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NIKKA「ピュアモルト・レッド&ブラック」withピュアモルト・ホワイト

ニッカウヰスキー創業者である竹鶴政孝の後継としてニッカ2代目マスターブレンダーに就任した竹鶴威氏は日本のウイスキー市場が本物を求めるこだわり志向になってきている流れを感じ取り、先々の需要の増加と市場の活況を見越し、本格派のモルト原酒100%のウイスキーの開発を決意。
ウイスキーが経済的な豊かさを象徴する「道具」となっていた時代に、ウイスキー本来の価値に光を当てるために敢えて飾り気を排除したシンプルスタイルを追求し、世に送り出したそうです。
アルコール度数は43度で薬瓶の様な飾り気の無い独特のボトルデザインが目を引くブレンデッドモルトウイスキー「ピュアモルト」シリーズを市場に投入しました。

グラフィックデザイナーの佐藤卓氏によりデザインされた「ピュアモルト」シリーズのボトルは注ぎ口が短く薬瓶の様な無骨で個性的なデザインが特徴で、同氏が手掛けた「フロム・ザ・バレル」のボトルデザインと共通項も多く、シンプルな造形に簡素なラベルという存在感は現在に至るまで不変のスタイルとして受け継がれています。

ニッカ2代目マスターブレンダーに就任した竹鶴威氏のイメージを具現化するべく、「ピュアモルト」のボトルだけではなくウイスキーの設計思想に至るまで細部に渡って佐藤卓氏によってデザインされました。
「ピュアモルト」の開発コンセプトは佐藤卓氏自身が自主的にプレゼンテーションするところから始まっていました。
「どうしたら手に取りたくなるのか」をテーマに、パッケージは勿論のこと、中身や内容量、ネーミングなど細部に至るまであらゆる部分を企画立案し、その総合性は単なるボトルデザインの枠を完全に超えていたそうです。
「ピュアモルト」の開発はユーザーとウイスキーとの相互性とも言うべき「体験」や「経験」が特に重視されていて、お酒の楽しみ方というものは飲んでいる時だけが全てではなく、店頭でボトルを手に取り眺めたり、酒瓶の前で議論を交わしたり、飲み干したボトルを愛でる、といった楽しみ方の多様性を緻密にシミュレーションして作り上げられるべきだという佐藤卓氏のデザインコンセプトが前提にあり、そこから「時代の移り変わりで核家族化が進む中、少人数でも飲み干せる500mlのボトル」「価格はLPレコードと同価格帯の2500円程度」であること。
そして「どこでも馴染む様にボトルのデザインは個性を抑える」そうすることで「空の容器をまた別の用途で使ってもらえる」そのために「ラベルには水性の糊を使用して簡単にはがせる様に」そしてそのことは「パッケージで拘りをわざわざ説明しない」
どこまでもきめ細やかにユーザーの導線まで緻密に設計されたウイスキー。
佐藤卓氏自身も当時20代で同世代の若者たちの生活スタイルの変化やウイスキー離れを肌で感じていたからこその腐心だったと言えるでしょう。

1980年代当時の日本は大量消費のバブル期に新製品を作ると同時にその製品のリユース・リサイクルについて考えるなどという発想は誰も持っていませんでした。
今でこそ当たり前に「どう再利用するか・できるか」という認識がありますが、バブル景気の華やかな時代に日本人の根底にある「もったいない精神」にいち早く注目し、"それ"をデザインの段階から取り入れていた佐藤卓氏の先見性は驚異的だったと言えるでしょう。
ユーザーと商品との出会いから、飲み干したボトルが何かに使えると気づくまで、その全ての時間をデザインしたのが「ピュアモルト」に使われているボトルです。

その「ピュアモルト」シリーズですが2018年6月を以って全ラインナップの一般販売を終了して休売扱いとなりましたが、2022年現在では余市・宮城峡の各蒸溜所にて販売価格が消費税込み2200円の限定品として細々と販売が継続されています。

発売当初の1984年(昭和59年)11月に2種類、その3年後の1987年(昭和62年)6月に1種類が追加され、合計3種類のラインナップが存在し、ラベルの色によってそれぞれに個性と特徴がありました。
その3種類ですが、余市蒸溜所のモルトが主体となっている「ピュアモルト・ブラック」と、宮城峡蒸溜所のモルトを主体とした「ピュアモルト・レッド」に加え、スモーキーな原酒を主体にしたアイラモルトタイプの「ピュアモルト・ホワイト」(2015年8月終売)がありました。
中でも「ピュアモルト・ブラック」と「ピュアモルト・レッド」は蒸溜所限定品という体裁で販売が細々と続けられていますが、先立って販売を終了した「ピュアモルト・ホワイト」はブレンド構成と味わいが斬新過ぎたのか、現在も終売扱いのままになっています。

発売当初(1980年代)の「ピュアモルト」シリーズは海外からの輸入原酒(バルクウイスキー)が多く使われていた様で、「ピュアモルト・ブラック」はカリラ系モルト原酒がブレンドされ「ピュアモルト・レッド」はベン・ネヴィスやトマーティン系モルト原酒「ピュアモルト・ホワイト」はボウモア系アイラモルト原酒が使用されていた様です。
時代が進み現代に至るにつれ、「ピュアモルト・ブラック」は余市モルト原酒メインへと移行し、「ピュアモルト・レッド」は宮城峡モルト原酒をより強く前面に出すブレンドに比率を変更し、「ピュアモルト・ホワイト」においても余市蒸溜所のヘビーピートタイプのモルト主体にブレンドを変化させて徐々に自社蒸溜のモルト原酒の比率を高め、海外のモルト原酒の使用比率を落としていった様です。
しかし、海外産原酒が完全にゼロになったわけではない様で、2021年4月より運用されている「ジャパニーズウイスキーの定義」における要件を満たしていないところを見る限り、輸入原酒の使用は完全にゼロではなく、終売品のホワイトを除く「ピュアモルト・ブラック」や「ピュアモルト・レッド」にも少量ながら海外原酒のブレンドは現在も継続されている様です。

「ピュアモルト」シリーズのボトルそれぞれの特徴ですが、「ピュアモルト・ブラック」は余市蒸溜所のピートが効いた力強いモルト原酒が主体で、スモーキーかつ重厚な香りとバニラのような甘みが漂うブレンドが特徴的です。
シングルモルト余市に比べると若干まろやかで、宮城峡モルトも感じ取る事ができます。
対する宮城峡蒸溜所のモルト主体の「ピュアモルト・レッド」は宮城峡蒸溜所の単式蒸溜モルト原酒の特徴であるフルーティで爽やかさのある香り立ちと繊細で優しい風味が調和のとれた味わいが特徴です。
シングルモルト宮城峡と比べると、芯がしっかりとした味わいの中にも余市や海外モルト原酒の風味も感じ取る事ができます。

アイラモルトタイプの「ピュアモルト・ホワイト」は余市蒸溜所のヘビーピートタイプのモルトが主体で、海草やヨード系の強いピート香を持ち、コクのある味わいが特徴です。
ホワイトは余市のモルト原酒でも特に強いピート香を着けたヘビーピートモルト原酒を主体に採用しています。
近年のハイボールを中心としたウイスキーブームにおいてはピート香を抑えた飲みやすさ優先のクセの少ないモルト原酒が重用されることが多く、ピュアモルト・ホワイトの原酒構成はハイボール主流の市場トレンドに逆行した結果、終売の憂き目にあったとも考えられるでしょう。
空前のウイスキーブームによりアイラモルトという存在が日本でも市民権を得た現在、ピュアモルト・レッドやブラックと同様に現行売価の消費税込み2200円という手頃な価格で販売が継続されていれば、「ピュアモルト・ホワイト」の他に無い味わいが注目を集め、超人気ボトルとなっていたかもしれません。
往年のブレンデッド・モルトの試行錯誤を知るために再販が望まれます。

さて、本格派のモルト原酒100%のウイスキーとして誕生した「ピュアモルト」ブランドですが、その立ち位置はモルトウイスキーの中でどの様な感じだったのでしょうか?
原料がモルト(大麦麦芽)100%で単式蒸溜されたモルト原酒で造られたウイスキーを大きな枠で「モルトウイスキー」と言います。
その中でも単一蒸溜所のモルト原酒だけを使って製造したものを一般的に「シングルモルトウイスキー」と呼び、複数の蒸溜所のモルト原酒を混ぜ合わせたウイスキーは「ピュアモルトウイスキー」や「ブレンデッドモルトウイスキー」又は「ヴァッテッドモルトウイスキー」と呼んでいます。
ニッカ「ピュアモルト」シリーズは商品名から読み取れる通り、当然「ピュアモルトウイスキー」ですから「単式蒸溜機で製造されたモルト原酒100%」のモルト100%ウイスキーであることが最大のセールスポイントです。

しかし、同じく「モルト100%ウイスキー」を掲げていた姉妹品がありました。
“オールモルト製法”で有名なニッカの終売ボトル「オールモルト」と「モルトクラブ」です。

「ピュアモルト」シリーズと同様にモルト(大麦麦芽)のみを原材料としているモルト100%ウイスキーであるのは同じですが、製造工程において「単式蒸溜モルト原酒」に「グレーン扱いとなる連続式蒸溜モルト原酒」を混ぜ合わせたことにより、オールモルトとモルトクラブは全量モルト原酒であってもカテゴリとしては「ブレンデッドウイスキー」扱いとなっています。
特にオールモルトとモルトクラブに対して「ピュアモルト」シリーズの絶対的に違う点は連続式蒸溜モルト原酒である「カフェモルト」を使用していないところです。

2015年9月に起こったラインナップの大幅整理と再編劇、所謂"ニッカショック"を首の皮一枚繋いで何とか生き延びた「ピュアモルト・ブラック」と「ピュアモルト・レッド」は1984年の発売以来、簡素なラベルとシンプルなボトルデザインに秘めた質実剛健さを売りにブランドを継続してきた銘柄でコアなファンの多いボトルでもあります。
国産ウイスキーファンのためにも、何とか復権の時期を待ってブランド再興を計って欲しいと切に願わずにはいられない、そんな愛おしいボトルです。

名称:ピュアモルト・レッド&ブラックwithホワイト
種類:ピュアモルトウイスキー
販売:アサヒビール株式会社
製造:ニッカウヰスキー株式会社
原料:モルト
容量:500ml 43%
所見:2015年のニッカショックを乗り越えた本格派モルトウイスキー