見出し画像

電気から見る生理学 〜6. パッチクランプ法〜

さていよいよ今回は、今日の電気生理学に欠かせない、「パッチクランプ」について紹介したいと思います!

1. パッチクランプ法とは

パッチクランプ法とは、細胞の膜を「パッチ(つぎはぎ、あて布、の意味。小さい膜の断片、くらいに思ってください)」にして「クランプ(固定・保定)」する方法のことです。つまり、ガラスでできた測定電極の先に、小さい膜断片(細胞1個以下)を保定して、その膜を流れる電流を測る、というものです。これまでの方法(卵母細胞など)と大きく違う点は、ざっくり言えば、

1. 1本の電極で測定する
2. 細胞内の液を灌流できる(わざとしない方法もある)
3. Nativeな細胞を扱うことができる
4. 単一チャネル電流を測ることができる

というところでしょうか?特に4. の単一チャネル測定を可能にしたという点は、パッチクランプ法が今日においてもずっと電気生理学を支え続けている大きな理由のひとつだと私は思います。

2. パッチクランプ法は色々ある

さて、具体的にパッチクランプとはどのように行うのでしょうか?パッチクランプではガラス管を熱をかけながら引き延ばすことによって、細いガラスの針を作り、それを電極として用います。これにより、先端は数 µm にまで細くなります。そしてこのガラス電極内へ溶液を入れ、測定機器へセットし、顕微鏡下で細胞とガラス電極を近づけます。顕微鏡から見た時の見た目はこんな感じです(相手は感覚神経細胞です)。

図1

ここからもう少し近づけて、ガラス電極と細胞を「ひっつけ」ます(どうしてひっついたことがわかるのかは、また別の回で紹介します)。ここまでは、すべてのパッチクランプで共通した手順です。ここから先は、知りたい内容によって、以下のようにさまざまな方法があります。

図2

それぞれを簡単に説明すると、

セルアタッチ(上段中央):
細胞と電極をひっつけたまま、その膜に流れる電流(単一チャネル電流が見えることが多い)を測定する。膜電位を正確に固定できないなど欠点はあるが、細胞を無傷で扱えるという利点もある。

パーフォレイテッド(上段左):
電極内にナイスタチン・グラミシジン・アンホテリシンBといった抗生物質を、事前に添加しておく。これによって、電極と細胞膜がひっついた後、抗生物質の働きによって細胞膜に穴をあけることができる。抗生物質による穴はとても小さいため、細胞内をある程度無傷なままに、イオン組成を変えることができ、また膜電位も固定できるという特徴がある。しかし、抗生物質による穴自身にはイオン選択性があり(例:グラミシジンは陰イオンを透過できない、など)、どの抗生物質で測定するのかは注意しなくてはならない。また後述のホールセルと比較して、測定系内での電気抵抗が大きく微細な変化は捉えにくいことや、測定が不安定になりやすいこと(膜が弱っているので気が付いたらホールセルになってしまっている)など、注意も必要である。

ホールセル(下段左):
電極へ短時間の高電圧または陰圧(シリンジで吸う)を加えることで、電極と細胞の間にある膜を破壊する。これによって、電極内の溶液がすみやかに細胞内へ広がり、また大部分の細胞膜を任意の膜電位に固定できるようになる。細胞内が電極内の溶液によって洗われるという欠点もあるが、それは逆に、細胞内外のイオン組成を自在に操ることができるという利点でもある。ニューロンなど形の複雑なものでは、突起の先端など、遠位の細胞膜の電位は固定できないので、注意が必要である。

アウトサイドアウト(下段右)
ホールセル状態から電極を細胞から物理的に遠ざけることで、細胞から一部分の細胞膜を引きちぎる。これにより電極に残った微細な細胞膜から電流を捉える方法である。測定系には少量のイオンチャネルしか存在しないため、単一チャネル電流を測定することができる。細胞外領域が電極外に露出するため、細胞外ドメインにリガンド結合部位があるチャネルなどではこれを使用する。

インサイドアウト(上段右):
セルアタッチ状態から、アウトサイドアウトと同様、電極を細胞から物理的に遠ざけることで、細胞から一部分の細胞膜を引きちぎり、微細な細胞膜から電流を捉える方法である。こちらも単一チャネル電流を測定することができる。アウトサイドアウトとは異なり、細胞内領域が電極外に露出するため、細胞内ドメインにリガンド結合部位があるチャネルなどではこれを使用する。特に細胞膜の柔らかい細胞を使用する場合は、アウトサイドアウトと比べて、失敗率が高くなってしまう(細胞膜から遠ざけている間に、別の場所で細胞膜が融合してしまい、小さい球体になった細胞膜が電極にひっついてしまうため)。

という性質があります。どの細胞のどのイオンチャネルで何を知りたいのか、という目的に合わせて、これらの手法の中から最良のものを選んでいきます。その他にも、細胞に電極をひっつけるまでのテクニックとして、ルーズパッチや、ブラインドパッチなどがあります。

上の説明を見ていると、「パッチクランプは(電圧を固定して)電流を測ることが多い」ということに気付く方もおられるかもしれません。電気生理学としては、もちろん神経発火(つまり電圧)を見ることが重要な局面もありますが、あくまでもイオンの動きは電流として表れるのであって、電圧はその副産物でしかない(あるいはイオンチャネルの活動を決める因子でしかない)ので、電圧を固定して電流を観察することが多くなります。パッチクランプで用いる測定機器(アンプといいます)もそういった理由もあって、電圧よりも電流を測ることに長けるように設計されていたりします。

というわけで、次回はその「アンプ」について、中身を簡単に紹介したいと思います。「生物と物理の融合」を感じて頂ければ幸いです。

それでは今回はこのあたりで。
読んでいただいてありがとうございました!

p.s.
質問等あればいつでもTwitter質問箱でお待ちしています!

お心をもしも戴くことができましたら、励みになります。