短編小説 FMから
雨は強くなり、サヤカは窓の外を眺めるとため息をついた。この後サヤカは郵便局に行かねばならず、傘は折りたたみの小さな日傘兼用のものしかない。
営業の者が車に乗せてくれないかと考えたがあいにくみな出払ってしまっている。
サヤカは覚悟を決めると郵便物を手に席を立った。
あの日もこんなふうに土砂降りの雨だった。赤いスポーツカーの中で三周した、ゲームのような電子音を繰り返す音楽にサヤカは辟易していた。これは運転手のタクミの好みなのだ。彼はいつも外からも聞こえるほどの爆音で音楽を流していた。
助手席のサヤカはカーステレオから流れる音楽を何かのタイミングで変えたいと思っていた。だから天気のニュースを聞きたい、と思いついた時晴れやかな顔をしていたと思う。
「FMにしていいかな?」
「どうした?」
「ちょっとニュース聞きたいなって」
タクミは分かるほど不機嫌な顔をしてステレオを弄り始めたサヤカを威嚇した。車のスピードが上がる。サヤカは地元のFM局を探し当てると不穏な空気に眉をひそめた。
完成された彼の空間にお邪魔してるに過ぎない私は異物なのだとサヤカは思った。いや、カノジョとして置かれているのかもしれない。彼の完璧な空間にはウットリする女性が必要なのかもしれない。ただ、それは私では無い、とサヤカはうんざりした。
ラジオからはカウントダウン方式で流行りの曲を流す番組が流れていた。流暢な英語を混じえ女性が次の曲を紹介した。電子音である。
するとタクミがふと嬉しそうな顔をする。
「これ、カバーしたんだ。歌ってるの誰だ?」
「え……。ミッタンの声に聞こえるけど」
ミッタンは最近「彼のGeroを飲みたい」でデビューした歌手である。学生の間で火がつきサヤカでも名前を知っている。
タクミとサヤカは八つ歳が離れている。タクミが中学生の時にこの曲流行った、と言った。
「もしかしてこの曲好きなの?」
サヤカが問うとタクミは頷きさっき流していた爆音の音楽について思い出話を始めた。
サヤカは水溜まりを避けるように走りながらあの時FMから聞こえたミッタンの曲を口ずさんだ。車好きのタクミは後に貰い事故をしてスポーツカーを引退し、その時車をぶつけてきた女と結婚した。
赤い車をみかける度、サヤカは運転席を確認する癖がついた。タクミは愛撫が下手だったがピロートークは世界一上手かった。
冷たい雨のなかサヤカは走る。昔の歌を歌いながら。