見出し画像

「よくないねえ」

以前に勤めていた会社で営業職に就いていた頃、某家電量販店の中で働いていました。

この「以前に勤めていた会社」は1年間くらいしか在籍していなかったのですが、あまりにも成績が悪いダメ社員だったがゆえに、部署を盥回しにされ、テレアポ、訪問販売、クレーム処理、書類取り係、アルバイト教育、店頭販売と、色々とやっていたのですが、そのうちの店頭販売です。その少し前に注目されていた、オール電化のコーナーを担当していました。

といっても、商店街の店屋さんのように「らっしゃい!らっしゃい!」と呼びかけるわけでも、入り口で風船を配るわけでもありません。

最初の頃はビラ配りをしていましたが、あまり効果がなく、紙代がもったいないということで廃止。

自分はこのビラ配りがけっこう得意で、初めて我が能力でまともに会社に貢献できる仕事にありつけた……。と思っていたのですが、ばっさり廃止されてしまってがっかり。

店内に机を置いてブースを作り、簡易的な旗を作って、椅子にずっと座る。

もちろんそれだけでは誰にも気づいてもらえないので、声かけをするのですが、先述のように、商店街みたいな「らっしゃい!らっしゃい!」みたいな掛け声を上げるわけではありません。

店内をうろついているお客さんに近づき、「すいません、ちょっとよろしいですか?オール電化のご案内なんですけど~」と、直接的に話しかける。

もちろん、すべてのお客さんがオール電化に興味があるとは限らないので、断られたり、スルーされることは当たり前。

それでも根気よく、いろんな人に当たっていく。キャッチセールスに似ている。というか、ほとんどキャッチセールスである。

で、自分はといえば、このキャッチセールス的なトークが、何をどうしてもできませんでした。

性格がシャイだから、というのは確かにありますが、「らっしゃい!らっしゃい!」と大声で呼び込むことはできるし、「よろしくお願いします~」と言いながらビラを配ることはいくらでもできる。

いきなり知らない人の家のインターフォンを押して、インターネット回線のご案内をして、そのまま契約してもらうこともできる、

ただ、そのへんの道を歩いている人に、いきなり話しかけて営業する、ということが、どうしてもできなかった。

普段でも、知らない人に道を訊くという行為は苦手ですが、別にできなくはない。

しかし、そこにセールスが加わると、なぜかどうしてもしどろもどろになり、あ、やっぱなんでもないっす……という感じになってしまう。

営業にはロープレというものがあるのですが、これは、現場に出る前に、お客さんと交渉していると仮定して営業トークを話す練習をする作業です。

ひとりでやる場合は壁に向かって話したりしますが、大抵は相手のお客さん役を誰かにやってもらいます。この時、話し相手のお客さん役には、アウトと呼ばれるセリフを適当に捩じ込んで返してもらいます。

アウトとは簡単にいえば営業への断り文句のことで、「今いそがしいので」「間に合ってます」「予算がない」などです。

たぶんどこの営業でも、こういうよくある断られ方への対処法マニュアルみたいなものがあるはずです。あと、おすすめのサービスを契約してもらうためのマニュアル。

一般的にいちばんわかりやすい例でいえば、ケータイショップのプランですね。

ケータイを契約する時になんかよくわからんオプションをゴリ押しされた経験がある方は多いと思いますが、あれはたぶん営業成績にそれが反映されるからで、たぶんゴリ押し用のマニュアルもある。

ケータイでよくあるのは、無料期間中に解約していただけばいいので契約だけはつけてもらう(一瞬でも登録したことがあれば契約者数に加算されるので)というパターンですが、話が逸れるのでそれはともかくとして、そういったお客さんとのやり取りを事前に練習するロープレ、自分はとてつもなく嫌いでした。

理由はものすごく単純で、まあ、とてつもなく疲れるのです。あと、ずっと同じことを言い続けるので、いざお客さんの前で喋る頃にはもう飽きてきていて、自分のトークに自分でムカついたりして、情緒不安定になってくる。

まあ、世の中には人と話すのが大好きという人もいて、そういう人なら向いているのかもしれませんが、残念ながら自分は、1日のうちのいずれかは誰とも接しない時間がほしい、という陰キャなので。

まあ、自分の不甲斐なさが原因であることは自覚しているのですが、正直しんどかったですね。

キャッチセールスができるようになるためにロープレをしているのに、そのロープレで疲れ果てるせいでキャッチセールスができないというループ。

ストレスはこの時期がいちばん酷く、当時はタバコを吸っていたのですが、隙あらば裏の喫煙所に逃げ込む始末。上司がいない時なんかは15分に1回くらいのペースでサボっておった。

サボっているのは何も自分ばかりではなく、ゴルフコーナーを担当していたおじさんも、しょっちゅうここにいました。

髪型はオールバックでガチガチに固め、ブランドもののグレイのスーツ、吸っている銘柄は忘れたけど、マイルドセブンとかキャスターとかのサラリーマン御用達ではない。乗っている車はセルシオかプレジデントっぽい。

というか、全く電気屋の店員に見えねえ。漫画ゴラクに出てくるタイプの人だろ……。天王寺大先生の原作だろ……、と思っていたものの、実際にヤ○ダ電機のゴルフコーナーに立っていたのだから、ちゃんと電気屋の店員なのである。

そのゴルフコーナーはお世辞にも繁盛していたとはいえず、売上がいかなるものだったかは不明ですが、いつ見てもヒマそうでした。すぐ近くにゴルフ専門ショップがあったのも痛かったのかなと。

普段の自分ならまず接することのない相手なわけですが、倉庫の一角にベンチを設けただけの狭い喫煙所で、お互いに毎日のように腐るほど姿を見ているのにずっと無言なのも気まずいと感じたのか、ヤク○にしか見えないそのおじさんは、煙をふかしながら、ひとりごつように言いました。

「よくないねえ……」

うん、確かに、なんか、良くない。それはわかっていますが、特に何も返せず、おじさんの発言をスルーしたような感じになってしまい、さらなる気まずい空気が流れたので、さっと売り場に戻りました。

ガラス張りの窓越しには駐車場が見え、ハザードランプを点けたまま駐めている車を見つけたので、店長に業務連絡。これで4台目である。

営業よりもハザードランプを点けたままの車を見つける作業のほうが遥かに得意だ。この仕事なら年収1000万円プレイヤーになれる自信もある。などということを妄想しても意味がない。

ああ、よくないねえ……。

結局、オール電化という商材そのものが社長の望む収益を見込めず、部署そのものが解散したので、ヤマ○電機とは袂を分かつことに。

その数年後、たまたまお客さんとしてその店舗に入りましたが、ゴルフコーナーのおじさんの姿は見当たりませんでした。

ハザードランプを点けている車もいませんでしたが、駐車枠じゃないところに置いている迷惑な車はいました。でも店長には言いませんでした。私はもう、オール電化コーナーの人ではないので。

サウナはたのしい。