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調査では「買う」と答えるけど、発売すると売れない「エシカル商品」の謎

※この記事はB Corpアドベントカレンダーの企画の一環で執筆しました。
 
こんにちは。
 
マーケティングPR会社パブリックグッドの菅原です。
国内24番目のB Corp企業で、代表をしております。
 
少し前のことになりますが、わたしが一番端っこのほうに在籍している「日本マーケティング学会」の年1回のカンファレンスに行ってきました。法政大学を会場に、大学の教授・助教授・准教授をはじめ、博士・修士課程の院生、学部生、さらには企業のビジネスパーソンまで、多種多様な研究者による研究発表が行われました。当日の様子は同研究学会のこちらが詳しいので、ご覧ください。

この記事では、当日報告された膨大な研究成果の中から、わたしが最も関心をひかれた発表、明治大学の加藤先生、フェアトレードラベルジャパンの潮崎さんたちの研究チームが取り組んだ「エシカル消費における態度−行動の 乖離メカニズムとエシカル要因を価値に転換するコンセプトの検討」について、個人の解釈とファインディングスを交えてレポートします。


●研究の概要
・研究チームのテーマは、学識界で「未解決のパラドックス」と呼ばれている現象、「意識調査では「買いたい」という結果が得られるものの、実際に企業がローンチすると販売に苦戦するエシカル商品」のメカニズムの解明
・まずそもそも意識調査において、回答者が「これはサステナブル関連の調査だ」と気づいてしまうと、「社会的望ましさバイアス(≒自分がどう思っているかというよりも、社会的に正しいとされていることを回答してしまう偏り)」がかかることが明らかに。
・そこで、サステナブル関連の調査であることが分からないように調査を実施すると、消費者にとって、エシカルやサステナブルといった要素は、購買行動にネガティブに働くことが分かった。
・研究チームは、この消費者の傾向を踏まえ、その商品がサステナブルであることそれ自体よりも、サステナブルであることが、消費者にとって高い価値を創出することに寄与しているという文脈のほうが、購買にプラスに働くのではないか、という仮説を構築。
・具体的には、コーヒー豆を題材に、次の3つの内容のメッセージ(実際はもっと長い文章)で購買行動にどう影響を与えるかリサーチをしました。もちろんこの調査も、回答者に、サステナブル関連の調査であることが分からないように実施されています。
A:このコーヒー豆は貧困問題や児童労働を解決するといったメッセージ
B:優れた働く環境だからこそ生まれる高品質なコーヒー豆といったメッセージ
C:土が良いからこそできる良質なコーヒー豆といったメッセージ

・結果は、AよりもB、Cのほうがより購買を促進することが分かりました。研究グループを代表して明治大学の加藤先生は、「エシカル消費という社会的意義が大きい行動を促進するためには、事業者はビジネスの基本である価値創出から目を背けてはならない」と締めくくりました。


●サステナブルと消費行動の接続
さて、皆さんはこの研究結果をどのように受け止められるでしょうか。特にB Corpに関心のある方々にはちょっとびっくりするような内容かもしれませんが、マスマーケティングを生業としているわたしには、とても納得感のある内容でした。
 
マーケティング戦略を練る際、扱う商材の価値規定は非常に重要な工程です。消費者は、当人の課題解決か、欲望充足のためにお金を払います。それが価値です。のどの渇きを潤したり、芸能人のようにきれいになったりしたくてお金を払います。先の研究報告では、エシカルやサステナブルもこの基本原則からは免れませんよ、ということが示唆されています。
 
当社はマーケティング業界初のB Corp取得に乗り出し、どうにかこうにか認証企業になれましたが、このサステナブルと消費行動への接続がわたし自身に課せられた大きなミッションのひとつと勝手に捉えています。あえて大げさに表現するならば、現状のサステナブルマーケティングは、「わたしたちはこんな良いことをしています」と一方的に発信しているにすぎないかもしれません。例えば、「町内会のごみ拾いを行っています。一緒にやりませんか?」と誘ってくる人はちょっと面倒くさいですよね。けど、「町内会のごみ拾いは実はダイエットに効果的なんです。一緒にやりませんか?」は、へー、いいかもって感じてもらえるかもしれません。めちゃくちゃ大雑把な喩えですが、サステナブルと消費行動への接続とはこういうことだと思うのです。
 
●B Corpが乗り越えるべきキャズム
さて、ここでさらに考察を深めてみましょう。わたしは、「わたしたちはこんな良いことをしています」という発信は、実は一般的な消費者との距離感を生み出してしまう可能性もあると考えています。ほんのちょっとだけ、専門的な領域に踏み込みますが、マーケティングには「キャズム」という考え方があります。以下のように消費者を5つに分類してマーケティング戦略を考える「イノベーター理論」に登場するキーワードです。
 

新商品・新技術は、 流行に敏感で知識も経験も豊富、新商品を真っ先に買うイノベーター(図の左側。革新者。全体の2.5%)から売れ始め、流行への関心が低く、保守的で、色んな商品を最後に買うラガード(図の右側。遅滞者。全体の16%)まで行き届いてマス商品(ヒット商品)と呼ばれるようになります。iPhoneなどは分かりやすい例ですよね。キャズムとは、イノベーターからアーリーアダプター(初期採用者。全体の13.5%)までは普及したが、その先まで行き切らない「溝」のことを指します。

最速で購入するイノベーターには、スペックや概念を聞いただけで勝手に価値に翻訳できる、という特徴があります。例えば、車好きのイノベーターは「プロパイロット2.0を搭載した3.5リットルV6ハイブリッドエンジン(VQ35HR)」と聞いただけで「すげぇ!」って分かりますが、そんなことができるのは全体の2.5%に過ぎず、多くの人はこれを聞いただけでは、どんな価値があるのか、分からないのです
 
さて、主にテクノロジー商品のマーケティング戦略策定するイノベーター理論を用いて、わたしたちのB Corpについて考えてみましょう。国内の取得企業数が倍々ゲームになり、盛り上がりを見せていますが、全体から見ればまだまだイノベーターの域を出ていませんよね。B Corpが大切にする「ステークホルダー資本主義」「フェアトレード」「コレクティブ」「インターディペンデント」「アカウンタビリティ」といった理念は素晴らしく、わたし自身も強く共感したり、新たな気づきを得たりしています。
 
一方で、先の明治大学の研究グループの成果や、マーケティング理論はB Corpが更に普及するためのヒントを与えてくれます。それは、B Corpが提唱するサステナブルな経済を実現するためには、社会課題解決につながる企業の努力を、消費者が対価を払いたくなる価値に、つまり、あなたの課題解決に、欲望の充足に、どう貢献しているか、適切に接続することの重要性なのです。この接続に、B Corpのキャズムを乗り越える鍵があると感じます。美味しいコーヒー豆のために労働環境の改善を、ダイエットのために町内会のごみ拾いを、そういったコミュニケーション上の接続努力も、本当の意味でエシカル消費を普及させるには必要なことだと思います。
 
●重要な節目となる2024年
2024年は、B Lab Japanの前身となる「B Market Builder Japan」が始動し、大規模企業の認証取得の動きも予想されるなど、B Corpにとって、非常に重要な1年になりそうです。そういった契機に、知る人ぞ知る認証制度のままでいくか、広くエシカル消費が一般化するきっかけとなるかは、イノベーターであるわたしたちが考えていくべきテーマだと思います。

 

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