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【読書日記】12/3

『TUGUMI』はつぐみと言う名前の風変わりな少女を軸に展開する物語です。つぐみは個性的な少女で、一度読んだら忘れられない印象を残します。口が悪くて、思い詰めたら何をするか分からない少女。彼女が恋に落ちて、主人公のまりあは、はらはらしながらそれを見守ります。

情景描写や風景描写が美しい小説で、読んでいると心が洗われます。二人が育った眠ったような町の様子。日によって異なる表情を見せる海の美しさ。夏祭りに集まった人たちのさまざまな表情。作者はどんなことでも愛情をこめて繊細に描き出します。

読みながら自分の青春時代のことを懐かしく思い出しました。例えば長く会わない友達の顔とか。私が経験したことは、この小説に書かれていることとは違うのですが、それがよみがえってくるのは吉本さんの瑞々しい筆致のためでしょう。

つぐみは、吉本さんの後の小説にはあまり出てこない強烈な性格の持ち主です。相手の気に障ることでもずけずけと言ってしまいます。一応美しい少女として描かれているのですが、最初は距離を置きたい人物と思えます。

でも読んでいくと、彼女が乱暴で自由奔放に生きているのは、自分の純粋さや繊細さを守るためではないかと思えてきます。彼女はこの世の中のがさつさや、無神経さに我慢がならないのです。

それがよく分かるのは、恋人になった恭一に怪我をひどい目に遭わせた男を生き埋めにしてしまう場面です。これは復讐と言うより、優しい恭一の心を踏みにじった行動が許せなかったです。

今度読み直してみて、つぐみの無鉄砲さや直情さは、後の小説に出てくる主人公たちの優しさに変っていったのではないかと思いました。例えば『どんぐり姉妹』のどん子とぐり子の優しさです。

優しさや繊細さは素晴らしいことですが、この世で生きる限り傷つけられてしまいます。自分でその二つを守る必要があります。つぐみの一見めちゃくちゃな行動がそれです。

つぐみは作者の吉本さんの分身でもあるでしょう。吉本さんは、自分の中にある優しさや繊細を守るためにも、この小説を書いたのかもしれません。ある意味で一種の闘いです。その闘いは後の小説に受け継がれて、実を結びました。


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