怪談百物語#18 習字教室
娘の通う小学校で体験した奇妙な話をここに記します。
PTAの総会の帰り道、友人から相談を受けた。
「学校の放課後、習字教室が開いてるんだけどさ。友達一人もいなくて寂しいんだよね。よかったら一緒に来てくれない?」
お願い!と頭を下げられた。
字が綺麗になるし、まあいいかな。と来週一緒に体験しに行くことにした。
午後7時。
教室に入ると懐かしい大きさの机、イス、窓からの風景が目に入る。
ノスタルジーを感じていると、先生が入ってきた。
初老で優しい雰囲気の男性。
挨拶も終わり、皆は習字セットを開いて書いていく。
体験の私達は学校にある習字セットを借してもらえた。
周りの人達の字を見ると結構上手い。
自分の字の汚さと比べてしまう。
「あっ、もー!汚れちゃったー。」
友人が点けていた腕時計に墨汁がついている。
それを見て私もすぐに腕時計を外した。
危ないところだった。
我ながら上手く書けた。
あれから二か月経った今も習字教室に通っている。
友人は飽き性だったのか、すぐに来なくなった。
私は字が上達するのが楽しくて通い続けた。
そのうちこの教室で新しい友達もできた。
「どんどん良くなってるね。次のコンクールに出してみたらどうだい?」
先生も優しく褒めてくれる。
褒められることが少なくなった昨今。
とても嬉しい。
ありがとうございます、と返して次の字を書く。
私に大会なんてまだ早いかな。照れながらそう思う。
教室が終わり、習字セットを片付ける。
「お疲れさまー。お先に。」
「お疲れ様です。また来週。」
慣れた人達は片付けも早く、すぐに帰っていく。
家に帰ればやることがたくさんある。
皆忙しいのだ。
私も片付けを終え、急いで帰る。
「気を付けておかえりね。お疲れ様。」
先生は最後まで教室の片づけをして帰る。
いつも最後は片付けの遅い私と先生の二人きりになってしまう。
教室の準備と片付け、先生の大変さが伝わってくる。
校門まで来て、教室に腕時計を忘れたことに気付く。
先生は忘れ物に気付いただろうか。
もしあのままなら、明日登校してきた小学生のおもちゃにされてしまうかもしれない。
急いで戻ればまだ先生がいて、教室が開いているかもしれない。
踵を返して教室へ向かう。
教室の電気は消えていた。
先生はどこだろう。
開かないかな、と願って、一応ドアに手を掛けてみる。
ーガラガラ
開いてしまった。
締め忘れたのかな。
内心申し訳ないと思いつつもこっそり教室に入る。
暗いけど、電気を点けると先生に見つかるかもしれない。
見つかっても謝罪すれば良いとは思うけれど。
後ろめたいことをしている自覚はあるので、スマホで照らしながら腕時計を探す。
腕時計は私の居た席に、そのまま置いてあった。
よかった。
急いで教室を出ようとすると、スマホのライトが壁を照らした。
一面に貼られた小学生の書いた習字。
普段は特別見ようと思わないそれらの中には、私よりも上手な字がいくつもある。
私が小学生の頃より皆上手だなあ。
並ぶ習字を眺めていると、一番右の隅っこに貼られている字が気になった。
他のと比べても一際綺麗で、艶かしい書体の字だった。
『あちら側』
そう書かれた作品には名前が書かれていなかった。
これを小学生が書いたの?
気付くと壁から剥がして手に持っていた。
まずい、端が千切れてしまった。
誰にも見られていない?
家に着いて鞄から半紙を取り出す。
小学校だから、習字が一枚なくなっても誰かの悪戯としか思われないだろう。
罪悪感と、気に入った字を手に入れた興奮で頭がいっぱいになる。
浮かれた頭でそう決めつけて、丸めていた半紙を広げる。
早く飾ろうと見た半紙には
『こちら側』
と書かれていた。
私はこの話を書いている今、家族に会えない場所にいます。
娘は転校先で元気にやっているでしょうか。
夫は新しい人生を進めているでしょうか。
私は今も、あの日のことを後悔しています。
消灯の時間が近いのでこれで。
2021.11.10
称呼番号332の手記より
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