研究に関する会話の仕方 ー「先生、うんち!」から学ぶ ー
「先生に実験のことを伝えても、ちっともわかってくれない。」
こんな気持ちになったこと、みなさんおありではないでしょうか?今回は、研究室でどうして先生と会話が成立しないのか、そういうところに焦点を当てて記事にしたいと思います。
1. すべてのはじまりは「先生、うんち!」
さて、タイトルのこの言葉、おそらくほぼ全員が見聞きしたことのあるものだと思います。一般的には、小学生くらいの子供が、授業中におなかが痛くなって我慢が出来なくなった時に、先生に対して発する言葉ですね。この言葉、よくジョークで次のように返されるような気がします。
「先生はうんちではありません!」
そりゃ、そうだろ、という感じですね 笑。しかし、このジョーク、実はとても大事なポイントをついているのではないかと私は思います。
どうしてこのジョークが成立するのか。それはこの「先生、うんち!」という言葉、聴衆が何とでも解釈できてしまうからです。思いつくだけでも、
・ 先生、私はうんちがしたいです(トイレに行きたい願望の暗示)。
・ 先生はうんちみたいな人間ですね(ただの暴言)。
・ 先生、足元にうんちがあるから注意してください(親切心)。
・ 先生、うんちを拾ったので見せてあげます(価値観の共有)。
くらいはありそうです。つまり、うんちに対する説明がないため、何が言いたいのかわからないのです。ちゃんと伝えたいならば、言いたいことを適切に言わねばなりません。「うんち」という情報が不要ならば、無くしても良いでしょう。例えば上の解釈は、下のように書き換えれば思い違いすることなく、しっかり伝わるようになると思います。
・ 先生、トイレに行っていいですか?
・ 先生のうんち野郎!
・ 先生、足元に気を付けて!
・ 先生、私がさっき拾ったうんち、見て!
2. 研究室での会話の実際 ~会話の始め方~
「こんな間違い、大学(院)生の私がするわけがない」
上の項目を読んで、そう思った人、多いのではないでしょうか?でも実際これを発展させたものって、研究室での会話でも非常に多いんです。重要なポイントはまず、話始めが、この「先生、うんち!」構文になっている、ということです。例えば下の例から会話を始めたような経験、ある人もいるのではないでしょうか?
・ 先生、有意差がつきませんでした。
・ 先生、水が漏れてしまいます。
・ 先生、バンドが見えました。
もちろん、上の言葉のすぐ後に、何か言葉が続くのだと思うのですが、我々教員を含む多くの話し相手は、「何の話!?」と感じてしまい、一瞬会話から集中が途切れ、理解が追い付かなくなってしまいます。その結果、今皆さんが話したことを、相手にもう一度聞き返されてしまい、それが積み重なって「ちっともわかってくれない」と皆さんは感じてしまうわけです。
話始めの言葉はとても大事です。まず、相手の頭の中を自分と同じにする必要があります。例えば上の例であれば、以下のように言葉を変えて伝えれば、多少はマシになるかと思います。
・ 先生、○○の実験結果を解析しましたが、有意差がつきませんでした。
・ 先生、実験室の排水管から水が漏れてしまいます。
・ 先生、△△のwestern blottingをしたのですが、バンドが見えました。
最低限、何について今から話すのか、意識して話し始めてみてください。それだけでも相手が受ける印象は変わるはずです。
3. 研究室での会話の実際 ~実験結果の伝え方①~
「先生に実験のことを伝えても、ちっともわかってくれない」という言葉には、もうひとつ、原因があると思います。それは下のような会話をした時に感じる憤りでしょう。
学生
「先生、○○の実験結果を解析しましたが、有意差がつきませんでした。実は○○の途中で△△するところで少し時間がかかってしまって、そのせいでバラツキが大きくなっているような気がします。でも□□を処置したものはバラツキが少なくてきれいな感じのデータになりました。」
先生
「ごめん、まず、なんでこの実験をしたのだっけ?」
学生
「・・・・は?(おめーがやれって言ったんだろーが!)」
どうでしょうか?これと似たようなことを、特に研究室に入ったばかりの時は誰しもが経験するのかなと思います。この先生は、学生をイラつかせたいからこんなことを言うわけでは決してありません。意図としてはおよそ、①言い直すチャンスを与えて、もう少し丁寧に話せるようになってほしい、②実験した目的を学生がわかっているのか確認したい、③実験を行った理由を本当に思い出せないという3点があるかなと思います(実体験より)。
③[思い出せない]については先生が悪いので申し訳ないのですが(異なるテーマで研究している学生を複数人見ていると、個人の進捗を覚えきれないんです、すいません。。)、①[チャンスを与えたい]について、上の発言の何が悪いのか、わかりますでしょうか?もう一度同じ文章を下に書きます。
先生、○○の実験結果を解析しましたが、有意差がつきませんでした。実は○○の途中で△△するところで少し時間がかかってしまって、そのせいでバラツキが大きくなっているような気がします。でも□□を処置したものはバラツキが少なくてきれいな感じのデータになりました。
話の始まりは、2群以上のサンプルを比較するために行った統計的な解析結果のことでした(有意差の有無)。ところがそれ以降は、バラツキが大きいか小さいかという、ある1群のサンプルの性状を述べるまでに留まっていて、統計解析のことについて何も説明していないのです。さらにこの会話でダメな点は、今回の実験では一体どういうサンプルを用意したのか、何群のサンプルがあるのか、全く述べていないところです。そのせいで、統計的に有意差がなかったというのは一体何が言いたいのか、これでは全く分からないのです。このあたりをしっかりと述べなければなりません。上の例なら、下のように言った方が良いでしょう。
先生、○○の実験結果を解析しましたが、有意差がつきませんでした。今回はコントロールのAと, B, Cの3条件で実験をしたのですが、実は○○の途中で△△するところで少し時間がかかってしまって、そのせいでBのサンプルのバラツキが大きくなっているために、前回のようにAとBの群間で有意差がつかなかったような気がします。でも□□を処置したポジコンのCのサンプルはバラツキが少なくてきれいな感じのデータになり、前回同様Aと有意差がありました。
この訂正例を見て気付かれる方も多いかと思いますが、話が分かりづらい根本的な原因は結局、1. の「先生、うんち!」の例と一緒で、ところどころ解釈に多様性を生んでしまっているために、伝えたいことが曖昧になってしまっている点だと思います。私は先生側としてこの曖昧な会話によく遭遇します。何を言っているのか推察できる時もありますが、「丁寧に」話す能力を身に着けることが研究室での教育だと私は思っていますので、曖昧だと思ったときはあえて聞き返すようにしています(ある意味性格が悪いですが)。
4. 研究室での会話の実際 ~実験結果の伝え方②~
上のポイントをしっかり押さえていると、話し相手から同じことを聞き返されることは少なくなり、会話がスムーズ進むようになると思います。ただ、私はたまに、一部の(特に博士志願をしているような)学生には、以下のような会話をします。
学生
「先生、○○の実験結果を解析しましたが、有意差がつきませんでした。今回はコントロールのAと, B, Cの3条件で実験をしたのですが、実は○○の途中で△△するところで少し時間がかかってしまって、そのせいでBのサンプルのバラツキが大きくなっているために、前回のようにAとBの群間で有意差がつかなかったような気がします。でも□□を処置したポジコンのCのサンプルはバラツキが少なくてきれいな感じのデータになり、前回同様Aと有意差がありました。」
先生
「ごめん、まず、なんでこの実験をしたのだっけ?」
学生
「・・・・はい?(てめー絶対わかって聞いてるだろ!)」
この学生がイラっとする気持ちはわからなくもないです。実験結果の描写は文句ないレベルだと思います。ですが、学生の発言に、研究者として、ひとつ足りないことがあります。それは、実験結果に対する考察です。A-B間で有意差がつかなかったからどうなのか、A-C間で有意差がついたからどうなのか、そういうことを述べていません。研究者は実験だけできればいいわけではなく、その実験結果を理解して、次の実験プランを計画することも必要です。実験プランを立てるにはどうすればいいのか?それには、今行っている実験がそもそもどういう目的で行われているのかを理解する必要があります。そのため、上で指摘した②[実験目的の確認]という意図、すなわち、実験結果はわかったけれどあなたはそれを理解できていますか?という気持ちで、「ごめん、まず、なんでこの実験をしたのだっけ?」と教員(少なくとも私)は聞くわけです(つまり、わかっていて、わざと聞いているのです)。こういう点を正せば、下のようになるのも夢ではないはずです。
学生
「先生、○○の実験結果を解析しましたが、有意差がつきませんでした。今回はA, B, Cの3条件で実験をしたのですが、実は○○の途中で△△するところで少し時間がかかってしまって、そのせいでBのサンプルのバラツキが大きくなっているために、前回のようにAとBの群間で有意差がつかなかったような気がします。でも□□を処置したポジコンのCのサンプルはバラツキが少なくてきれいな感じのデータになり、前回同様Aと有意差がありました。ポジコン自体はうまく行っていることを考えると、途中で時間がかかったとはいえ、実験結果は間違ってはいないと思います。前回の実験結果と今回の実験結果を比較したのですが、平均値で見るとどの群もほぼ一緒で、前回と今回の実験値を混ぜて統計解析し直すと、前回同様A-B間に有意差がついたので、AとBは統計的に差があると思っていいと思います。なので、Bの条件で活性化する××シグナル経路は今追っている▽▽に関与していると思います。調べてみたら、××シグナル経路が活性化すると◇◇というタンパク質がリン酸化されるらしいので、それをウェスタンブロッティングで確かめたいのですが、抗体などありますか?」
先生
「抗体買いましょう!どの抗体が良いか、論文探してみてください。」
学生
「・・・・はーい!(うぇーい ↑↑)」
5. まとめ
いかがでしたでしょうか?思い当たる節のある方も多かったのではないでしょうか?上の点を簡単にまとめると、
・ 話始めを意識して、相手の頭の中と自分の頭の中を一緒にする
・ 話を一貫する、説明を省かない
・ 結果だけではなく、考察(や今後のプラン)も話す(努力目標)
です。是非、これらを意識して研究について会話するようにしてみてください。上の例では先生と学生との会話をメインに紹介しましたが、学生間の会話でも成立するでしょうし、研究計画書などを書く際にも意識すべき点だと思います。色々な場面で、活用してみてください。
この記事を書いたのは8月末ですので、院試が終わり研究もようやく本格的に始まる人が増えるのかな、と思います。そういう人に届いて助けになりましたら幸いです。こういうところから、研究生活が楽しくなってくれればなと思います。
それでは今回はこのあたりで。
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