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生きるLiving 男が誇りを取り戻す時~黒澤映画の普遍性


1.「生きる」が何故イギリスで映画化されのか


黒澤明「生きる」のリメイクである。しかもイギリス映画である。何故イギリス映画なのか、主人公のビルナイがつぶやいた言葉が忘れられない。

「私は紳士に憧れた。紳士の仲間になりたかった。それが実際は...。」

そうこれは誇り高き紳士の物語なのだ。
志村喬が演じた市役所の役人。生気なくただ時を過ごすゾンビのような役所の堅物がヒトとして生きる目的を取り戻す。同様にうらぶれたビルナイ(彼はミスターゾンビと陰口をされていた)が、イギリス紳士としてよみがえり、誇りを取り戻す物語なのだ。

市役所の役人として死んだような日々を送る男たち。主人公ビルナイの毎日はただ同じルーチンの繰り返しだった。ある時、自分の命があとわずかだということを知る。そこから「死んだ」ような毎日を送っていた彼は死を前にして「蘇る」。かねてから指摘されていた公園事業に奔走するため、わずかな命の焔を燃やす。

オリジナル映画では死を目前にようやく目的を成し遂げた志村は一人ブランコに乗り「ゴンドラの唄」を歌う。

いのち短し 恋せよ少女
朱き唇 褪せぬ間に
熱き血潮の 冷えぬ間に
明日の月日は ないものを

イシグロカズオの脚本は素晴らしい。実に日本的なドラマを見事に紳士の国イギリスの物語に作り替え、しかもオリジナルをこの映画の向こうに透けさせてみせる。ビルナイは同じ場面で「ナナカマドの木」を歌うのである。


我らはその伸びゆく木陰に座り
幼子らは駆け回り
愛らしく赤い実を積んで
首飾りを作る
ああ 我が母よ その姿が見える
子らの戯れを見て 微笑む
小さなジーニーを抱え
ジェイミーを膝に乗せて


「ゴンドラの唄」が儚い命に恋を求める歌であるのに対し、こちらは子供たちがナナカマドの下で遊び戯れる歌なのである。子供たちの公園を作るという意義を見事に歌っている。

出来上がった公園がplaygroundという遊び場であるので仕方ないかもしれないが、歌詞にある様なちゃんと綺麗な木があるような公園にしてほしかったのがこの映画に対する唯一の文句である

この映画自体はビルナイと監督が話し合って制作が決まったと聞くが、できあがってみれば紳士の国イギリスに相応しい映画と言えるのではなかろうか。

2.世界に数々のリメイクを生み出した黒澤明と橋本忍のオリジナリティ


とにかくこの映画はオリジナルの感動も蘇る素晴らしい映画であった。それにしても黒澤と橋本忍の素晴らしい脚本はその構成の見事さが光っている。それを文句なしにイシグロは再現してくれた。

黒澤と橋本忍が生み出す脚本はある意味世界標準とも言える程オリジナリティに富み、何度も多くの映画に影響を与えリメイクされた。

「隠し砦の三悪人」は「スターウォーズ」のルーク、C-3PO、R2-D2に。

1958年公開
1977年公開

「用心棒」は「荒野の用心棒」「ラストマンスタンディグ」に。
(この脚本は橋本忍は参加していないがちろん黒澤明のアイデアである)

1961年公開


「荒野の用心棒」クリントイーストウッド出世作 1964年公開
1996年公開

そして「七人の侍」。

1954年公開


このストーリーの面白さは多くのリメイク作品を生み出し、スローモーションを使った斬新なカットはサムペキンパーを含む多くの映像作家に影響を与えた。

1960年以降公開

「宇宙の7人」なんて映画もあった。

1980年制作のアメリカ映画


最近ネットフリックスで配信された「レベルムーン」はアクション映画として実に面白いが、元になった「七人の侍」のストーリーの細部は結構変わっていた。それでも何度もリメイクされるそのオジリナリティの凄さ、今も輝きは褪せない。

2024年2月公開

3.日本映画の復興を願って

かつて日本映画の黄金期だった時代があったのである。最近の邦画はアニメだより、漫画だより、ベストセラーだより、人気俳優だより。収益はあがっているので誰も文句は言わないが、それが同じような映画ばかり生み出している元凶のような気がする。

国内映画ランキング : 2024年7月12日~2024年7月14日 出典:https://eiga.com/ranking/jp/

一方の韓国映画は国内市場だけでは収益が取れないため最初から世界市場をめざしている。少なくともオリジナリティと言う意味では韓国映画には遅れを取っているような気がする。アジアで初めてアカデミー作品賞を獲得したのは韓国映画であり、ネットフリックスの幹部が訪れたのは日本ではなく韓国の大統領官邸だったのだ。

ネットフリックスは、「イカゲーム」のような話題の番組に携わっている韓国のショーランナー(制作総責任者)やスタジオを支援・育成する方針を示した。 同社は「Kドラマ」など韓国に振り向けた25億ドル(約3500億円)の一部について用途を説明した。

ワイヤード記事2023/06/22
https://wired.jp/article/netflix-apac-content-strategy/
「キル・ボクスン」この狂気と猟奇性、そして笑い
ここ数年見た映画で一番オリジナリティが凄い


キルボクスンみたいな凄い作品を日本制作で見たいものだ。

ところで、この世界の黒澤明も一時期作品制作資金繰りに行き詰まり自殺未遂まで起こした。彼を救ったのは国内の投資家ではなく、ソ連やジョージルーカスやフランシスコッポラやフランスの海外資本だった。

「カメラを止めるな!」というアイデアに満ちた作品がある。

2017年公開


2022年公開

これもフランスでリメイクされた。こういう才能ある若手がどんどん映画を作って行けるような素地がないことが邦画の最大の問題と思うのだが。

本来の映画としての映像の可能性を見せるような脚本、オリジナリティをもった邦画、世界標準になり何度もリメイクされるような映画はもうできないものであろうか。


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