短編小説 ロックスター
「ああ、ブレてちゃんと撮れない」
海斗が笑いながらスマホをゆらゆらさせているので比呂は画面を覗き込んだ。
「ムービーで撮ればいいよ」
そのままムービーのボタンを押して、海斗の画面に映り込む。ピースをして、すぐにやめた。ピースは古いとおもったのだった。
「比呂さん、笑って」
海斗は笑ったまま比呂を映す。比呂ははにかんだ。そして言った。
「今日のお前、忘れないよ」
「なんすか、それ」
海斗はずっと笑ったままだ。比呂は海斗の頭を撫でた。若かったら抱きしめていただろうと思う。海斗は不愉快そうにムービーを切り、比呂から視線を逸らした。
「子供扱い、ですか」
比呂は小さく笑い、海斗の頭から手を離した。そして冷蔵庫まで歩くと中からビールを二本取り出し、一本を海斗に投げようとしたが海斗があまりに慌てるので右の口角を上げた。
ビールを開けて一口飲むと海斗が冷えたビールを取りにやってくる。へへ、と嬉しそうに酒を嗜む海斗を見ているとあながち子供扱いという表現も間違っていないように思えた。こいつは子供だ。
比呂が人気絶頂期にバンドを抜けて、ソロ活動を始め、何度もサポートを替えていた頃に来たのが無名の海斗だった。ずっと憧れていた人のサポートができるなんて幸せです、と海斗は言った。それを聞いて比呂は鼻白んだ気分になったが、海斗は犬のように比呂に懐いた。技術はそこそこだったがそんな事は気にならなかった。若い才能は成長する。比呂には目的地が無かったので待つのも苦では無かった。
そんな事より楽しく音楽ができる事が、自分の言葉を聞いてもらえる事が心地よかった。バンドの頃ほどの人気は無くなったがそう、そこそこの売り上げをあげることはできている。
目的地を、海斗はどこに置いているんだろう。比呂はそう遠くない将来海斗はどこかに行ってしまうのではないかと思っている。比呂が海斗と同じ頃は上を見て生きていた。だから部屋に呼んだ。海斗の本音を聞きたかった。
初めてここにやってきた海斗は想像通り興奮し、値のはるギターを眺め、撮っていいかと聞いてきた。
ビールは冷たい方がうまい。タイミングは今だろうと分かってはいるが、なかなか海斗に切り出せない。
「何か食うか」
キッチンに向かおうとすると海斗が制す。
「ギターをつまみにしましょう、色々聞きたいです」
比呂は瞬間、自分の目の中に哀しみが宿ったと思った。
「俺は過去の話は嫌いだ」
子供っぽい返答をした事を比呂は恥じた。
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