージを分散させている。
 一人動かないサウスは、両手を胸の前で構えて必殺技の準備をしている。ぼくとノースはそれを敵に悟られないように揺動攻撃を続ける。ぼくは芦原さんの合宿で密かに試し続けていた精神のコントロールで、自分の中に「躊躇」を誘発する。
(ぼくの一撃が決まらなかったら、サウスの必殺技に間に合わないかもしれない。いや、それどころか、これが決まらなければ殺される。相手は五人いるのだ。雨のサマージアジト、敵は一人だった。そう、これはそれどころではない、1パーセントたりとも失敗できない攻撃だ。そんなことが、ぼくにできるだろうか。少しのミスも許されない)ぼくは、自分を追い込む事で躊躇を引き出そうと集中する。
 その時、「躊躇」がエネルギーに変わり、拳の周囲に熱を帯びた光が集まる。

(ノースは今朝、本当はぼくのものだった『ほっぺにちゅう』を芦原さんにあげていた。ほんとは、ぼくが欲しかったんだ。)
 あ! いや! これは煩悩(ぼんのう)であって躊躇ではない。拳の光がみるみるうちに弱まっていく。
(嘘! 違う! 失敗したら、死んじゃうから!)
 やっぱり躊躇をコントロールするのは難しい。しかし、これだけ光が腕に残れば十分だ。

 ごめん、知らないアートマン。悪いけどぼくだって強くなった。そんな想いを仄かに光る拳を乗せて回転させる。手首を捻りながら、そいつのみぞおちを抉るように殴りあげた。敵のアートマンはバランスを失い、仲間の方に向けて倒れ込んだ。
 時を同じくして、ノースがぼくとは逆の方向、バランスを崩したアートマンの後ろからさっきよりも大きい閃光を一つ放った。狙い通りにアートマンたちは揉み合うようにぼろぼろと、まんまとサウスの正面に墜落した。

 それを冷静に待ち構えていたサウスは、胸の前で開いた手のひらの間に銀河の星雲のような金色の光を集め、地面に重なるアートマンの塊に向けてそれを放った。

「ゼンのコトワリ・ジョウコウ(禅の理(ことわり)・成劫(じょうこう))」時空をも貫く特別な閃光だ。ぼくらの中では彼女だけが使える必殺技。

 金色の光が球体になって一瞬だけ世界を包む閃光となり、直後太い円柱状のビームに変わり地平線に向けて直進する。バリケードのトラックの一部が円状に消滅し、その穴の中を吹っ飛ばされた男たちのアーマーがめりめりと空気の中に剥がれ、遠くに見える低い丘にぶつかって、それを消し去った。トラックの穴の向こう側には全裸になった男たちだけが残された。彼らの肩や背中には地球環のタトゥーがあった。トゥルクの僧たちだろう。
 男たちは皆一様に低い声でなにやらぶつぶつと呟き、その不協和音が辺りを覆う。そして、祈るような仕草でそれぞれが顔の前で手を合わせ始めた。

 ぼくは目を凝らして消えた丘を穴の中から覗いてみた。特に人が住んでいそうな場所ではないことに安心する。しばらくして不協和音の中からその内の一人が立ち上がり、両腕をあげて降参の意思を見せながら低い声で言った。
「あんたらRTAじゃえんのぉ。」
 地元のイントネーションなのだろうか。なんだか聞きなれない言い回しに驚いて双子を見ると、二人はどちらも笑いを堪えるような、わざとらしい真顔を保っていた。これは、ちょっと面白いことが起こる、そんな予感がした。

 次の瞬間、サウスが体の横に両手を広げて、ゆっくりと地面から浮いた。
「我が名はスール。トゥルクの預言である。」
 必殺技を決めたサウスがそれを言うと、よくわからないのに説得力がある気がする。警戒して立ち上がり始めていたトゥルクの僧達は、再び膝をつくと合掌をしてサウスに頭を垂れた。
 その彼らのずっと後ろ、消滅した丘の方向から、黄色い袈裟を着た一人の僧のような男が合掌の姿勢でゆっくりと歩いて近づいてくるのが見えた。男は合掌のまま膝をついて項垂れる五人の僧たちの間を通り過ぎるとサウスの前に立ち止まった。

「あなたたちは、異国の戦士とお見受けする。トゥルクの預言と仰(おっしゃ)りましたか。我は調停するもの。ごめん。
 禅の理(ことわり)・壊劫(えこう)」

 そう言った瞬間に、彼の合わせたままの両手から、透明で空気を揺らすような透明な衝撃波が放たれた。一瞬のうちにぼくら三人のアートマンのアーマーは剥がれるように空気の中に消え去り、ぼくらは強制的にPFCスーツの姿にもどされた。初めての強制解除に、何が起こったのか分からずにいると、合掌の男はもう一度、同じ衝撃波を放った。

 次の瞬間、ぼくらは白い空間の中にいた。幻覚(マーヤー)だ。線香の香りが強く漂う。トゥルクの寺院の匂いだ。

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