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【後編】「自分がほしい場所をつくろうと思った」/ 夜営業のブックカフェ『宵イ茶屋文庫』店主 鈴木栄美

「仕事終わりに一息つける場所がほしい」という自身の思いから、夜営業のブックカフェ「宵イ茶屋文庫(よいちゃやぶんこ)」をつくることに挑戦した鈴木栄美(すずき えみ)さん。

「挑戦すること」をテーマにお話しを伺いました。

前編では、栄美さんがお店をはじめる前から今に至るまでのストーリーを振り返りました。

【前編はこちら】

後編では、栄美さんが考える「好きなことや、したいことを仕事にすること」「新しい一歩を踏み出すこと」についてお届けします。

したいことを仕事にすること

“宵イ茶屋文庫は生きがいです。”

「1日の終わりに、おいしいものを食べて本を読みながら静かに過ごせる場所がほしい」

そんな思いで栄美さんがつくった宵イ茶屋文庫は、今やたくさんの人の心のよりどころとなっている。

しかし、わたしはふと思った。

えみさん自身が、ひとりでくつろげる理想の場所はあるのだろうか。

「ない、ないんですよねえ。休日にごはんを食べに行ったりしても、いつもどこか、もっとこうだったらいいのにと思うところがある。雰囲気はすごくいいけど騒がしいなとか、ごはんのボリュームが物足りないなとか、お昼だけじゃなくて夜もやってほしいなとか。他にこういうお店をやってくれる人がいたらいいのにとは常々思います」

理想の場所をつくった当の本人が、その恩恵を受けられていない。

わたしは、宵イ茶屋文庫をつくってくれたことへの感謝と同時に、勝手ながらモヤモヤした気持ちになった。栄美さんはそれでしあわせなのだろうかと。

しかし、「栄美さんにとって宵イ茶屋文庫はどんな存在ですか」という問いかけに返ってきた言葉を聞いて、わたしの勝手な心配はパッと消えた。


わたしにとって宵イ茶屋文庫は、生きがいです。お店をはじめようと思う前は、ずっと生きるのがしんどかった。でも、自分が生きていくためにどういう仕事をしたらいいのかを考えたときに、自分のやりたいことをすることが、しんどいけど生きていく理由になるかなって。だからお店は、自分が生きていくのを飽きないために、諦めないために必要な場所です」


「生きがい」
「自分が生きていくのを飽きないために、諦めないために必要な場所」

わたしはそれほどの思いで仕事をしている人がいることに、雷にズドーンと打たれたような衝撃を受けた。

栄美さんにとって宵イ茶屋文庫は、自分が求めていた場所をお客さんとして受け取る喜び以上の「生きる力」を与えてくれる存在だったのだ。

努力を続ける原動力は「縛り」

お店をはじめてからひとりで走り続け、お店をどんどん成長させてきた栄美さん。その努力は並大抵のものではない。
努力の原動力となっているものは意外なものだった。

「家賃の支払いや、お店を建てたときのお金も銀行や親に返済していかないといけない。必ず返済するっていうのが、今いちばんの生きる原動力になってます。大変だけど、売り上げを上げるためにがんばろうって」

お金の返済がいちばんの原動力ですか?と、栄美さんからの意外な答えに思わず聞き返してしまった。「お客さんの喜ぶ顔が原動力です」というような答えを勝手に想像していたから。

「お客さんに喜んでもらいたいという想いももちろんあるけど、現実的なところでは、お金の返済という縛りがあるから必死にがんばれていると思う。わたし、約束とか縛りがないと永遠にダラダラしちゃうんですよ。だから、そういう縛りがあることがありがたい」

わたしはさらに質問をした。
「もし、今、お金の返済という縛りがなかったらどうなっていたと思いますか?」

「もっと緩かったと思います。自分の作れる範囲で作って、売り切れたらおしまいですっていう感じで。それができたらいいなとも思うけど、縛りがあるから残業しようとか朝早く行こうと思うことができて、次に来るお客さんに料理を提供できている。どうしたら売り上げを伸ばせるかを考えて行動しないとお店は成長していかないと思うので、その縛りがあってよかったと思っています」

栄美さんの話を聞いてわたしも共感するところがあった。

自分で決めたことでも、期限がないと面倒くさくなってしまったり後回しにしてしまうことがある。「何が何でもやらなくてはいけない状況」は一見窮屈に思えるが、実は続けていく原動力にもなる。
好きなことやしたいことを生きるための仕事にするには、楽しさだけでなく、「必死さ」も必要なのかもしれない。


好きなことを仕事にすると、「好き」が「辛い」に変わる?

好きなことを仕事にすると、好きなことが辛いことに変わってしまうという話をどこかで聞いたことがある。ほんとうにそうなのだろうか。
好きなことを仕事にすることについて、栄美さんはこう考えている。

「そうだね、辛いこともある。でも、辛いかどうかはやってみないと分からない。やらないで後悔するのは本当に嫌だから。それならやって後悔したほうがいい。食わず嫌いはしたくないんです」

今は体力面で辛いと感じることはあるが、それ以外で辛いことはほとんどなく、やりがいを感じているという。事務仕事をしていたときは、体力面では余裕があったが、やりがいを感じることは少なかったそうだ。

辛いかどうかは、やってみないと分からない。
辛くても、それ以上の喜びがあるかもしれないし、思っていたものと違うと感じるかもしれない。
やらないでいるうちは、ずっと「~かもしれない」のままなのだ。


▲ 栄美さん自作のZINE「夜カフェのすゝめ」
夜カフェを開くきっかけになった本や映画や、お店のメニューの紹介をしている。
▲ 「夜カフェのすゝめ」より
 ▲ 「夜カフェのすゝめ」より
「真夜中のパン屋さん」に合う写真を撮るために、夜、本を片手にパン屋さんの前で何枚も写真を取り直したという。


まだ夢は叶っていない

こんな場所がほしいという想いと、自分が好きな「本」をかけ合わせたお店をつくり、それを仕事にしている栄美さんは、「夢を実現した人」としてわたしの目に映っている。

「夢が叶ったと思った瞬間はありましたか」と尋ねると、うーんとしばらく考え込んだ後、またもや予想していない応えが返ってきた。

「うーん……、まだ夢が叶ったと思ったことはないかな。お店で本を読んでいるお客さんを見るとうれしいなとは思うんですけど。まだまだ売り上げも安定しないので。売り上げが安定すれば夢が叶ったって言えるかな。お店でおしゃべりをして帰っていく人を見ると、ブックカフェとしてはまだまだだなって思います。
いちばん嬉しいのは、ごはんを食べながら本を読んで、その人がまたお店に来てくれることです。本を読む人にとって居心地のいい場所をつくれているんだなって実感できるので」

なんと。
わたしが栄美さんの立場だったら「夢叶った!わたしすごい!」と満足していると思う。
それに、ごはんがおいしくて居心地もいいので、つい会話がはずんでしまうお客さんの気持ちもよく分かる。

でも、栄美さんには、「本を読む人にとってもっと居心地のいい場所にしたい」という強い想いがある。
きっと、本によって栄美さん自身が救われてきた経験がたくさんあるのだろう。
取材中も、本の話をしているときの栄美さんはとても生き生きとしていた。

栄美さんの尽きることのない向上心が、お客さんに愛され、ファンが増え続ける理由だ。


これからなにかに挑戦する人、挑戦したいと思っている人へ

栄美さんの「一歩の踏み出しかた」

自分の理想のお店を0からつくること、
そのためにカフェや居酒屋で経験を積むこと、
想定外のことにひとつひとつ向き合うこと。

わたしの目には、えみさんは思い立ったことや目の前のことに対して、軽やかに行動しているように見える。

あれこれ考えすぎて中々踏み出せないわたしは、一歩の踏み出しかたを聞いてみた。

「わたしも割と慎重で、段取りはよく考えます。実際に行動したらどうなるのかとか、数字がとれるのだろうかとか、ゴールまでの道筋がある程度見えないと動かないです。ある程度想像がついたら、とりあえずやってみる。お店をはじめるときも、周りからは見切り発車だと思われていたかもしれないけど、自分の中では先のことを考えて行動していました」


たしかに、わたしが不安を感じて動けないときは、考えることから目を逸らしているときかもしれない。不安の解消法を考えようとしていなかったり、そもそもなにが不安なのかが分かっていなかったり。

漠然とした不安があって一歩を踏み出せないときは、今の段階でのゴールを決めて、そのためには何をすればいいのかを考え、考えたらとりあえず動いてみようと思う。

大きな一歩を踏み出すことは、後戻りできないようなこわさがある。
でも、「とりあえず」と思えるくらいの小さな一歩を繰り返すことなら、わたしにもできそうだ。


追い風を感じたなら、のったほうがいい

最後に、「今からなにかに挑戦する人、挑戦したいと思っている人になにか伝えたいことはありますか?」と尋ねた。

追い風が吹いているなら、挑戦したほうがいいと思います。応援してくれる人がいたり、ご縁が繋がって自分の行きたい方向に導かれていると感じることがあったりと、それをしたほうがいいなっていう流れを感じるなら、流れにのったほうがいい。わたしは向かい風が吹いていても、やりたいと思ったらやっちゃうんですけど(笑)」

お店をはじめる前は多くの人に反対されていた栄美さんだが、お店をはじめると決めてからは追い風を感じる出来事がたくさんあったそうだ。

食事と本とともに思い思いの時間を過ごしているお客さんの様子を見れば、宵イ茶屋文庫に追い風がビュンビュンと吹いていることがよくわかる。

追い風を感じるのなら信じて進んでみるといい。
もし今は追い風が吹いていなくても、一歩踏み出してみることで風が吹き始めたり、向かい風が追い風に変わることもあると栄美さんの経験から教えてもらった。

▲ お客さんからの2周年のお祝いが飾られていた


栄美さんにお話を伺ってみて

今回のインタビューを受けていただく前にも、「お店をはじめることに不安はなかったのですか」と聞いてみたことがあった。
そのときも、栄美さんは今回と同じように「根拠のない自信がありました」と笑って答えた。

そのときは、栄美さんの言葉をそのまま受け取り、「根拠のない自信で、実際にカフェをつくる決断をするなんてすごいな、夢を叶える人は思いきりがあるな」と思っていた。

でも、今回お話を伺って、栄美さんの言う「根拠のない自信」は、なにもせずに空から振ってきたものではくて、自分で考えて、決めて、努力を積み重ねたことで生まれた、努力の賜物だったとわかった。

わたしも、新しいことに挑戦するときに「根拠のない自信があります」と胸を張って言えるように、小さな一歩を積み重ねていきたい。


【 宵イ茶屋文庫 】
住所:埼玉県蓮田市上2-3-22 光ハイツ 1F
アクセス:蓮田駅西口から徒歩5分
営業時間:
月・火・土 14:00〜22:00   
金 17:00~23:00
※開店時間の1時間前がラストオーダー
定休日:水曜日、木曜日、日曜日
※変動することもあるので、Instagram、Twitterにて確認することをおすすめします。
駐車場:なし
Instagram: @yoichayabunko
Twitter:https://twitter.com/yoichayabunko


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