短編小説 冬、みかんの味



 みかんの皮を剥いて果実を取り出すと白い筋が気になる。祐未は筋を一本づつ取りながら口の中にみかんを一房放り込む。じゅわっと果汁が広がって思わず頬が緩む。こうなるとこたつが欲しいところだが、インテリアを考え毎年我慢している。温もりと見た目の板挟み。悪い悩みではないと祐未は思う。

 寛二は風呂に入っている。スマホをジップロックに入れて持ち込んだはずなので小一時間は出てこないであろう。祐未は残りのみかんをさっさと食べるとため息をついた。寛二を待ってお喋りをしても良いのだが今日はなんだか疲れていた。ベッドに行こうか。
 しかしそうすると祐未は寛二と一週間は話していない事になる。本当に一週間だったのか忘れてしまうくらい寛二と祐未の距離は離れている。
 心はきっと繋がっている。喧嘩をする時間すらないのだからそう信じることはできる。でも物理的には。

 一瞬だって離れ難かったあの頃のことを思い出すことができる。同じ部屋にいれば見つめ合いたくなり、見つめ合えば触れたくなり、触れればキスをしたくなる。一晩があっという間で眠らなくても次の日の夜のことを考えれば仕事はこなせた。みかんを食べる時間などなかった。
 情熱的な時は去ってしまった。それでもまだどこか期待している祐未がいた。小一時間の風呂を待つ情熱は無かった。しかし一人でベッドに入っても寝付けないのは分かっている。
「ああっ」
 思わず声が出る。あの頃みたいにとは言わない。寛二と通じ合いたい。祐未は頭を抱えた。そして様子を見に行こうと思った。

 バスルームは洗面の横にあって洗面台の下の棚からボディソープを取り出すと、祐未はバスルームのドアを開けた。
「ボディソープ、なかったよね?」
「お、お?」
 寛二は風呂に浸かりながら、ジップロック越しにスマホをいじっていた。浴室内にはゲームの音楽が響いている。
「ボディソープ、あったよ」
「あ……」
 身体を洗い終えたと思しき寛二と目が合う。戦いの音楽が浴室内に響く。祐未は顔が上気したのが分かりあわててドアを閉めた。寛二の裸を見たのは久しぶりだった。
「そうだった?ごめん、勘違い」
「おー」
 ボディソープを足拭きマットの上に置き、祐未は居間に戻る。ドキドキしていた。同時に自分が恥ずかしくなった。
 みかんの皮を片付け、ゴミ箱に捨てた。そして急いでベッドまで行き、布団の中に潜った。
 0時を回っても寛二が寝室に来ることはなかった。

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