見出し画像

「令和時代のジャパニーズウイスキー」

日本国内で本格的なウイスキーの製造が開始されてから約100年。
近年「ジャパニーズウイスキー」が世界中で高い評価を受けるようになりました。
一方、日本国内ではサントリーの地道な販促活動により「角ハイ」に代表されるハイボールブームやNHK「マッサン」の放送に端を発したウイスキーブームが起き、需要が供給を遙かに上回るようになりました。
海外での人気も2010年代になると、その需要は年を追うごとに高まり、海外からの投機目的の買い付けによって、同じく需要が供給を遙かに上回るようになりました。
しかしながらウイスキーは仕込んでから出荷するまでに何年も熟成が必要なため、一朝一夕には需要と供給のギャップを解消できませんでした。

元号「平成」が終わろうとしていた2018年、既に誰の目から見ても明らかな需要過多の時代を迎えていた中、ウイスキー市場では活況を逆手にとったビジネスが横行するまでになっていました。
全く国内製造の原酒を使用していない輸入原酒を加水調整だけで平然と自社ブランドとして販売したり、日本の酒税法上ウイスキーとは呼べない様なお酒を海外へジャパニーズウイスキーと自称して輸出・販売しているお粗末なメーカーまで出る始末。
混沌とした国内のウイスキー市場に対し、日本洋酒酒造組合は2021年2月16日に「ウイスキーにおけるジャパニーズウイスキーの表示に関する基準の制定について」という発表を行いました。
この「日本洋酒酒造組合」とは酒税の保全等を目的として設立され、国内で洋酒の製造販売等を行うほぼ全てのメーカーが加盟しています。
酒税法に関連する組織が作る基準ですから、少なからず実効性もあり後々の法整備も期待できると感じます。
租税乱造の時代に待ち望まれてきた「ジャパニーズウイスキー」の表示基準。
今回は、この基準について考えたいと思います。

【引用始め】
日本洋酒酒造組合(東京都中央区)は国産ウイスキー「ジャパニーズウイスキー」の定義を初めて決めた。
日本国内で採取された水を使用するほか、国内での蒸溜などの要件を定め、2021年4月1日から運用を始める。
国産ウイスキーを巡っては酒税法に定義がなく、海外で製造された輸入ウイスキーの原酒を国内で瓶詰めした製品が「ジャパニーズウイスキー」を掲げて国内外で流通している。
組合の自主基準であり違反しても罰則はないが、国際的な評価が高まる中でブランド価値の毀損を防ぐ狙いだ。

ジャパニーズウイスキーを名乗るための主な要件は以下の通り。
①原材料は麦芽を必ず使用し、日本国内で採取された水を使用すること。
②国内の蒸留所で蒸留すること。
③原酒を700リットル以下の木樽に詰め、日本国内で3年以上貯蔵すること。
④日本国内で瓶詰めすること。

この定義に基づくと、国内ウイスキーメーカー大手における「ジャパニーズウイスキー」は、サントリーホールディングスでは「響」「山崎」「白州」「知多」「ローヤル」「スペシャルリザーブ」「オールド」、海外市場向けの専用商品「季(TOKI)」の8ブランドが対象になる。
アサヒグループホールディングス傘下のニッカウヰスキーは「竹鶴」「余市」「宮城峡」「カフェグレーン」4ブランド。
キリンホールディングスは「富士」1ブランドと、蒸留所限定などがそれぞれ対象となる。

国内で洋酒製造の免許がある82社が遵守する。
ラベルを変更するなど、企業の対応のために3年間の経過期間を設けているが、早期の遵守を求める考えだ。
小規模生産のクラフトウイスキーメーカーなど未加盟の企業に対しては、同組合への加入を呼びかけ、基準の順守を働きかける。
【引用終わり】
(ここまで日本経済新聞2021年2月16日記事より一部抜粋・引用。)

「ジャパニーズウイスキー」の時代が変わろうとしています。
かなり大雑把で曖昧だったこれまでの国産ウイスキーの定義で続いた「平成時代のジャパニーズウイスキー」が終わりを告げ、世界中に誇れる品質を堅持する「令和時代のジャパニーズウイスキー」が始まろうとしています。
僕たち、私たちが国産ウイスキーの未来に対し、様々な関わり方や担い手となる可能性がある中で、日本のウイスキー業界の将来を考えていく始まりの瞬間がやってきたと感じます。

では、これまでは何が問題だったのか?
先ずはそこを考えたいと思います。

日本では現在に至るまで海外から輸入したウイスキー原酒を混和しても何のお咎めも無く「国産」のウイスキーとして表記できました。
他の食品であれば、使用原料が分かるように細分化して明示しなければならないのですが、お酒であれば企業秘密ということで生産地や比率を隠すこともできます。日本の酒税法では海外のウイスキー原酒どころか醸造用アルコールやウォッカなど混ぜて「ウイスキー」と表記して販売しても何の問題もありません。
特に廉価ウイスキーでは、原材料表示にモルト、グレーンに続いて「ブレンド用アルコール」「スピリッツ」と記載され平然と販売されています。
確かに安価なお酒もありがたいのですが、何でもかんでも国内製造されたウイスキーの全てが無条件に「ジャパニーズウイスキー」と名乗れてしまう現状が続くのでは、国内外において更に無用の混乱を招きます。

国内で製造したウイスキー原酒を一滴も使わず、輸入しただけの海外産ウイスキー原酒を国内にてブレンド・加水しただけのウイスキーや、ウイスキー原酒を殆ど使わずにブレンド用アルコールやスピリッツと混和した様な低品質なウイスキーたちは現在も作られ続けています。
他方では日本的なラベルデザインを施し、消費者が日本国内で蒸溜・製造されたウイスキーと誤認してしまう様な和風な商品名のウイスキーや、ボトルのラベルに「MADE IN JAPAN」や「JAPAN MADE」など、さも国産であることを想起させる様な表記を施した「国産風ウイスキー」も堂々と販売されています。

そういった「国産風ウイスキー」を「ジャパニーズウイスキー」と勘違いされてしまっては、国産ウイスキー原酒の製造に真摯に取り組んできた人達の努力が無駄になってしまいます。
そういった海外産原酒しか使われていないウイスキーやブレンド用アルコールやスピリッツと混和したウイスキーは、基本的に加水やブレンド工程のみで即出荷・販売できるので非常に効率的でビジネスライクだと感じますが、そういった類の「効率とビジネス偏重の低品質なウイスキー」は絶対に「ジャパニーズウイスキー」とは異なるものだということははっきりさせておかなければいけないと思います。
海外のウイスキー製造の現場を見渡すと、スコッチウイスキーやバーボンウイスキーにおいても実は明確な基準が設けられており、基準を満たさなければスコッチやバーボンと名乗れないのですから、日本においても基準の整備は急務だったと言わざるを得ません。

やはり「国産風ウイスキー」か「ジャパニーズウイスキー」か、我々には明確な基準が必要です。

そこで今回発表されたジャパニーズウイスキーの定義の内容は、非常に厳格な内容となっています。
一人の愛好家でしかない私としては文句無しの内容ですが、長らく無秩序状態だった基準からすると一気に厳格な基準を制定したと驚きました。
この制定されたジャパニーズウイスキーの定義が海外にまで浸透するには何年もかかるかもしれません。
ただ、これから先の令和時代における国産ウイスキーは世界に胸を張って「ジャパニーズウイスキー」と言える商品が明確化されるので喜ばしい話であることは間違いありません。

確かに今回の「ジャパニーズウイスキー」の定義が明確化されることは良いことであるのは紛れもない事実です。
しかし、新しい定義にも一定の問題点があることも事実で、その筆頭案件が「グレーンウイスキー」の存在です。
シングルモルトウイスキーブームの昨今、基準を読む際にモルトウイスキーを連想しがちですが、国内外を問わずウイスキー消費の大半を占めるのはブレンデッドウイスキーです。
大手3社(サントリー、ニッカ、キリン)はグレーンウイスキーを自社製造することができるので問題はありませんが、自社ブランド向けの原酒製造しかしておらず、ただでさえ原酒不足が叫ばれる昨今、自社以外のメーカーに対して原酒の販売は行っていません。
グレーンウイスキーの調達問題は大手3社も例外なく通った道ですが、日本国内においてグレーン原酒の製造設備を持っているクラフトメーカーは殆どなく、小規模設備で運用可能な一般的なポットスチルと比較するとグレーン原酒の製造設備は高額なことから、グレーンウイスキー原酒は国内で調達ができません。
前述の通りグレーン原酒の製造設備を持っている大手3社はグレーンウイスキーを他社に販売していないため、後発である新興クラフトメーカーが使用できるグレーンウイスキー原酒はほぼ全量海外調達の輸入原酒に頼らざるを得ないのが実状となっています。
(※注:ポットスチルでもグレーンウイスキーの製造は可能ですが、連続式蒸溜機に比べ効率が悪く、コストも格段に高くなるので新興クラフトメーカーでは輸入グレーン原酒を利用しているメーカーが一般的です。)
新興クラフトメーカーは国産グレーンウイスキー原酒を販売してくれる国内のメーカーが無い以上、この基準が施行されるということは既存のブランド名や蒸溜所がある所在地名でのブレンデッドウイスキーの製品化は認められないことになります。
こうなると現実的に大手3社以外は「ブレンデッドジャパニーズウイスキー」のジャンルは作れなくなります。
結果的に大手メーカー優位でしかなく「ブレンデッドジャパニーズウイスキー」の市場が閉鎖的かつ排他的で、定義付けがその後押しとなる影響力の大きさが心配な点であり、この問題の解消に向けては定義を決めた日本洋酒酒造組合の努力が必要不可欠と感じます。
定義を決めた日本洋酒酒造組合側から働きかけ、大手3社から一定量の国産グレーンウイスキー原酒を調達し、組合に加盟するウイスキーメーカーに公平に供与する体制を構築するか、現在グレーンウイスキー原酒を製造する設備を持たないメーカーに設備投資費用の支援をして、国産グレーン原酒を国内のクラフトメーカーへ提供できる環境を整備するか、いずれにせよ「グレーンウイスキー」問題は日本洋酒酒造組合の今後の努力量が問われる問題と言えるでしょう。

最後にもう一度「ジャパニーズウイスキー」の基準を再確認して締めたいと」思います。
先ず、原材料は麦芽、穀類、日本国内で採水された水に限り、麦芽は必ず使用しなければならず、モルト・グレーンを問わず海外から輸入した原酒の混和は一切認められません。
たとえ国内製造で樽貯蔵であっても麹由来の焼酎や泡盛、スピリッツ・ブレンド用アルコールの混和なども一切認められません。

貯蔵に関しても非常に厳格で700リットル以下の木樽に詰めて、最低でも3年以上日本国内において貯蔵・熟成をしなければ認められません。
ボトリング(瓶詰め)も日本国内で行い、製品化の際のアルコール度数は40度以上が必要となります。
つまり、全製造工程(糖化・発酵・蒸溜・貯蔵・瓶詰め)を一貫して日本国内で行わなければ「ジャパニーズウイスキー」と名乗ることはできません。

次に表記に関してですが「ジャパニーズウイスキー」で一つの単語表記となるので、「ジャパニーズ」と「ウイスキー」を間隔を開けずに書く必要があり、単語の間に何か別の単語を挿入するなど紛らわしい表示は禁止され、類似した表示も認められません。
対象となるジャパニーズウイスキーの同義語の例として錯誤を誘発する「日本ウイスキー」「ジャパンウイスキー」「日本風ウイスキー」「JAPAN WHISKY」などがあります。
なお「ジャパニーズウイスキー」の品質基準を満たしていない製品は日本を想起させる人名や国旗、元号、地名、山岳名などの使用が禁止されます。
(※品質基準を満たしていないことを明示している場合を除きます。)

「ジャパニーズウイスキー」の定義の公開がゴールではなく、業界としてはスタートといったところでしょうし、今回の定義付けに対して従うメーカーばかりではなく、従わないメーカーも一部出てくると思います。
この定義を基本として、更なる問題点にどう対応し、業界全体を動かしていくのか大変興味深いです。
各社のモラルによって動いてきた「平成時代のジャパニーズウイスキー」から、新時代の「令和時代のジャパニーズウイスキー」の潮流が将来的に見て、日本のウイスキー産業へ良い基盤を築くことになることを祈っています。