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ぷるぷるパンク - 第8話❸

●2036 /06 /17 /12:11 /藤沢(芦原邸)
 
 それから何日間かの間、双子は芦原さんの家に寝泊まりし、ぼくは大船から通うスタイルで、芦原さんによるアートマン合宿が開催された。
 午前中はPFCスーツだけを着て芦原さんからアートマンを使いこなすための操作方法や、関連する物理法則、原理となっている擬似調和エネルギーによる反物質の実体化、そして背景となる歴史や主要組織についての詳細や構成なんかの講義を受け、午後はアートマンに変身、サウスと芦原さんが必殺技の研究と練習、ぼくはノースと彼女がサマージでやっていたという模擬戦闘の対人戦訓練(言ってしまえば総合格闘技)の日々を繰り返した。ぼくらは思い出すだけでも吐きそうになる程の量の訓練をこなした。
 
 最初の何日かは、ノースからただ一方的に痛ぶられるだけだったが、なんていうか、コツみたいなものがちょっとずつ見えてきたような気がする。
 最初は偶然かとも思ったんだけど、攻撃を何らかの理由で一瞬躊躇する、例えば「このパンチが決まったら勝てるかも、でもその後ノースの機嫌が悪くなりそう」とか、「勝てるかも、だけど、どっちも痛そう」とか。
 一瞬の躊躇を挟むことで、両腕に光が走り、力がみなぎることがわかってきた。意図して躊躇するっていうのはなかなかコントロールが難しい。そして時折必殺技を試みるも何も起こらず、すぐにノースに張り倒された。
 あとは、ぼくとサウスが激突して、セーラー服の彼女を召喚しようと試みたりもしたけど、腰越漁港の一件以来、彼女はぼくの幻覚の中にしか現れていない。
 
 報道では、ぼくらがこの研究室に来るようになってすぐに川崎の浮島にあるサマージのアジトは神奈川県警によって事実上閉鎖されたとのことだった。県警の特殊部隊がアジト周辺の警護をしているらしい。そして、芦原さんの情報によると、RTAと残されたサマージが川崎のアジトとHQ機能の移転計画を進めているらしい。サマージは川崎だけではないのだ。
 
 双子がセーラー服の少女を追う理由である「自由」のためのサマージ及びRTAの殲滅作戦だけど、芦原さんによるとセーラー服の力があれば表面上カワサキ・サマージの親RTA派とそこに関連しているRTA個々人の殲滅は可能だろうとのこと。
 しかし、ア国の国家的な情報機関を相手に立ち回っての勝利や、目的達成は無理らしい。無計画に戦いを挑んでも双子が求める自由にはつながらないのだ。
 しかし方法がないわけではない。それがRTAやATMAが表沙汰にしないアートマンのプロトタイプ。その開発初期の情報が価値を持つだろうということだ。
 それは双子だけではなく芦原さんや平泉寺さんなんかのATMA脱獄犯(芦原さんがそう呼ぶ)達さえも自由にできる交渉カードになるだろうという事だ。
 ぼくにその理由はわからない。しかし芦原さんの見立てによると、それは平泉寺さんが見つけた「式」、そして未だ実現していないぷるぷるパンクの調和の秘密ともイコールであり、痩せ続けるこの世界の常識さえ覆すだろうとのことだ。
 ぼくのアートマンについている三鱗のロゴや、サウスの必殺技が、ぼくらをそこに導くらしい。
 必殺技を磨き続けるサウスは、芦原さんに嗾(けしか)けられて、
「さっちゃんたちが世界を救う」と嘯(うそぶ)き始めた。
 
 合宿の間、姉ちゃんが何故か芦原さんのショップでのバイトを増やし、毎日ぼくらを冷やかしに来ては昼ごはんを作ってくれた。双子は何故か姉によく懐いていて、そのおこぼれでぼくにも少しずつ慣れてきてくれたみたいで嬉しかった。
 1日何時間も取っ組み合いをし、殴り合いをしているノースとは特に仲良くなれているような気がする。二人で並んで接続ユニットに並んで意識を失う直前なんかには、大船や鎌倉周辺の季節の花スポットと花ごとに集まる蝶の種類のちがいや、スケートの乗り方のこつーー体重移動の考え方なんかを教えてくれるようになったりした。これは、アートマンで飛翔する時に役立っていると言う。
 
 サウスの必殺技が安定しその威力を増し始め、ぼくがノースに10本中一本くらい勝てるようになってきた頃、芦原さんがぼくらにこれからの計画を共有した。
 
 ぼくらはまず、芦原さんの昔のバディである平泉寺さんを探す。芦原さんの考えでは、ミクニさんがノースに言ったようにやはりZEN方面から攻めるべきということで、まずはZENを研究していたという平泉寺さんを探すことになった。
 ATMAの脱獄犯である彼女も芦原さんのように自分の情報を全てのオンラインから遮断し、芦原さんの言葉によると「裏に沈んでいる」はずだった。
 芦原さんはこの何日間かの間に、彼女の足跡を追うために可能な限り世界中のCCTVにハッキングをかけた。ATMA時代のデータを引っ張り出してきた平泉寺さんの生体データの照合を続け、ついに彼女らしき人物が奥越(おくえつ)地方のとある施設近くで引っかかった。
 
 ぼくらは、その場所 - 表向きは奥越地方の国立公園内で地質古生物学の研究施設となっているAG-0(エージーゼロ)、 別名『銀の卵』とよばれるその施設を目指すことになった。
 追われている身のぼくらは公共の交通機関が使えないから、奥越まではサマージの定期輸送トラックのコンテナを拝借して移動する。灯台下暗しという事だろう。
 しかし、その前に双子が計画したサマージ襲撃大作戦、もといサマージアジトからIDを盗む計画を成功させなければいけない。コンテナに忍び込むためにIDカードが必要なのだ。
 
 明日の夜の決行に備えて、今日の午前中で合宿は終わった。
 
●2036 /06 /17 /13:58 /国道134号線・材木座付近
 
「双子ちゃんと会えなくなるの寂しいな」遠回りをして134号の海沿いを運転中の姉ちゃんがつぶやいた。珍しく自動運転ではなく自分で運転している。合宿の間にはちゃんと雨が降っていたから、久しぶり晴れ間。地球環が相模湾からぼんやりと浮かんでいる。
「そこ? もっと心配とかないの? ぼく、死ぬかもよ?」ぼんやりと運転している姉が逆に事故らないか心配だ。
「えー、死なないでしょ。双子ちゃん強いもん」
「まあ、それは。」きらきらと日差しを跳ね返す波間にゆらゆら浮かぶ波待ちのサーファーたちが小さな粒のように小さく見える。
「何を弱気になってるのよ。」
 
 ぼくが弱気なことには、実はちゃんとした理由がある。確かに最近強くなってきたという自負もある。ノースとの戦いも様になってきたような気もしている。勝てていなくても、ノースが初心者相手の舐めプをしなくなったのがその証拠だ。それにノースはぼくに負けないために必死な時すらある。しかし、問題は強いとか弱いとかではなくてあの夢だ。
 この合宿の間中、決まって自分が死んでいる幻覚を見ていた。
 
 接続ユニットに横たわって意識を失うと、いつもの光の空間でも、ぼくは横たわったままだった。それまでの幻覚ではだいたい、普通に突っ立っていたり宙に浮いていたりしたから、幻覚の中で横たわっていることには、何かしら違和感があった。
 横たわったまま少し時間が経つと、金木犀の匂いがその空間に突風のように押し寄せて、あの女の子がセーラー服ではなく特殊部隊みたいなアサルトスーツを着て、横たわるぼくに駆け寄る。彼女はぼくの側にかがみ込むと、ぼくの首元に手を置いて脈を確かめる。
「九頭竜くん! 九頭竜くん!」ほとんど叫ぶように、彼女はぼくの両肩を掴んで揺さぶる。
「ねえ、君。」と声を出そうとしても、ぼくの言葉は声にならない。口が開かないのだ。金縛りのようで起き上がることもできない。彼女がぼくの両手を掴んだまま目を閉じると、その白い陶器のような頬に、涙の筋が光る。繊細で、華奢で、なんて綺麗なんだろう、と思う。
 
 ぼくが彼女の頬を触ろうとすると、ぼくの手はすっと、彼女の体を抜けてしまう。はっと気がついて見下ろすと、横たわるぼくの名前を呟きながら、その傍で泣いている彼女が足元に見える。
 幽体離脱というやつだ。自分のことを鏡や画像以外で見ることはあまりないけど、なんか、こんな感じか、なんて冷静に考えたりする。横たわっているぼくは、PFCスーツしか着ていないから、なんかちょっと恥ずかしさもある。
 彼女に気がついてもらえる方法をいろいろと考えていたその刹那、横たわるぼくに覆い被さるように泣いている彼女の唇が、横たわっている方のぼくの唇にそっと触れる。
 
 やっぱり。
 
 ぼくは、この感触を知っている。
 
 ぼくは彼女を知っているし、彼女もぼくを知っている。確信が形になりそうなその少し前の瞬間に、彼女の唇の柔らかさや、ほんのり暖かくて少し湿ったその感触がだんだんと光になって視界を覆い、右耳の後ろが熱くなって・・・、夢は、いつもここで終わってしまう。
 
 つづく

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