見出し画像

怪談百物語#7 どこからでも

このマンションは家賃が安い。
まわりと比べても暖違いだ。
理由は簡単、でるんだ。幽霊が。

毎晩0時になると、どこかの部屋に霊が現れる。

――ピンポーン

ほら、こんな風にドアホンが鳴って

え?

来たの?うちに?
気いてはいたが信じていなかった。
本当に来るんだ。
ええと、どうするんだっけ。
契約の時に聞いた話を思い出す。

「あそこ霊がでるんですけど、いやほんとなんですって。
 だから安いんですよ。
 リフォームしてるんで家主さんは賃料高くしたいみたいですけどね。
 いえいえ、人が死んだりはしないです。
 そんな部屋貸せないですし、うちも契約しません。
 ただ入ってくるんですよ。
 どこにって?部屋にですよ。」

まずい、入ってくる。
鍵を閉めに玄関へ走る。意味があるのかはわからないが。

ドアにしがみついて鍵を閉めた瞬間。

――ピロン

後ろからドアホンの応答音が聞こえた。
出てもいないのにどうして。

「入ってくるんですよ。部屋に。
 でも鍵さえ閉めとけば大丈夫ですから。
 あー、でも一応テレビとか消しといてください。
 閉めてたのに入られたって方もいらっしゃいまして。」

思い出せ早く思い出せ。
続きは何だった。

「あの有名な映画みたいにね、テレビから出てきたらしいんです。
 だから、死なないですって。
 その方も一週間後、無事に引っ越されましたから。
 次の部屋はまあ、別のところで契約されたそうですが。」

嘘だろ。
震える膝を押さえつけながらリビングに戻る。
ドアを開ける。
何も変わらない明るい部屋。
違う。
横目でドアホンを、見る。

目が合う。
丁度、肩口まで出ていた。
ボサボサの髪をした男性か、女性。
こっちをみているその顔は、人に見えるがわからない。
ぼんやりとしていて捉えづらい。いや、捉える気もない。

そのままの姿勢で寝室に逃げこむ。
ゆっくりと。目を離さないように。
走れば相手も同じ速さで追いかけてきそうで、ゆっくり。
膝を抑えながら、ゆっくり。

この部屋だけ、寝室には鍵がついている。
他の部屋と違ってリフォームされた部屋。
それでも賃料は同じ。この部屋を借りた理由の一つだった。
ドアホンも他の部屋にはついていない。
裏目に出た。

――ガチャ、ガチャ

ゆっくりとドアノブを回す音がする。
ベッドにもぐりこむ。

「鍵さえ閉めていれば大丈夫ですから。」

業者の言葉が何度も響く。
大丈夫
大丈夫。
心配するな。ハハッ。
自分に言い聞かせる。

余裕ぶったふりで、布団から手だけを伸ばす。
枕もとで充電していたスマホを取る。

――ガチャ、ガチャ

ドアノブを回す音が聞こえる。
あいつらにも聞かせてやろう。
恐怖を隠すように、サークルメンバーをグループチャットに呼ぶ。

「今幽霊が自分のへやに

女だ。あれは女だ。短い髪をした。スマホの画面からゆっくりと
顔が
ボサボサの髪が溶けた頭から
肉。

翌朝目を覚ますと、握ったままのスマホが光っていた。
画面を見ると、サークルのメンバーからメッセージが届いていた。
期待させるな、だって?
こっちの気も知らないで。
顔を洗って大学へ行く準備を済ませる。

あの幽霊、業者の言った通りだ。
確かに死なない。
死ぬほど怖かったけどな。

あれから半年経つが、俺は今もあの部屋に住んでいる。
ドアホンはケーブルを切ってやった。
敷金の事を考えると、少し懐が冷えた気がした。
肝を冷やすよりマシだろって。
親父臭いな。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?