怪談百物語#9 木漏れ日
私は小学生の時、短いだが間入院していた。
車にはねられて両足を折る重傷。
術後二か月、小児病棟で過ごした。
その時たくさん友達ができたのだが、これはその中の一人に聞いた話。
僕の入院していた病院は都会にあった。
周りは田舎だから、ちょっと重い病気になると皆ここへ見てもらいに来る、
地域で一番大きな病院。
小児病棟のみんなも、知らない学校や町から来た子が多い。
その子達の中に僕の親友がいた。
その子も僕と同じで両足を骨折していたんだけど、
僕とは違って山で遊んでるうちに転がり落ちたらしい。
「一番下が岩でさ、思いっきり打っちゃったんだよね。」
「田舎の遊び怖い。山で遊ぶの止めたら?
マンガとかゲームとかあるでしょ。」
その子とはいつも同じ場所で遊んでいた。
病棟の中庭にあるベンチ、木陰で涼しくて居心地が良い。
病院は都会だけど、ここはちょっと自然があって落ち着く。
そこで両親が持ってきてくれた漫画を二人で読む。
木漏れ日が射す、お気に入りの場所だった。
僕より早く入院していたその子は、退院してもしょっちゅうお見舞いに来てくれた。
いつものベンチに行って、漫画の話をする。
「入院してる間にはまっちゃってさ、お小遣い全部使っちゃった。
続きが気になって仕方ないんだ。早く新刊出ないかなあ。」
笑顔で話す姿が嬉しい。
だけど、おすすめしてよかったのかな。
「漫画ばっかり読んでちゃだめだよ。」
「いいんだって。家でちゃんと勉強もしてるし。
ここならゆっくりできるからさ。見てよこれ、変なの。」
「もう。どれ?反射して見えないよ。今日、ちょっと眩しいね。」
「ああもう。ほんと眩しいなあ。ちょっと、こっちならどう?」
木漏れ日が射すベンチ、いつものお気に入りの場所だけど
その日は日差しが強くて漫画を読むどころじゃなかった。
その子の周りだけ特に明るくて、
どれだけ避けても、木漏れ日がその子の目に当たる。
読めないじゃん、とその子は怒る。
それを見て私は笑うと、つられてその子も笑う。
木漏れ日の射す笑顔はとっても眩しくて
退院しても仲良しでいたいな。
なんて思った。
次にその子と会ったのは病棟の中。
両目に包帯を巻いた姿で、私に気付かないみたい。
手を引かれて歩く姿に掛ける声がなくて
じっと見ていた。
僕の退院が近付いた日、勇気を出して話しかけた。
「あの日の帰りさ、自転車で走ってたら転んじゃって。
街路樹の方に転んじゃって枝がグサグサって。」
少しずれた方を向いて話すその子に
僕は話すかどうか迷っていた。
あのベンチ、あの木について聞いた噂。
以前この病棟は小児病棟じゃなく普通の病棟だった。
そこに酒好きで体を壊した男が入院していたが
こっそり酒を持ってきていて、隠れて飲み続けていたらしい。
家族にはあきれて見捨てられ
誰もお見舞いに来なくなった。
どんどん酒に逃げた男は症状が悪化して
視力と手足を失ったらしい。
どこにも行けなくなった男はある日
あの木で首を吊ったらしい。
目も足もない姿でどうやったのかはわからない。
たまたま中庭を歩いていた看護師が、木にぶら下がる男の影に気付いて発見された。
降ろした遺体を見て看護師は不思議そうに
「あの人、手と足が生えてるように見えたけど。」とつぶやいた。
木漏れ日に浮かんだ影には四肢を補うように枝葉の影が地面に浮かんでいたそうだ。
あの子のお見舞い、今度はぼくが行く番だ。
親友の両目はほぼ治り、退院が近いらしい。
ベッドに座って、僕の方を向いて話すその子の
口元に浮かぶ笑顔は相変わらず可愛い。
でもその後何度お見舞いにいっても
僕もあの子も、あのベンチに近寄ることはなかった。
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