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ネイルとピアスがわからない

価値観は人それぞれだとは思うのですが、自分がどうにも理解できないファッションがふたつあります。

どちらもメジャー中のメジャーなもので、非常に申し上げづらいのですけれども……。

ひとつはネイルアート。

爪が汚いのは嫌だから手入れする、というのはまあ、わかる。なので、マニキュアは理解できるのです。

自分も小学生の頃、マニキュアを塗りたいと思って、お母さんの化粧台の中から……、ではなく、お父さんのプラモデルが並んでいる戸棚から、タミヤの接着剤をこっそり拝借して、それを爪に塗りたくりました(※真似してはいけません)。

タミヤの接着剤はなんかヴィジュアルが化粧品っぽく見えたのです(何をいっているんだおまえは)。

ただ、ネイルアートとなると、どうもいまいちわからない。

綺麗な赤やピンクに塗る、というところまでは理解できますが、緑とか紫とかの本来の爪とは掛け離れた色になってきたり、そこにパワーストーンを仕込むとなると、「?」と首を傾げたくなってしまう。

そもそも、爪に何かをくっつけるというのが自分には謎でしかない。物を掴む時とか邪魔じゃないのか、スマホを弄るのしんどそう……、などと考えてしまう。

もうひとつ、いまいち理解できないのは、これもまた言いづらいのですが、さらにメジャーなアイテムであるピアスです。

本音をもっといえば、イヤリングもわからないのですが、わざわざ耳に穴を開けるピアスというのが、自分にはよくわからない。最近はそんなに痛くないらしいけど、いずれにしろ自傷行為には変わらんだろう、とか思ってしまう。

最もスタンダードな耳につけるピアスが、まず自分の理解の範疇を超えているので、鼻とか口元とか眉毛の辺りとかになると、もう異次元の領域。

ち○びとかちん○に付ける文化もあるそうで、その文化そのものは肯定されるべきだとは思いますが、自分は一生しないだろうなあと思う。だって、その、なんか、……痛そうだし。

それをいうならタトゥーだって、彫る時に相当な痛みを伴うらしいですが、見た目にはそれが表れないので、ただ腕や背中に模様があるというだけ、という認識でいます。

でも、ピアスは、人体に穴が開いているのが見えるのですよ……今までに何度かピアス穴を自慢されたことがありますが、今ここで自白すると、できるだけ見ないようにしていました。注射されているのを見るのと変わらない。

自分は針で肌を刺されるのがダメで、実際に射たれている時は、できるだけそっち側を見ないようにするし、医療系ドラマでそういうシーンが出てきたらそこだけ目を逸らす。先月に接種した例のアレのワクチンは、上腕の注射だったので角度的に見えませんでしたが、あれは助かった。

ちなみに刺されているのを見るのがダメというだけで、注射そのものに抵抗があるわけではありません。献血もしますし。身体が器具で痛めつけられている、というのが生理的にダメなのかも。

プロレスでも、殴る蹴るところまでならふつうに観られるのですが、有刺鉄線をグサグサ刺しているのなんかはもう「うわぁ……」と思ってしまうし、映画『時計じかけのオレンジ』で、目の周りをいくつものクリップで留められる痛々しい映像がありますが、アレも無理。

だからといって、世の方々にネイルやピアスをやめろとは全く思わないし、爪を替えるのが好きな人も、ピアス穴を開けるのが快感という人もいるみたいなので、それはそれで文化だとは思うのですけどね。

いっそのこと、女性になってみれば、その魅力が初めてわかるのかもしれない。

それには転生するしかない。ネイルを知るため、ピアスを知るため、美少女に生まれ変わって読モになろう。来月のJJの表紙は俺だ。

というわけで、ちょっとトラックにぶつかってきます。


サウナはたのしい。