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『能力者温泉 チカラの湯』第5話:西九条ネンジのご失敗

これまでのあらすじ

清掃のバイトに受かりました。

登場人物

天王寺(てんのうじ)トール

ヘタレ浪人生。透視能力者。島で最大の商業施設であるCHIKARAモールの清掃のアルバイトを始めた。絵が上手いが萌え系4コママンガの影響を受けすぎているため美少女しか描けない。CHIKAモールが運営するスーパー銭湯「チカラの湯」の店内でノートを落とした。

森ノ宮(もりのみや)マホミ

ループ魔法学園1年生。空を飛ぶのが苦手な魔法使い。本人いわく、物質変換系の魔法は得意らしい。ある日たまたま空から降ってきそうになり、その日たまたまトールのノートを拾った。甘党。

安治川口(あじかわぐち)オサム

CHIKARAモールの清掃の仕事をしている吸収系の能力者。両腕に着脱式のノズルがあり、そこからゴミなどを吸い込む。自分の能力をあまり快く思っていない。部屋が汚い。

「きょ、今日からここで働くことになりました!え、えっと、天王寺トールです!よろしくお願いします!」

お辞儀をする時は背中を45度。……ネットで学んだマナーを実践したつもりだったが、極度の猫背のせいで、ただ屈んでいるだけのような姿になっている。

「俺、安治川口。よろしく。つーかアンタ、この前フードコードで寝てた奴だろ?」

「え?あ?あっ、はい!」

なんとも馬鹿っぽい返事をしながら、ああ、あの時の吸収系の能力者の人か、と思い出した。

「ま、単に掃除するだけだから難しいことはないけど、アンタ吸収系じゃねえだろ?ちょっと体力使うかもな」

「体力?」

と、最初はピンと来なかったが、実際に清掃の仕事をやってみるとよくわかる。広いモール内でのモップ拭きは腕も足も使う全身運動だし、かなり力を入れて入念にゴシゴシ洗わないと取れない汚れもある。とりあえず床にガムを吐き捨てる奴は○ねと思った。

モールの半分くらいの距離を回った頃には、もうクタクタになっていた。そして、知らぬ間に3時間が過ぎていた。従業員用の更衣室で、安治川口さんと再会した。

「おう、お疲れ。どうだった?」

「けっこう体力使いますね」

「な?言ったろ。今日は初日だから床だけだけど、他にテナントのゴミ回収とかトイレ掃除とかもあるな」

「うわあ……」

僕は3時間で上がりだが、安治川口さんは社員なのでまだ仕事があるらしい。「お先に失礼します」と僕が言う前にはもう、ゴミ吸収のためのノズルをつけ直していた。いちおう着脱式とはいえ、自分の体内にゴミを入れるってイヤだろうなあ。僕は吸収能力者じゃなくて良かった。まあ、透視能力者も微妙だけど。

「あ、そういや、知ってるか?」

ふと思い出したように安治川口さんがこちらを向いた。

「隣のスーパー銭湯あるだろ?あそこ、CHIKARAモールと同じ会社が経営してるから、名札見せたら従業員は無料で入れるんだぜ」

それはとても良いことを聞いた。さっそく労働の疲れをほぐしに行くことにした。

ジェットバスの気流に腰と背中をマッサージしてもらいながら、僕は空を眺めた。四六時中ずっと魔法使いの彼女のことが頭から離れないせいで、いちいち男性著名人の顔を思い浮かべて精神を安定させずとも露天エリアに出られるようになったのは良いが、空を見上げると溜め息が出てきてしまう。

こんな時はサウナである。自動ロウリュウの高温で身体とともに煩悩も滅却するのである。意気揚々とサウナ室に入ったが、あいにく、いちばん上の席には高校生と思しき集団に先取りされていた。サウナでは、いちばん上の席が最も熱い。一気に身体を暖めようと思ったのだが、いた仕方ない。

今は受験シーズン真っ只中のはずだが、高校生たちは指定校推薦などでもう進路が決まって余裕があるのだろうか。ちゃんと勉強しないと僕みたいに親に土下座して1年間の猶予をいただくことになるぞ。まあ他人にそう忠告する前に、再び土下座する羽目になるかもしれない成績なんだけど。

上から2段めの席を確保し、彼らの雑談を聞きながら目を瞑る。

「おまえ、ループ魔法学園に推薦決まってんだって」

「ああ。といっても普通科だけどな。他の学科は実技試験があるからどうしても無理だけど、普通科は基礎学力さえある程度あれば推薦取れるから」

「つっても、せっかく魔法学園に入って普通の授業受けるのつまんなくね?」

「魔法を実際に使うことは能力者にしかできないけど、魔法について学ぶことは誰にでもできるんだぜ」

「おまえ、魔法に興味あんの?」

「ぜんぜん。ただ、俺は生まれついて記憶術が身に付いてたから、ものを覚えることが得意なだけだよ」

「でもさあ、なんでその中で魔法学園なのさ。記憶術で勉強しまくりたいなら、でかい図書館がある大学だってあるぜ。それに、おまえ成績いいからもっと偏差値高いとこ一般で受けてもイケるだろ?」

「……それはなぜかというとな……。オープンキャンパスの冊子見てたら、可愛い子が多くてさあ」

その後はクラスの女子の誰それが可愛いとかそういう話題に移行していた。スーパー銭湯の男風呂での友達どうしの学生はこの手の修学旅行ノリな話を延々としていることが多い。エロトークも多い。しかし僕は魔法少女のあの娘ひとすじなのでそんな低俗な会話になど……しかし魔法学園か。……ん?

この島で唯一の魔法専門学校であるループ魔法学園に入学すれば、彼女に会えるかもしれない。専門学校という呼び名ではあるが、保育部から大学院まですべてを統合したところであり、日本でいうところの附属学校に近い。

学科数が非常に多いことで有名で、普通科や文学科、人間科学科、激辛調味料実験科などは特に魔法系の能力者でなくても試験にさえ合格すれば入学できる。

どうせ特に志望校もないのだ。ひとつでも大きな目標があるところを志したほうが勉強にも身が入るというものだ。

よし。帰りに新しいノートを買おう。この前に買った普通科社会学のノートは魔法少女イラスト集(R15指定)になっちゃったしな。

さて、バイト2日めだ。どうせ暇な浪人生だし、お金も欲しいので、週5でシフトを入れたのだ。初めは週6にしようかとも思ったが、契約の都合上で週2の休日を取るように命じられているらしい。ホワイトだ。

モールの裏手にある従業員専用入り口に入り、警備の人に名札のバーコードをスキャンしてもらう。綺麗なタイルで埋め尽くされた店内とは真逆の、コンクリートの薄暗い壁に覆われた更衣室に入り、作業服に着替える。

安治川口さんの姿が見えたので、「おはようございます!」と挨拶する。バイトの挨拶は昼でも夜でも「おはようございます」らしい。何故なのかは知らない。

「おお、おはよう。あ、こちら、西九条さん」

安治川口さんの後ろに、ひょろりとした青年の姿が見えた。坊主頭に面長な顔だ。

「自分、今日からここでお世話になる西九条っす。よろしくお願いしますっす」

……あれ?この人、わりと最近どこかで見かけたぞ。そしてこの口調……。

「あ!」

西九条さんとほぼ同時に、思わず声が出た。

「あの、チカラの湯に隕石が落ちてきた時のっすね!」

「念力使いの方、ですよね……」

「あの隕石は本当に何だったんっすかね?幻っすかね?」

「いえ、あれは魔法少女です」

「?魔法っす?」

「実は僕、透視能力者でして……かくかくしかじか」

この回から読んだ人には何を言っているのかさっぱりわからんであろうやりとりをひととおりして、今日のお仕事へと向かった。何を言っているのかわからない人は第1話を読んでくれ。ん?僕は誰に何を言っているんだ?

「いやー、思ってたよりラクっすね」

雑巾を念力で動かし、遠隔でゴシゴシさせながら言う。なんかちょっとズルくね?訊いたところ同い年だそうだが、僕に反タメ語で話す。

西九条さんの下の名前は念時(ねんじ)。念力の他に、時間を操れる能力もあるらしい。

「自分、念力より時間操作能力を極めたいんっす。念力は正味別にどうでもいいんす」

だそうだ。

「時間を操れたら、過去や未来へ行けるっす。一度すれ違ったきりの、もう一度会いたい人にも会えるっす」

「いいですね……」

一度すれ違ったきりの、もう一度、会いたい人。

「だから自分、日々修行積んでるんす。スクワットを毎日300回やってるっす。昨日からは腕力を上げるために筋トレとプロテイン摂取も始めたっす」

その修行は、果たして時間操作能力のアップに繋がるのだろうか。

「ちょっとやってみるっす。このゴミ袋を、1時間後の事務所裏のゴミ捨て場に送るっす」

そう言って安治川口さんは、ゴミ袋に両手を当てて目を閉じた。僕は目を見開いてそれをずっと観察していた。するとゴミ袋はたちまちのうえに消え……、 消え……、あ、あれ?視界に何も映らなくなったぞ?ちょっと待って!ここどこ?安治川口さーん、安治川口さーん……。

「ここは……いったい……?」

やっと開けた視界に見えたものは、どこかの教室だった。そして、目の前にいる少女は……。

「あ!」

「あ!」

「あの、ノートの……」

サウナはたのしい。