見出し画像

ジーンズショップの夜

自分の初めてのバイトは、ジーンズショップでした。とだけ言えばオシャレっぽく聞こえますが、当時も今も、ファッションに造詣が深いのかというと、そんなことはありません。

なんせ、右も左も分からない、でもとりあえずお金だけは欲しい、やる気はないけど欲だけはいっぱい、というボンクラ学生でしたので、タウンワークに載っているところに、片っ端から電話を掛けていたのです。

その中にたまたまジーンズショップがあって、その面接にたまたま受かったのです。正直、絶対に落ちたと思っていたのでびっくりしました。

というのも、面接中にケータイの着メロが鳴ったからです。マナーモードにしていなかったのですね。面接でいちばんやってはいけないミス。

その瞬間から頭が真っ白になり、その後のことはよく覚えていませんが、面接官であるところの店長の「その着メロ、なんの曲?」という問いに「…………あいかわななせ」と答えたことだけが、記憶の引き出しの奥のほうにあります。トラブルメイカー。

それから3日が経っても連絡が来なかったし、諦めて次のバイトを探していた矢先、店長から電話がかかってきた時は本当に驚きました。

それから現場に入り、仕事を覚えていくのですが、ここで自分がいかに常識知らずであったかを思い知らされます。

お客さんの前で壁にもたれないとか、人を指でさすなとか、そういうレベルなのですが……。

このあたりのことは今でも思い出すと、己を恥じる気持ちと、周りの方々への申し訳ない気持ちでいっぱいになって、発狂しそうになるのですが、それはひとまず置いておきます。

そのジーンズショップは街の商業施設の中にあって、午後9時が閉店時間でした。駅からも遠く、ちょっと辺鄙なところにあるので、近所のおばさんや地元の学生が帰っていく8時以降は、けっこう暇。

中には8時で閉めるテナントもあるので、だんだん周りの灯りが少なくなって、薄暗くなっていく。この感じが自分は好きでした。夜に近づけば、それだけバイト上がりの時間が近くなるというのもありましたが。

普段は人がたくさんいるはずのところが、誰もいなくて静かな状況、というのは、なんとなくドキワクするものです。夜の校舎に忍び込む小学生の気持ちがよくわかります。夜の校舎に忍び込む小学生って、漫画でしか見たことないけど。

静かな商業施設の中でも、とりわけ静かで誰もいないのが、従業員用の扉を開けた向こうの通路。この通路の一角には、この施設の本部の事務所があります。

その事務所にいらっしゃる、かなり偉い方に、レジから抜いてきた売上金を上納するのです。

一般の人は入れないところを、大金を持って歩いていると、なんとなく悪いことをしている気分になる。しかも辺りは薄暗い。ちなみに監視カメラがしっかり見張っているので、ここで盗みを働こうものなら即刻バレます。

ある夜、同い年のTくんという大学生と一緒に、お偉い方に上納金を渡しに行きました。ジーンズショップなので服装や髪型は自由、よって、Tくんは茶髪にピアスの典型的なチャラ男でした。

ついでに、あんまり言いたくないけど自白すると、当時の自分は茶髪と黒髪のメッシュでした。メッシュなどとカッコつけましたが、本当は毛染めに失敗して、一部分しか染まらなかっただけです。

家の風呂場での毛染めは、私の経験上おすすめしない。とんでもねえことになるから……。

そのTくんは、チャラいけど、性格はとてもいいやつでした。

とても純粋な心を持っていて、いつもケータイに入れている、彼女さんとのプリクラ2ショットの写真を見せてきては、俺の彼女ばりかわいいやろ?と惚気話を始める、愉快でチャラい友達でした。Tくんは、その夜にぽつりと言いました。

「これ、誰かがいるからあるお金やねんなあ」

バイト代というものは、店の売上金から出るもの……という理屈そのものはもちろん知っていましたが、こちとら金さえもらえればいいと思っていたので、この上納金の裏には、その日のお客さんたちの姿があるということは、考えもしませんでした。

そしてその日から心を入れ替え、誇りを持ってバイトに励んでいたかというと……、あれ?覚えていない……。いや、真面目に働いてはいましたが、相変わらず、いちばん好きなのは閉店後の時間でした。

ていうか、開店中のことをびっくりするほど覚えていない。

当たり前のように先輩にマクドナルドのハンバーガーを奢ってもらったとか、段ボール10個ぶんの検品を忘れていたことが夜になって発覚したとか、迷惑をかけたことしか思い出せない……。あと、アレと、アレと……。やべえ発狂しそう。

サウナはたのしい。