見出し画像

【前編】「自分がほしい場所をつくろうと思った」/ 夜営業のブックカフェ『宵イ茶屋文庫』店主 鈴木栄美

がんばった日や疲れた日、1日の終わりにひとりでほっと一息つきたくなることはないだろうか。
埼玉県蓮田市にある「宵イ茶屋文庫」(よいちゃやぶんこ)は、2022年5月にオープンした夜間営業のブックカフェ。
コンセプトは、“珈琲を飲みたい夜に 本と呑みたい日に”

旬の食材をたっぷり使ったごはん、プリンやドーナツやパフェやロールケーキ、こだわりの豆を使用したコーヒーなどを味わいながら、ゆっくりと本を読むことができる。

お店は、JR宇都宮線 蓮田駅から5分ほど歩くと線路沿いにひっそりと佇んでいる。
目印は、白い暖簾に紺のロゴ。

 
 
 
 

お店の引き戸をガラガラと開けると、お店の奥のから「こんばんは~」と迎えてくれるのが、お店をひとりで営んでいる店主の鈴木 栄美(すずき えみ)さんだ。

今回は栄美さんに、「挑戦すること」をテーマに、お店をはじめる前から今に至るまでのお話を伺った。

▲ 店主 鈴木栄美さん
似顔絵を描かせていただきました。

お話を伺った理由

わたしが初めて宵イ茶屋文庫を訪れたとき、居心地のよさと、おいしくてほっとする食事と、置かれている本にぐっと心をつかまれ、何度も足を運ぶようになった。

宵イ茶屋文庫のインスタグラムの初期の投稿には、お店が完成するまでの様子や栄美さんの心情が綴られている。

当時のわたしは、今の仕事を続けていくのか、自分のやりたいことに挑戦してみるのか、不安と期待の間で悶々としていて、着々と夢をかたちにしている栄美さんを尊敬するとともに、どんな人なのか知りたくなった。


栄美さんはどんな想いでお店をはじめたのか、迷いや不安はなかったのか、挑戦していく中で自分にどんな変化があったのか。

ほんわかとした柔らかい雰囲気の栄美さんの内面には、たくましさがあった。

***

お店をはじめるまでのこと

あったらいいなと思うお店がなかったから、つくろうと思った

栄美さんが夜営業のカフェをはじめたきっかけは、仕事が終わって家に帰る前に一息つける場所がほしいと思ったことだった。

「仕事帰りに、このまま家に帰るのは嫌だなって思ったことがあって。おいしいものを食べて切り替えたいけど、自分の好きなカフェは夜には閉まっているし、居酒屋さんやレストランやチェーンのカフェはなんか違うんだよなっていう気持ちがあった。もうちょっとひとりで入りやすくて、ゆっくりできる夜営業の飲食店があってもいいのになと思って、つくろうと思いました」

わたしが初めて宵イ茶屋文庫に行って感動したのは、周りにお客さんや店主さんがいる中でも、ひとりでリラックスして過ごせたことだった。
そして、本の世界に静かに浸ることができる。
宵イ茶屋文庫に出会うまでは、ひとりで飲食店に行くと周りの人が気になって、本を読んでいてもどこか落ち着かなかった。

「大勢の中にひとりでいるのは居心地が悪いけど、ひとりの人がたくさんいる中にひとりでいるのは居心地がいい。そんな空間にしたかった」と栄美さんは話す。

お店で過ごしていると、本のページをめくる音や、飲み物のカップをテーブルにコトンと置く音が聞こえてくる。
お客さん同士で会話をするわけではないが、自分と同じようにひとりの時間を楽しんでいる人の気配が側に感じられることで、ひとりだけどひとりぼっちじゃないという安心感がある。
きっと、栄美さんの「こんな場所がほしい」という想いが表れているのだろう。

しかし、「自分でお店をつくろう」という思いに至るまでは、紆余曲折あった。

はじめに勤めていたのは古着屋さん。自分で仕入れて販売する服のバイヤーになりたかったが、思うように売れず挫折。その後は、正社員として一般事務の仕事をした。しかし、職場の環境や人間関係で悩み、4年半勤めて辞める決断をした。当時交際していた恋人とも別れた。
事務職時代は精神的にほんとうに辛かったと当時を振り返る。

この先どうしようかと考えていた時に、自分で飲食店を始めてみようと思い立つ。
きっかけは、母親から飲食店をはじめてみたらどうかと勧められたことだった。栄美さんの母親は、かつて自分でパン屋を開きたいという夢があったが親の反対によって諦めてしまった過去があったのだ。

栄美さんは、古着屋さんとかけもちでカフェで働いていたときに楽しかったこともあり、「やってみよう」と新しい一歩を踏み出した。

ここから、どのようにして宵イ茶屋文庫が生まれることになるのだろう。

カフェや居酒屋で経験を積みながら

そこからは、2年半ほどカフェのスタッフとして料理や接客の経験を積み、仕事以外でも、お店で食べたメニューを自分で再現して腕を磨いた。本や映画なども参考にしながら、つくりたいお店のイメージをふくらませていった。


" ひとりで気軽に行けて静かな場所 "
" お酒を呑みながら本が読める "

どうして本を扱おうと思ったのだろう。

「勤めていたカフェではライブ演奏や物の販売もしていて、飲食以外にもなにかプラスアルファが必要だと思いました。自分がお客さんに自信をもっておすすめできるものはなんだろうと考えて、本にしました」

店内には、栄美さんが読んで心からいいと思った本が丁寧に置かれている。クスっと笑えたり、肩の力が抜けてホッとする本が多い印象だ。

 
 
 


コロナ渦でカフェをはじめる決意

お酒を提供したいと考えた栄美さんはカフェを辞めたあと、地元の居酒屋さんで働き、お酒の仕入れなどを学んだ。
しかし、コロナウイルスの影響で2カ月間出勤停止になってしまう。

しかし、ピンチに思えるこの状況をえみさんはチャンスに変えた。本を読み、料理の試作を重ねることにたっぷりと時間を注げたことで、つくりたいお店のイメージがより具体的になってきたのだ。

今のお店の物件に巡り合えたのもこの期間中のことだった。しかし、コロナ渦だったこともあり、身内を含めて9割の人は猛反対。
それでも栄美さんは、1割の信頼できる人からの応援と根拠のない自信を糧にお店をはじめることを決意した。
コロナウイルス感染のリスクも考慮し、はじめはお酒の提供は保留にして、コーヒーからはじめることに。

コロナ渦で飲食店をはじめる決断をすることに、不安や迷いはなかったのだろうか。

「物件を仮契約してお店をはじめるかどうかで迷っているとき、大家さんがずっと本契約を待っていてくださっていて。断ろうと思えば断れたけど、断ったとしてこの先なにをしていくんだろうって考えたときに、お店をやること以外の未来がイメージできなかったんです。それに、お酒を扱うお店は経営が厳しいかもしれないけれど、カフェであればきっと大丈夫だと根拠のない自信がありました。天邪鬼なので、反対されると逆にやってやる!って思うタイプです(笑)」

こうして、宵イ茶屋文庫が誕生することとなった。
 

お店をはじめたあとのこと

予想がことごとく外れて戸惑った1年目

2024年5月に宵イ茶屋文庫は2周年を迎えた。

「いろいろなことがあったので2年は長く感じました。2年続けてきて、やっと初めにイメージしていたお店に近づいてきました」

ぎゅっと詰まった濃い2年間で、一体どんなことがあったのだろう。

「1年目は、理想と現実の違いにぶつかりました。お店をはじめる前は期待や希望があって、こんなお店にしようと考えているときはとてもワクワクしました。でも、はじめてみるとギャップがたくさんあって。静かにカフェを楽しみながら本を読む場所にしたいけれど、現実は読書をする人はあまりいなかったです。スマホでひたすら写真を撮っていたり、おしゃべりをしていたり。他にも、食事の売れ行きの予想が当たらずに大量に残ってしまったり、逆にすぐに完売してしまったり。残ったものを捨てるのがいちばん辛かった。当日だと準備が間に合わなさそうなときは深夜の2時まで働いたり、1年目は残業がとても多かったです」

大人気の食べ応えのあるごはんメニューも当初は提供する予定はなかったという。

「はじめはマフィンとコーヒーだけのつもりで、ごはんもスープやサラダなどの軽い物がいいと考えていました。でも、いざお店をはじめてみたら、がっつり食べたい人が多いと気が付いてびっくり。そこからボリュームのあるごはんを作るようになりました。ごはんメニューもお客さんの反応がいまいちで変更したりもしました」

自分の想像通りに進むことはほとんどなく、実行してはじめて分かることがたくさんあったようだ。栄美さんはひとつひとつに向き合って改善を繰り返してきた。

▲6月のごはんメニュー「たっぷり野菜と蒸し鶏のサンドイッチ」小説の中にでてくるサンドイッチを参考にした。
▲季節ごとに変わる、手作りシロップジュース。
6月は「赤しそ」


1番思い入れのあるメニューは何ですかと尋ねると、迷いなく「プリンです」と答えた。

「プリンは、分量や時間を調整して何度も試したけどうまくいかなくて。お店のオープン日の前に、ひとりで大泣きしました。オープン後も仕上がりが安定しない。それを提供するのも申し訳ないし、失敗するたびに材料を捨てるのも辛かった。安定するまでプリンを販売停止にすることにしました。ひとりではどうしても解決できなくて、前の職場の友人に相談して、アドバイスをもらったら解決できました。どうしたらいいのか分からないことがとても辛かったから、解決して納得のいくプリンできたときはほんとうにうれしかった。プリンだけは、まずいって言われてもその人がおかしいんだって思うくらい自信があります(笑)」

そんな想いの詰まったプリンは、1番の人気メニューとなっている。


 ▲プリン
▲ お店を意識して、”暗い夜に灯るあかり”をイメージした
▲アイスとクッキー トッピングver


軌道に乗り始めた2年目と追い付かない自分のキャパシティ

2年目は少しずつ要領がつかめてきて、読書をするお客さんも増えてきた。

読書会や朗読会など店内でのイベントの開催や、外部のイベントへの出店も試みるようになった。

評判が広まってファンがどんどん増えていき、お店は順調そのもの。

しかし、栄美さんはこのままではまずいと感じている。

「お店は調子がいいけれど、自分の体力の余裕がない。からだを張ってここまでやってきたけど、長く続けていくためにはこのままじゃだめだなって。営業時間を短くするのか、人を雇うのか、シェアキッチンのようにして場所を貸す日をつくるのか。どうしたらわたしが辛くなくて、なおかつお客さんも喜んでくれるのかを模索中です。近々、ちゃんと時間をつくって現実的に今後のことを考えないといけないなと思っています」

2年間ひたすら走り続けてきた栄美さんは、このままひとりで走り続けていくことに限界を感じている。
お店に行くといつも穏やかな笑顔で迎えてくれて、帰りも笑顔で見送ってくれる栄美さんだが、表には出さない苦労や悩みを抱えていた。


しかし、まだまだやりたいことも尽きないようで。

「今年こそはお酒を出してみたい。そのときは餃子も出すって決めてるんです! ビール、ワイン、日本酒それぞれに合う餃子をつくりたいなって!」

「今が良ければいい」ではなく、未来を見据えて、自分自身も健やかでいられる道を進もうとしている栄美さん。
これから宵イ茶屋文庫のスタイルがどんな風に変わっていくのかはまだ分からないけれど、栄美さんが無理なく笑顔でいられるようになることで、さらに魅力が増したお店になるに違いない。

***

ここまでは、栄美さんがお店をはじめる前から今に至るまでを振り返ってきました。

後編では、栄美さんが考える「好きなことや、したいことを仕事にすること」「新しい一歩を踏み出すこと」についてお届けします。

【後編はこちら】


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?