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ぷるぷるパンク - 第8話❶

●2036 /06 /09 /10:48 /藤沢(芦原邸)
 
「ちょっと待ってアワラ!」立ち上がったノースが芦原に詰め寄った。
「何よ、そのPFCスーツっていうのは!」
 芦原は肩をすくめた。「話聞いてた? ポイントはそこじゃなかったでしょうが。」
 
ーーアートマンが精神に及ぼす影響なんて言葉で説明されてもわかりっこない。この子達は、その身をもって知るしかないのだ・・・。
 
「PFCスーツはアートマンとは別の技術なの。」
「さっちゃん、それ欲しい! 裸にならないってことでしょ?」
 
「とにかく。理論では証明されているにもかかわらず、未だぷるぷるパンクは調和しない。」三人は深く、そしてとりあえず、だけどなんとなく、頷いた。
 
「だから、アートマンじゃないのに同じことができるセーラー服は、君たちみたいにタコ、要するにぷるぷるパンクの力じゃなくて、ZEN由来の力を持ってるって線で考えてみてもいいかもしれない。」
 だから・・・、といわれても、三人は事態がうまく飲み込めていなかった。
 
「で、その数式は、その後どうなったんですか?」荒鹿は気になっていた部分を聞いた。
「ミクニさんはノースちゃんにその数式とZENの採掘地の話をした。」芦原はノースを見て自分の話を続けた。ノースが頷く。
「彼は、ノースちゃんに託したのね。」ノースは顔を上げて芦原を見つめる。ノースと見つめあった芦原は次に荒鹿に視線を移した。
 
「式は存在する。表舞台からは消えてしまったけど、研究者には平泉寺みたいなストーカー気質みたいなのがいっぱいいるからね。式は残った。ただ、そのおかげで調和が成ったかというと、知っての通りそうじゃない。」
 
 荒鹿は静かに続きを待つ。
「それは、考え方によっては、答えになり得る。」芦原が荒鹿をじっと見つめたまま言った。
「答え?」と荒鹿。
「この世界の成り立ちのね。」そして、芦原は部屋の中を歩き出した。
 
ーー成り立ち。荒鹿は頭の中で繰り返す。
 
「ZENや調和を信仰するトゥルクはその式の出現を『預言』と捉えた。宗教にとって答えが提示されちゃうって、それはそれは、大変なことなわけ。」どうしたら、この子達にもわかりやすいように伝えるか。芦原は考えながら一呼吸を置いて、話を続けた。
「それをきっかけにトゥルクの一部は過激派になって、研究ではなくて信仰で調和を実現させようとしはじめた。ちょっと暴力的にね。そして、それがサマージ。」
 
 わかるような、わからないような。荒鹿は芦原の話を噛み砕きあぐねていた。双子は目を丸くして、どちらかというと、フリーズしていた。自分たちが所属したサマージの、知らなかった成り立ちを知ることになったからだ。
 
「じゃあ、とりあえず、みんなのアートマン見てみよっか」
 
●2036 /06 /09 /10:56 /藤沢(芦原邸)
 
 今朝ここに来た時に通った芦原さんのアパレルショップを抜け、表通りに出た。太陽の光がなんだか久しぶりに感じる。信号待ちの車の中には、様々な用事でここにいる人たちがいて、それぞれの理由で日常を過ごしている。雨季の晴れ間のもわっとした空気。今年の雨季はよく晴れる。昨日の大雨が嘘みたいだ。
 さっちゃんこと嶺サウスが空を見上げて何かを言おうとして口を開いたけど、結局何も言わなかった。地球環がぼんやりと浮かんでいる。彼女だけではなく、誰も何も言わなかった。

 多分みんな、それぞれが頭の中で芦原さんの話を思い返していた。そして昨日の戦闘のこと、大雨の中を歩いて龍口寺の裏の山を越えた事、ここ最近起こった事、ぼくにとってはアートマンやセーラー服の彼女、双子にとってはきっと空港の事件やなんか、そんないろいろな事がごちゃ混ぜになって、さらに想像もつかないこれから先の事も、全てがぐちゃぐちゃに混じり合って、結局誰も自分からは口を開けなかったんだと思う。
 
 ぼくらは黙ったまま、芦原さんについて暗くて湿度の高い建物の裏路地に回ると、そこには真っ黒で重たそうな金属のプレートが不自然に、突然壁面を覆っていた。芦原さんが背伸びをして、その横にあるセンサーのような機器に顔を近づけると、それは電子音と共に芦原さんの瞳孔を読み取ったようだった。真っ黒なプレートが音もなく、真ん中から地面と平行に上下に開き、どこかに吸い込まれるように消えた。
 
 そこに現れたのは、扉と同じような冷たく黒い質感の小さな空間で、どうやらこれはエレベーターらしい。ぼくらは芦原さんについてその空間に入った。全員がに入ると扉が地面と天井から競り出すようにして閉じる。なんていうか、鯨に食べられたような、そんな気分だ。扉が真ん中で締まり切ると、床と天井のふちの線がほんのりと白く発光し、その箱はふわりと降下を始めた。
 
 エレベーターが静かに止まると、さっき開いたのとは反対側の金属がゆっくりと上がった。そこは天井が高くてだだっ広い、暗い倉庫のような空間だった。エレベーターと同じように壁一面の黒い金属のふちがほんのり発光する照明スタイル。奥の壁は一面がコンピュータースクリーンのようになっていて、世界地図や数字やチャートとか、ワイヤーフレームの動く図形とか、いろいろなものが雑然と表示されている。右の奥には歯医者のシートのようなシルエットがいくつか並んでいる。
 
「あの何年かあとにATMAを辞めたけど、ATMAの動きとか追手を監視するためのモニタリング装置が必要だったんだ。それがこの部屋。だけどやっぱり、いらないマシーンとかコンピューターとか、いろいろ集めちゃってね。今はATMAとは関係なくフリーランスで大学とかで研究を手伝ったりしてるよ。それで、九頭竜君のお姉さんとは出会ってね。」芦原さんは僕たちの前を歩きながら喋った。双子の表情が少し柔らかくなったような気がする。
 ようやくノースこと、嶺ノースが口を開いた。
「辞めたのに追われてるんだ。」
「普通は、辞めれないんだよ。」芦原が普通のことのように答える。
「どういうこと?」サウスが聞く。その後ろではノースが深く頷いている。
 
「逃げた、的な?」
 てへぺろ、みたいな軽いノリで芦原さんがお茶目に言っているけど、そういう軽い話じゃないよね? とぼくは思う。追われてるとか、殺されるとか、そういう話でしょ? なんだろう、この感じ。
 そういえば、女子ばかりだからなのか、昨日からずっと安堵感がない。落ち着かない。緊張がずっと持続してるような感じだ。昨日からずっと。
 そして、双子にはなんだか嫌われているような気がする。目が合わないし、会話もない。姉ちゃんとは仲が良さそうだったのに。
 確かに上から目線で救うなんて言っちゃって悪かったけど、もう、今は仲間じゃん。こんなぼくですが、そろそろ受け入れて欲しいです・・・。
 
「サマージもこんな感じでアートマン運用してるのかな?」きょろきょろ辺りを見回す双子を背中で察した芦原が、歩きながら聞いた。
「いや、もっと雑。」芦原の後ろで、辺りを見回しながら歩くノースが答える。
「なんか、道場っぽい感じだよ。」サウスは金属の壁に指先でラインを描くようにして触れながら歩いている。
 
 芦原さんが左奥の壁を手で触れると埋め込まれていたドアが上下に開いた。サウスが驚いて壁から指を離す。「ちょっと待ってて。」と言って芦原さんはその中に消えてしまった。その間双子は空間を歩き回って、金属の壁にある基盤模様のような切り替えラインや、歯医者にあるようなシート(これが接続ユニットというらしい)や、スクリーンの前にある操作ボードみたいなものを興味深そうに見ていた。ぼくは、なんていうか、そんなSF映画みたいな世界観に圧倒されていた。

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